
煙たがられているうちが華、なのかも。アニメ『ACCA13区監察課』
煙草は吸わないようにしている。あれは嗜好品かつ高級品であって、それよりも他のことにお金を投じたいからということもあり、私はいつも「吸いません」と謝り続けている。
その一方で、煙草を嗜む仕草そのものには憧れがあって、ふとしたときに煙草を指でくわえるような物真似をしてしまうことがある。創作の中のダンディな男像には必ず煙草がセットだったし、“燻らす”という言葉の響きも大好きだ。とくに哀愁を表現したい時なんかは、このアイテムが欠かせない。
それと同じ意図が込められているわけではないものの、煙草への憧れを加速させる作品をたまたま観て、そして思いの外ハマってしまったので、感想を書いてみようと思う。そのアニメの名は、『ACCA13区監察課』という。
オノ・ナツメの同名漫画をアニメ化した本作。『スペース☆ダンディ』の夏目真悟が監督を務める、というと多くの方の気を引きそうだが、個人的には『プリンセス・プリンシパル』の主題歌を手掛けた高橋諒が本作の主題歌と劇伴を担当、というところに惹かれてしまう。自分の中のふわっとしたイギリスへのイメージが投影されたかのような街並みを描くアニメーションに、ジャジーな音楽が乗せられていく。これが心地よいリズムを生む。
物語を説明するには、まず舞台を理解する必要がある。主人公たちが住まう「ドーワー王国」は、かつて12の地区が一斉にクーデターを起こし、結果として13の自治区が成り立って構成されている。その王国内で警察や消防などの機能を担う独立行政法人として「ACCA」が存在し、平和が保たれていた。そのACCAの本部には、各自治区のACCA支部の業務を監視し、不正などがないかを確認する「監察課」と呼ばれるセクションが設けられていて、主人公ジーン・オータスはそこの副課長である。
【放送情報📺】
— アニメ『ACCA13区監察課』公式 (@ACCA_anime) September 19, 2022
˗ˏˋ #アニメACCA5周年 記念🎉 ˎˊ˗
📺BS11
本日9/19(月)23:00〜
『#ACCA13区監察課』再放送🍞
第11話「フラワウの花は悪意の香り」🌼
おやつの準備はいいですか?
#ACCA_anime pic.twitter.com/CtLhJ4anGD
監察課の仕事は、我々の社会で言うところの「監査部」が感覚としては近いだろう。各地区のACCAを訪れ、日々の業務内容に違反はないか、帳簿に不自然な点がないかなどを、現地に行って調べ上げる。各地区のACCAにとっては監察課の派遣は一大事であり、パスしなければならない抜き打ち検査のようなもの。故に監察課は平穏なルーティンに緊張感を与えるものであり、どちらかといえば歓迎されていないのが実態であろう。
故に、本作のジャンルはお仕事アニメに該当する。ドーワー王国は平和で安定しており、故に監察課はいつ切り捨てられてもおかしくない部署である。その上で各支部のACCAからは(態度には出さないものの)歓迎されていない以上、損な立場にあると言ってよい。日頃は監査を“受ける側”に属している身として、彼らの世知辛さはよくわかる。というか、その世知辛さを醸成しているのが私やその他大勢の職員なのだから。それを想うと、何だか申し訳なさが募っていく。
しかし、本作の時間は穏やかに流れていく。繰り返すがドーワー王国は平和そのもので、少なくとも彼らの世界に貧困や戦争の予感は感じられない。マーケットに立ち寄れば焼きたてのパンが並び、監察課の職員は「10時のおやつ」に舌鼓を打っている。本作で描かれる料理やお菓子はいつだって美味しそうで、それが物語世界の豊かさを視聴者に訴えかける。こうした、食事という毎日の当たり前を守るのがACCAの仕事であり、物語に大きな波がないことこそが主人公やACCAの存在意義を示すという、とても珍しいタイプの作品である。
【放送情報📺】
— アニメ『ACCA13区監察課』公式 (@ACCA_anime) August 22, 2022
˗ˏˋ #アニメACCA5周年 記念🎉 ˎˊ˗
📺BS11
本日8/22 (月)23:00〜
『#ACCA13区監察課』再放送🍞
第7話「夜霧にうかぶ真実」🍫
おやつの準備はいいですか?
