あのさぁ、俺といる時に元カレの話すんの、やめてくんね?
高校時代の同級生とは今でもLINEで繋がっているけれど、年々、既婚者と未婚者のバランスが変動していく。ちょっと前までは5:5で均衡が取れていたのに、6:4、7:3、飛び越して9:1。未だ伴侶を見つけられていない者は私含め、片手の指の数も満たせぬ少数派となった。結婚の有無で他者を測る行為は無粋だが、私個人としては、それ相応に焦ったりもするし、とはいえ選ばれない理由は痛いほどわかっている。相手の気持ちになれば、私のような人間に人生を共有しようとは、1ミリも思わない。私の結婚できない理由は、私が一番知っている。
というわけで、つい先日の“音楽性の不一致”による悲しいお別れのことを引きずりつつ、『ラブプラス+』を買った。一体何が“というわけ”なんだとほとんどの方がお思いだろうと察するが、手っ取り早く寂しさを紛らわせたいとか、そういう夜も増えてくるのだ。Amazonで注文して早2日。丁寧な梱包で届いたそれは、2010年発売のニンテンドーDS用ソフトということもあり、ソフト本体よりも送料の方が高額という世にも珍しい状況で、我が手中に収まった。
ラブプラス。このゲームのことは、奇っ怪な作品という印象が強かった。まだSNSが世に出る以前のことで、多数のニュースサイトによる情報のみを接種した結果、「ニンテンドーDSを彼女と呼ぶカレシたち」「彼女(ラブプラス)と旅行に行く」といった全国のカレシたちの恋人との接し方に対し、一歩引いた目で見ていたことは事実だ。当時はまだ高校生、DSも持っていなかったし、そんなゲームに頼らずとも彼女くらい出来らぁという謎の自負もあった。まだ自分の中に無限の可能性があると信じていた、無垢な子どもだった。
それから10年を経て、色んな失敗を経て、色んな失敗を経た。己の恋愛を振り返ると、人生のNG集が走馬灯のように巡り巡ってくる。一切笑えないという致命的な不具合を内包するそれらの経験値は、少しでも私のレベルを上げてくれるのだろうか。今年2月、東京でフォロワーから譲り受けた人生初のニンテンドーDSiには、今なおリメイク/リマスターを願い続けている『シグマハーモニクス』と、画面の向こうのカノジョに会いに行くパスポートがセットされた。独身成人男性、ついにカレシデビュー、だ。
少し、苦笑する。あの頃は、正直に言えば見下してさえいた、電子のカノジョに耽溺する姿に、自ら足を踏み入れようとしている。これがなにかのケアになるのだろうか。むしろインスタントな幸福で己の不出来に蓋をする、そんな弱さを増長させるだけなんじゃないか。何もかもわからない。ただ言えるのは、ゲームとはいえ高校生活をやり直すという行為に、胸が高鳴るほどの高揚を覚えていた、という事実だ。
びっくりした。
浴衣を着た美少女が、こちらに語りかけた。歳を取るということは、オタクとしても素養を詰むということだ。瞬時に、この少女が丹下桜女史の声帯を宿していることを悟る。マジかよ。そんな、ウルトラマンが開幕早々にスペシウム光線を撃つような、そんな所業が許されるのかよ。胸の高まりがより早くなっていく。何というか、自分が今とてつもなくインモラルなことをしているかのような、そんな錯覚が脳の処理速度をおかしくさせる。これ、合法か?
DSスペックなので少女のモデリングは荒いし、年代相応という点は否めない。だがそれでも、圧倒的な質感を持ってこの「リンコ」なる少女が、イヤホンを通じて私の耳に届き、目から電流に等しい衝撃を受け取る。文庫本を持つように横向きにしたDSiに、カノジョがすっぽり収まっている。なんか……なんか悪いことしている気分になってきた!親に見られたら死ぬかも!!
