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「嘘」で塗り固められた「壁」を壊して。『プリンセス・プリンシパル』

 脳内の「名前は知っているけれど観たことがない名作リスト」はどんどん蓄積されていって、それらを消化するのはとても腰の重いことではあるのだが、いざ観てしまえば評判通りの面白さに、すぐ虜になってしまう。そのリストの最上位(追加されたばかり)にいたアニメがこれまた抜群に面白かったので、テキストとして所感を残しておきたい。アニメファンでなくとも、スパイ映画に心踊らされた人なら必ずや琴線に触れるであろう一作だ。

19世紀末。アルビオン国は強大な軍事力である「空中艦隊」と、自国から産出される「ケイバーライト」なる新物質を独占することで、強大な覇権国家を樹立していた。しかし、市民革命の結果、「ロンドンの壁」によってアルビオンは「王国」と「共和国」に分断され、二国の争いはスパイを用いた情報戦へと移行していた。その王国内にある格式高い名門校クイーンズ・メイフェア校に通う5人の少女には、共和国の秘密組織「コントロール」と通じたスパイという裏の顔があった。一触触発の状況下、5人のスパイは今夜もロンドンを駆ける。

スチームパンク×女子高生×スパイ

 本作『プリンセス・プリンシパル』は、架空の歴史を辿ったロンドンを舞台とした「スパイもの」であり、そのスパイが5人の女学生、というのが最大の特徴である。女スパイといえばセクシーで色仕掛けを得意とする、のようなイメージが定着しつつあるところ、本作のように可愛らしい少女がスパイというのはアニメだからこそ成立する嘘であり、そのギャップがとてもユニークだ。

 とはいえ、本作におけるスパイ活動の描写は、女学生が行うからといって遊びで済まされるようなものではなく、一歩間違えれば命の危険を伴い、国際問題に発展しかねないものばかりだ。彼女たちは元締めとなる組織からの指令を受け、それがどんなに非情な命令でもクールに遂行する。暗殺・尾行・潜入といった様々なミッションに対し、変装や盗聴など各人の能力を活かして切り抜ける様はスリリングかつ爽快で、息の詰まるような心理戦の緊張感は観る者の関心を掴んで放さない。決して過去の作品の陳腐なパロディに陥らない、ハードでシリアスな物語も本作の上質な造りを物語っている。

 危機を脱するためのカーチェイスや銃撃戦など、アクション要素も充実しているが、本作の独自性を印象付けるのは「ケイバーライト」の存在だ。主人公の一人であるアンジェが携帯を許可されたこの物質は所有者を無重力化させる能力があり、空中を飛び回ったり壁に直立したりと、縦横無尽のアクションが可能となる。あるいは、重たい物を持ち上げるなど応用も利くため、相手が大柄な男でも易々と薙ぎ払うことができる。空中を舞い、1ショット1キルで並み居る相手を撃ち倒す画の格好よさは絶品で、本作の大きな魅力の一つに数えられるであろう。

 アニメだからといって手抜きがないスパイ描写と、アニメだから出来るケレン味溢れるアクションの融合。緊迫感溢れるバレるかバレないかのサスペンスとアクションの応酬は非常にテンポが良く、一話24分というお手軽さ(しかし中身は濃厚)も相まって一度再生したら止め時を見失ってしまう。まるで海外ドラマにハマった時に近い感覚を呼び起こさせる、そんなアニメーションだ。

「嘘」をまとう少女たち

 壁を隔てた東西の二国の、スパイ対スパイによる密かな戦争。その兵士たるスパイたちも、各々が「嘘」にまみれた存在だ。ここでは、主人公各となる5人の少女を紹介していきたい。

アンジェ(演:今村彩夏)

 「コントロール」にて最も優秀なスパイで、コードネームは「A」。普段は無感情で「黒蜥蜴星人」を自称するなど不器用な会話で本心を明かそうとしない。スパイとしては天才的な才能を持ち、前述のケイバーライトを用いた潜入や銃撃戦を得意とする。プリンセスとはある秘密を共有しているため親しげであり、彼女と二人きりの時には笑顔を見せる一面も。普段のメイフェア校での生活や任務の際には全く異なるキャラクターを演じることが多く、まるで別人格になった際の表情の作画や声優さんの演技の振れ幅も要チェックである。

プリンセス(演:関根明良)

 アルビオン王国の王女その人。王位継承権は第4位ではあるが、貧困や格差といった「見えない壁」を無くすために自身が女王になるべく、アンジェらと共にスパイ活動に参加する。その高貴な身分こそが最大の武器であり、身体検査を潜り抜けるなど危機を切り抜ける際の切り札となる存在。だが共和国のスパイと通じている事実が明るみになれば国際問題になるため、常に危険を孕んだ存在でもある。旧知の中であるアンジェとは強い絆で結ばれている。最終話のサングラスは似合ってない。

ドロシー(演:大地葉)

 アンジェの相棒となるスパイで、コードネームは「D」。最年長の20歳でリーダー格を務め、主に車の運転や美貌を活かした色仕掛けをこなす姐さん的存在。お酒にも強く明るい性格だが、それ故に冷徹になりきれないところも併せ持っている。「コントロール」上層部との繋がりも深いためか、彼女にのみ特別な情報や任務を与えられることも多く、同じ任務をこなしながら同僚たちを見張る役も担っている。主役回では何かと不憫な役回りになることが多い。

ベアトリス(演:影山灯)

 プリンセスに付き従う侍女の小柄な少女。当初はアンジェからプリンセスを守り抜くためになし崩し的に参加していたが、後にチームの一員として向かい入れられる。とある事情から人口声帯の持ち主であり、他者の声を模倣する能力で任務に貢献している。臆病な性格だがプリンセスへの忠義は厚く、「ベアト」「姫様」と呼び合う仲である。犬笛も吹けるよ!

