【ショートストーリー】チップ
カードでの会計を申し出たところ、店員が端末を示し、スロットに差し込んで暗証番号を入力するよう案内した。いつも通りの操作だったが、エラーが出た。残高不足のようだった。
もちあわせがあったので、現金で支払った。店を出たあと、すぐにスマートフォンで確認すると、「契約の見直しが必要なので店舗までお越しください」と表示された。融資が停止した理由は分からなかった。
「お客様、最近、お仕事を変えられていますね」
ここはカード会社の受付カウンターである。応対に出た窓口係は、融資が停止した理由を、そう説明した。
「お客様とのご契約ですと、警備員としての業務で知り得た情報を提供していただくということで、この金額を毎月ご融資するということになっておりましたが……」
窓口係はタブレットを示しながら、説明を続けた。
「現在のお仕事は、清掃員のアルバイトとなっています。もちろん、ご融資は可能ですが、額の見直しが必要になるのです」
体内へのチップの埋め込みが、国民の義務となってから五年が経過した。健康管理がもともとの目的であり、チップが定期的に宿主の健康状態をチェックし、管理センターへ情報を自動送信するという仕組みだ。これにより、異常があれば早期発見できるし、事故などにあった場合も素早い救急対応が可能になった。
さらにチップをバージョンアップすることで、宿主の感情、記憶、経験などもデータとして生成できるようになると、これを利用した様々なビジネスが登場した。
私が利用している『融資サービス』もその一つだ。チップを通じて必要な情報を提供する代わりに、月々一定額の融資が受けられる。融資に関しては返済の義務はない。簡単にいえば、情報の代償として、金を受け取っているのである。
警備員としての私の情報はランクが高かったようだ。警備会社がチップに制限をかけているので、顧客のセキュリティ情報は提供できないが、それでもかなり高額の融資を受けることができていた。
しかし最近人間関係で嫌なことがあり、衝動的に警備会社を辞めてしまっていた。
「今のお仕事での情報を提供いただくとして、今後の月々のご融資額は……」
窓口係がタブレットを操作して、こちらに示した。
「月々、この金額になります」
これまでの三分の一以下の金額が表示されている。
「個人の生活レベルでの情報を追加して、もう少し額を増やすことはできないのですか?」
〈個人の生活レベルの情報〉とは、一日のトイレの回数とか、体温だとか、何を食べたかなどのことを指す。本当は提供したくないのだが、背に腹は代えられない。
私の質問に窓口係は困惑したような表情を見せた。
「これまでと同じぐらいの額をご希望ですか?」
私は頷いた。
「オプションを追加して、これまでと同額のご融資となりますと、個人情報の提供をいただく期間が120年になってしまいます」
現実的ではないな、と私は思った。つまり、いまの私の情報にはあまり価値がないということなのだろう。
融資額は極端に減ったが、契約を更新して、店を出た。
仕事を探さなくてはいけない。私はスマートフォンを取り出すと、「就職 人気の情報 高額融資」で検索を開始した。
(終)