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『クリード 炎の宿敵』でドラ泣き。

 『クリード チャンプを継ぐ男』は、個人的にも思い出の一作だ。アポロの息子をロッキーがコーチする新シリーズの噂を知った際は、「あれだけ『ファイナル』が完璧に終わったのだから、続編とか観たくないよ」と、生意気な態度のまま公開日を迎えた。しかし、映画館の座席に座るやいなや、幾度となく涙腺にストレートを食らわされてしまい、ラストバトルのシーンでは身体の震えが止まらなくなるくらい泣かされた。後にも先にも、映画館であれほど泣いたのは『クリード』だけだった。

 『クリード』は決して『ロッキー』のブランドを借りた、お粗末なリブートにはならなかった。偉大な名作のスピリットを受け継ぐだけに止まらず、「継承」そのものを主軸とした物語の重厚さに、多くのシリーズファンがノックアウトされた。次の世代の、新たな主人公アドニス・クリード誕生譚として、考え得る限り最高の一作になっていたのだ。

 そんなアドニスとロッキーの前に立ちはだかるのが、あのイワン・ドラゴとその息子ヴィクター。父アポロをリングに沈めたドラゴの息子と、そのアポロの息子。因縁の対決は、息子同士による代理戦争へ。不謹慎だが、興味をそそられるプロットだ。なお、脚本を務めたのはご存じシルベスター・スタローン。世紀の一戦のゴングが鳴り響く。

※以下、映画本編のネタバレが含まれます

 結論から言ってしまえば、本作『炎の宿敵』についても、前作同様に泣かされてしまった。父アポロと同じチャンピオンの座に登りつめ、子宝にも恵まれたアドニスは、ヴィクターに実質的な敗北を喫し、子どもを泣き止ませることのできない不甲斐なさゆえ、一度は自信を失う。「クリード」の名前が背負う重圧と、父親としての責任の前に、彼は無力だった。それでも、アドニスはヴィクターとの再戦に臨む。アポロから、そしてロッキーから受け継いだ魂を背負い、そして父が成し遂げられなかったドラゴ打倒のため、自らを鍛え直す。「継承」からその先へ、強敵のパンチに倒れた彼が目にしたものが前作とどのように変化していたかが、全てを物語っていた。

 しかし、本作で最も胸を熱くさせられたのは、イワンとヴィクター、ドラゴ親子の物語だ。『ロッキーIV』での敗戦によって名誉も地位も妻も失ってしまったドラゴは、自らの怒りと憎しみを息子ヴィクターに背負わせ、最強のファイターを作り上げた。クリード対ドラゴ、宿命を背負った二人の息子のタイトルマッチを演出することで、自分を捨てた国を見返さんと、30年に渡る血のにじむような日々を送ってきた。あの有名なフィラデルフィア美術館の階段を登った先、ロッキーが目にしたものと同じ街並みの光景を、忌々しげに見つめるイワン。30年間積りに積もった怨念を、一切の台詞を挟むことなく表情で魅せる冒頭のドルフ・ラングレンの演技は、有無を言わさぬ説得力を観客に投げかける。

 『ロッキーIV』におけるイワン・ドラゴは、ロシアの雪山で鍛えるロッキーとは対照的に、機械的に育成されたボクサーであった。パンチ力を計算するマシーンやルームランナーなど、人工的に統御・管理された環境下で生まれた、ボクシングマシーン。そんな彼が、かつてのロッキーと同じく、泥臭い訓練で息子を鍛え上げる。かつての栄光が嘘のように、ドラゴは全てを失った。そうした父親の憎しみが投影された息子ヴィクターは、ドラゴが図らずも生み出してしまった、かつての己と同じマシーンとしてのボクサー。屈強な身体と重たいパンチを持ちながらも、代理戦争の駒でしかないという非人間性。憎しみに囚われたイワンは、『ロッキーIV』が生み出した「影」として、ロッキー、アドニスの前に現れる。

 そして訪れた、ヴィクター対アドニス二度目の対決。舞台はホームであるロシアの地。そして観客席には、かつての自分を捨てた憎き元妻のルドミラが。己の復讐心を晴らす最高のシチュエーションを整え、アドニスを迎え入れる。

 しかし、地獄の鍛錬を耐え抜いたアドニスはヴィクターと接戦を繰り広げ、次第にヴィクターは疲弊していく。その様子を見た元妻ルドミラは、試合の結末を見ることなく観客席を後にする。その瞬間、イワン・ドラゴの闘いは敗北という結果に終わった。

 一度ならず二度までも、イワンは人生において大きな敗北を経験する。しかし、己の復讐心を背負った、背負わせてしまったヴィクターは、ボロボロになっても闘い続ける。その姿を見たイワンは、タオルを投げ込んだ。もういい、充分だと。それは、作中初めて父親として息子を案じる姿でもあり、まるで自分に言い聞かせたような、心からの叫びだったはず。

 生きる国も、妻も失った孤独な男イワン。その憎しみのあまり、愛すべき息子を縛り付けていたことに、彼は気がついた。かつて己が米対ソ連の代理戦争の駒だったように、息子にも役割を押し付けていた。そんな彼が、一人のファイターとして、息子として、ヴィクターを受け入れる。本作で最も感動的なのは、イワンとヴィクターが並走するランニングシーン。復讐から解き放たれ、真の意味で「父」になったドラゴの、新しい人生のスタートなのだから。

 次の時代を担うアドニスの物語を紡ぐ今作は、同時にイワン・ドラゴの背負った重荷を下ろさせるための、『ロッキーIV』の正統な続編でもあった。相対する二人の「父」の物語を熱く書き下ろしたスタローンの脚本が見事と言う他ないが、本作はロッキー・バルボアという一人の父親に対しても、ある結末を用意している。それを見た時去来したのは、いずれ訪れるであろうスタローンとの別れの予感だ。人間いつかは死ぬ。『エクスペンダブルズ』で次世代アクションスターを応援してきたスタローンが、「終活」の一環として映画『クリード』を育て上げ、ロッキー・バルボアというキャラクターの人生にも喜ばしい結末を用意したのではないか…。フィルムから押し寄せる凄まじい感動の裏に、どこか切ないものを覚えた『クリード 炎の宿敵』は、映画ファンにとって忘れられないものになるかもしれない。


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