ちせ(演:古木のぞみ)

 日本からの留学生で、日本刀を用いた剣術を得意とする少女。高い戦闘能力を持つためかプリンセスの護衛を任されることが多い。外交特使である堀川公の命でチームに参加しているが、実は共和国と王国のどちらが日本にとって有利な外交相手かを見極めるために使わされた、二重スパイでもある。メイフェア校では珍しがられる東洋文化圏の人間であるため、価値観のズレゆえにトラブルを起こすなど目立ちやすいためアンジェから窘められている。糠漬けの臭いはメンバーから不評。

 以上の5人が、「白鳩」と呼ばれるチームに属するメインキャラクターである。スパイである彼女たちは嘘を操り、人を欺く。そして時には、仲間にも嘘を吐く。そのため、彼女たちは互いを「完全に信用しているわけではない」状態のまま、命を預け任務に赴く。各々がそれぞれの事情を抱え暗躍しているため、一触即発の状態は彼女たちの日常シーンであれ、例外ではない。一国の姫とそのご学友、という華々しい交友関係ですら武器にして、クラスメイトや貴族を欺いていく。国を二分した「壁」は、そっくりそのまま彼女たちの関係を現すメタファーとしても機能し、緊張感を盛り立てる。その壁を乗り越え真の仲間、あるいは友達になれるかどうかも、本作の重要なポイントである。

 その中である種別格の扱いとなるのが、アンジェとプリンセスの二人。アンジェがプリンセスに対し過保護であったり、表情や口調が柔らかくなるなど、この二人に限っては特別な、近寄りがたさを感じるほどの特別な結びつきが序盤から強調され、最終2話などはこの二人の独壇場と言ってもいい。ストーリー上最も大きな仕掛けが施されたこのベストカップルの揺れ動く心の在り様を、見守るようにして鑑賞するのも本作の醍醐味であると断言してしまいたい。

組み替えられた時系列

 各話のタイトルは全て「case」という、時系列を現す表示が付与されている。そして(放送・ソフト収録上の)第一話は「case13」とあり、すなわち本作は意図的に時系列がシャッフルされていることを表している。

 終盤こそ時系列に沿って連続で物語が進行するためその意図は薄くなるものの、序盤~中盤にこのギミックが面白く作動する。例えば前述の第一話「case13」では白鳩チームが勢揃いした後の内容であり、5人の少女が後に結束することを先に明かしつつ、後の話数でその経緯を追っていくことになるのだが、思い返してみると「case13」での細かい仕草や台詞が後のエピソード(=前の時系列)で先出し的に活きてくるなど、つい見返したくなる仕掛けが施されている。つい先ほどまで伏線とさえ思わなかったものがフラシュバックする感覚は、中々味わえたものではない。さらに補足するのなら、この第一話が5人の主人公各人の能力を用いた見せ場や、作品全体に通じるハードなテイストを象徴する苦い結末が用意されているため、本作をプレゼンするのに最適な第一話になっている。せめてこの第一話だけでも無料配信されていれば…と思わずにはいられない気持ちも、一度鑑賞してくれればご理解いただけるだろう。

 続く第二話こそが「case1」であり、最も若い時系列の物語だ。冒頭、アンジェの予想だにしない前話とのギャップが驚きを生み、なだれ込むようにドロシーのキャラ説明、そしてメインの任務であるプリンセスとの「チェンジリング」に移行。社交パーティを舞台にしたバレるかバレないかの騙し合い合戦、プリンセスから持ち込まれた取引の行方が観る者の緊張感を加速させる。見事なストーリーテリングに舌を巻きつつ、後の話数から遡るとアンジェとプリンセスの会話に隠された感情の流れが判明し、初見時とはまた異なる感慨を持つことになる。

 このように、放送順(ソフト収録順)と時系列順、異なる連続性を意識して鑑賞することで、台詞の意味合いが変化したり、感情の流れに隠された真意を発掘する奥深さを本作は有している。物語やキャラクター造形における用意周到な構成が光る一作であり、何度も見返したくなってしまう、強烈な中毒性を放っている。それこそが『プリンセス・プリンシパル』にハマってしまう最大の要因であろう。

最後に

 スパイものに求められる派手なアクションと緊迫感、心情描写の豊かさ、破綻のない作画などなど、とにかく上質で抜かりが無く、一度ハマったら抜け出せない完成度。女子高生がスパイだからといって侮ることなかれ、誰かに薦めたくなるこの面白さは、スパイ映画の諸先輩方にも負けず劣らずのクオリティであることは間違いない。その上、続編の劇場版が2021年公開とあれば、今観ておいて損はないことも保証できよう。大スクリーン映えするスパイたちの活躍が、待ちきれなくなるはずだ。

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