#ACCA_anime pic.twitter.com/EwqJQyin2k
その波風の立たなさを象徴するのが、主人公のジーン・オータスの性格と振る舞いである。彼は基本的に激情を表に出すことなく、むしろ常に無気力に感じられるも、中身は極めて有能かつ洞察力に優れた人物で、監察課が天職の人材であることは1話から繰り返し描かれる。煙草が高級品という設定ゆえに、そのストックを常に欠かさず、気が付けば煙を立たせているジーンは、相当の世渡り上手ということなのだ。故に、彼は「もらいタバコのジーン」と呼ばれ、ACCA内でも一目置かれている。
本作は、ジーンの目を通じて、それぞれ異なる文化や問題を抱えた13の区を見て回ることが基礎にある。「平和」と一口で言っても、それは万人の幸せや満足を意味するにあらず、ドーワー王国には王の耳には届かないような些事が無数にあり、むしろACCAがそうした諸問題を解決することを職務としている。そして監察課は、そのACCAの中にある細々とした問題と向き合い、その地区と担当者を「査定」する。『半沢直樹』のようにサラリーマン諸氏を奮い立たせるほどの熱いものではないが、『キノの旅』に流れる幾分かの無情感とは距離がある。その絶妙な味加減こそ、『ACCA13区監察課』の一言に訳しがたい面白さなのだ。
【放送情報】本日5/12(日) 22:30〜TOKYO MXにて第6話「線路と誇りの向かう先」放送です!
— アニメ『ACCA13区監察課』公式 (@ACCA_anime) May 12, 2019
新作OVA&朗読音楽劇「ACCA13区監察課 Regards」制作決定!TVシリーズ全12話を収録した「COMPACT Blu-ray」は6月25日発売です。どちらも絶賛!制作中!! #ACCA_anime #ACCA_Regards pic.twitter.com/T73aGnR8Xy
波風が立たないことが面白い、という独特な魅力を持つ本作だが、一定のスリリングさを帯びて流れているのが、クーデターの噂である。前述の通り、現在のドーワー王国13区が成り立ったのは過去のクーデターが発端ということもあり、国政を変える手段としてそれは未だ現実味を持つものなのだろう。しかも、現国王は高齢で、王位継承者を持つ王子はお世辞にも人望があるとは言えず、近々大きな変革がありそうという予感を誰もが薄っすら抱えている。
そんな折に流れるクーデターの機運は確かなのか。あるいは水面下ですでに動いてるのか。情報と疑念が錯綜する中で、ジーン・オータスにある嫌疑がかけられる。それは、彼が監察課として各自治区を回る裏で、クーデター派の連絡係になっているのでは?というもの。鎖国的な風土を持つ区もある中で、監察課は唯一区の境界を跨いで動くことのできる貴重な存在であり、誰かから煙草を貰い続けられる立場の彼の謎めいたところを、皆が不信がっているのだ。
思い返せば、PCや携帯電話といった連絡手段が存在するくらいの文明レベルに達していて、ジーン一人が怪しまれるのは少し不可解であるのは正直なれど、しかし本作は観ている間はそれを感じさせない。ジーンは本当にクーデターに与しているのか否か、そもそもその存在を知っているのか否かを、本作は曖昧にしている。彼は職務に真面目であり、社会に混乱をもたらすようには見えないが、一方で非常に食えない人物であることも確かなのだ。だからこそ、真実が明らかになるまで緊張感はずっと漂っているし、ACCA5長官の中でもジーンに対するスタンスで各々の思惑が浮き彫りになっていく。ジーンの飄々とした立ち振る舞いに、周囲が慌てふためく、この様子がたまらなく面白い。
※以下、本作終盤に関する言及を含む。
