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【ショートストーリー】映画館

「ねぇ、今までで一番怖い思いをしたのって、どんなときだった」
「……そうねぇ、バスの中で、自分と運転手さん以外全員、外国人っていうのはあったけど」
「別に怖くないじゃん」
「怖いじゃん、だってそれ普通の路線バスだよ。駅から家までのルートのやつだから。観光地とか全然通らないんだよ」
「怖くもなんともないじゃん」
「そっちはないの? 怖い体験」
「ある。映画館で、客がさ、わたしひとりだけ」
「えっ、それいいじゃん、貸し切りじゃん」
「と思うでしょ。めっちゃ怖いから」
「そういうときってさ、映画って上映中止とかにならないの?」
「なるわけないじゃん。わたしがいたんだからさ」
「そうか」
「やな予感はしてたんだよね。ネットでさ、予約するじゃん、チケットの。そのとき座席表、全く埋まってなかったんだよね」
「それって、ただ、どマイナーな映画だったってことじゃないの?」
「だって、金曜の夜だよ。いくらなんでももっと見に来るじゃんか」
「何系?」
「ホラー」
「ホラーひとりで見に行くって、そこからおかしいじゃん」
「普通でしょ、そんなの」
「でもさ、ひとりだったら、突然なんか出てくる場面とかで、びくってしても恥ずかしくないじゃん」
「そうそう、思い出した。そういうシーンがあってさ、後ろの席の方からポップコーン降ってきた」
「は?」
「きっと、びくってしてひっくり返したんじゃない」
「……あのさ、ひとりって言ってたよね」
「うん」
「途中から誰か来たの」
「来ないよ」
「じゃあ誰が、ポップコーンこぼしたのさ?」
「幽霊」
「……」
「人間はわたしひとりだけだったけど、ほかは幽霊で埋まってたよ。満席」

 (終)

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