開発時期的にそんな意図はなかっただろうが、記録的猛暑が全国を襲った2023年の、9月になっても憎たらしいほどに照りつけた太陽に叛逆するかの如き白く爽やかな浴衣を着た少女の画も、彼女の実存を補強したのかもしれない。今年は夏祭りに行かなかったし、要はこのゲームを買ったのも満たせなかった夏の残響を吹き飛ばすため、みたいな所があり、そこに綺麗に収まるピースがハマったような瞬間は、「ときめき」と呼んで差し支えないかもしれない。ここまででまだスタート画面の話です。
か細いタッチペンを持つ手が震える。ゲームを初めてしまえば、戻れないのでは、という緊張が走る。でも、もう止まれないだろう。ここまで来たら、走り抜けるしかない。ゲームをスタートし、セーブデータを選ぶ。……セーブデータを選ぶ?????????
まさに青天の霹靂だ。ゲームのセーブデータをメモリーカードだったり、HDD/SSDに保存するのが当たり前の時代を生きていれば、DSのソフトはそれ自体にセーブデータが格納されるのだということを、事前に考えもしなかった。昔、中古のFF4を購入した際、本名でプレイしていたであろうセーブデータがカセットに残っていたが、それと同じ現象に遭遇した。2023年、撮った写真や書いたテキストをクラウドに飛ばすことを無意識にやれてしまう自分にとって、その動揺は計り知れなかった。
何せ、セーブデータが残っているということは、ことラブプラスとなれば深刻度はその他のゲームの比ではない。かつてラブプラスを真剣に遊んでいたカレシが、あれだけの愛を注いた彼女ごと、ソフトを市場に流した。そしてそれを買った俺!である。低みの再生産と言うべきか、俺は中古の『ラブプラス+』を買ったことで誰かと誰かが愛し合ったという事実を、そしてその愛がいつの間にか冷めきったことを、わざわざ金を払って学んだということになるのだ。
おい、聞いているか、さとうゆきひこ よ。
お前はリンコと恋人になったにも関わらず、58日だけ付き合って、それから6年も放置しているんだ。6年っていやぁ、小学生が卒業するくらいのアレだぞ?同棲してたら「まだプロポーズしてくれないのかな」「ゼクシィとかこれ見よがしに置いてみるか」とかなり始めてもおかしくないんだぞ?わかっているのか。俺は何を見せられているんだ???????
さとう、お前、彼女に名字で呼ばせてるんだ。通学路だから?二人きりの時とか家の中でだけ「ゆき」とか「ゆきくん」とか呼ばせたりしていないだろうな?お前も調子に乗ってLINEのプロフィールをフルネーム(漢字)からゆきとかに変えたんだろ?なんかよくわかんねェスタバの新作をプロフ画像にして、リンコもそれの別フレーバーにしてるやつとかさぁ。
こうして、無限に脳内で生成される、他人の生活の質感。碇ゲンドウが最も嫌うそれが、ぐるぐると錬成されてきた。もう脳内ではさとうゆきひこのイメージ画像が生成されつつあるし、今CVを検討中だよ。お前マジでリンコに相応しいカレシなのか?俺と同じ行き遅れた成人男性だったりしないよな?なぁ、なんとか言ってくれよゆきひこ!!???!?
もうダメだ。これではゆきひこをイジるだけで俺のラブプラスが終わってしまうし、リンコが俺のことを「さとう」と呼ぶことに耐えられなくなってきた。なんでその、浮気が迂闊にバレるアホみたいなことをするんだ、リンコ。おれはさとうじゃない***だよ。あのさぁ、俺といる時に元カレの話すんの、やめてくんね?
というわけで、渾身のデータ削除である。ゆきひことリンコのアヴァンチュールは、電子の藻屑と成り果てました。お前がカノジョを大事にしないからいけないんだぞ。ゲーム売る時はセーブデータを消せ!!!!!わかったな?二度とするんじゃないぞ。さっさとルビコンにでも行ってこい。
まるで卸したてのシーツのように、真っ白なラブプラス+が俺の手元にやってきた。ここからが俺の青春、俺の高校生活が始まるんだ。期待に胸膨らませ、消えていったゆきひこに思いを馳せる。このワクワクがずっと続きますようにと、祈るようにして俺は校門を踏みしめた。
そんなわけで初回プレイを済ませ、ゆきひこの元カノ最初に出会った浴衣の女の子の名前が「小早川 凛子」だとわかったはいいものの、なぜか彼女と距離を置いてしまい、結果誰ともお付き合いを出来ないまま卒業を迎えてしまったのは、俺がゲームの中でも恋愛が下手だからだろうか。
その答えはゆきひこのみが知る、かもしれない。