折り返しとなる6話頃から、各区を周るロードムービーの外側の事情が明かされてゆく。ジーンの悪友ニーノの過去と使命、王国を飛び出した第二王女の存在、ACCAがクーデターを主導したい理由。それに沿って、ジーンもまたその立ち位置が大きく変わっていく。王位継承権を失ってはいるものの、王家の血を引くジーンは、今度はクーデターの旗頭として利用されることになるのだ。何事もなかったかのように監察課の仕事に邁進していくジーンと、その周囲の温度差が可笑しさを増してゆく。祭り上げられ、時に命を狙われながらも、いつも通り煙草をふかしていられる心の太さは、確かに只者ではない。
しかしジーンにも、彼なりの算段があった。いずれやってくる王子の即位とACCA解散の危機、それに反抗するクーデターによる国家の混乱を避け、さらにその裏にあるフラワウ区の陰謀を阻止すること。二重三重に果たすべき目的がありながら、あえてクーデターの中心人物に乗せられていくジーン。これは一体誰の書いた筋書きかを紐解いていくと、本作は途端に壮大な大河ドラマの顔へ変貌してゆく。
クーデター、すなわち政権転覆を主題としつつ、本作は戦争や暗殺といった血生臭い描写を挟まないところが実にお洒落だ。ACCA創立100周年記念式典の場で王子を取り囲んだACCAだが、それは暴力を行使するためではなく、説得するためであった。本部長のモーヴはACCAの必要性を訴え、国民と王子の心をつかむ。その裏で、ジーンはフラワウ区=5長官の一人リーリウムが目論むクーデターを阻止し、結果としてフラワウ区は王国から独立し独自の道を歩むことになる。ACCAは力を強めることも弱体化することもなく現状維持を果たし、王家は変わらずこの国を治め続ける。明日も焼きたてのパンとケーキが食べられる、そんな当たり前の日常を守るために尽力する。ジーンの今回の行いは、ACCAの精神性そのものを示すような働きであったと言えるだろう。かくして、ドーワー王国は明日からも「平和」であり続けるのだ。
【第9話のおやつ】BS11にて第9話「牙を剥く優美な黒蛇」をご覧頂いた皆様、ありがとうございました。次回は3/12(火)25:00より第10話「空のない街に降る星」放送です。お楽しみに! #ACCA_anime pic.twitter.com/d4ilQf7eAk
— アニメ『ACCA13区監察課』公式 (@ACCA_anime) March 5, 2019
「革命」と聞くと勇ましいものを感じるが、その内実は多くの命が失われる、悲惨なものでもある。そうした悲劇を防ぐため、国民の生活を守るための組織が、その存在意義を実直に果たし暴動を抑える。そうして守られた日常を食べ物と煙草で表現するという、派手さはないけれどその描きこみが我々の現実と地続きであるかのような錯覚さえ生じさせる、本当に見事な決着である。その先に、自由を与えられたキャラクターたちの「変わらない」未来を予感させるラストの台詞が、最高のご褒美として我々にも降ってくる。本当に、隙が無い作品だ。
話を戻すと、私は煙草が吸えない。お金がなんだともっともらしい理屈を並べてみたが、結局は身体に合わないことを恥ずかしくて言い出せないだけだ。なのでその代わりに、今はとにかく、美味しい食パンが食べたい。
【ACCA Regards BD&DVD 3月27日発売】描き下ろしBOXイラストを公開!🍞
— アニメ『ACCA13区監察課』公式 (@ACCA_anime) December 20, 2019
キャラクターデザイン久貝典史さんが描くキャラクターと美術監督の吉岡誠子さんの描くバードンの風景が調和した、すてきな一枚になりました。
商品詳細はこちら!https://t.co/AZ2auSJ9Ys
#ACCA_Anime #ACCA_Regards pic.twitter.com/ftDohls8CG
いいなと思ったら応援しよう!
