【ショートストーリー】最初のひとくち
むかしむかし
海辺に家族が住んでいた。父親、母親、その息子。父親が魚を捕って、それをもとに物々交換して、生活していた。
ある日、父親の帰りが遅いことを心配した母親は、息子に家から出ないように言いつけると、探しに出かけた。
父親は砂浜で死んでいた。外傷もなく、まるで寝ているように見えるほど、穏やかな様子だったが、すでに息はない。
(いったい、だれがこんなことを)
周囲に人影はない。
と、遺体のすぐそばに奇妙なものがあることに気がついた。
くすんだ赤い色をしていて、ヌメヌメと動いている。
(いきもの?)
彼女は警戒した。少し距離を取る。
ソレは見れば見るほど、気持ちの悪い形をしていた。クラゲのようなぶよぶよを中心に、蛇のような、もぞもぞ動くものが全部で8つ伸びている。
恐ろしげな風貌ではあるが、特に襲ってきそうな気配ない……。
(もしかしたら、夫はこれに襲われて……)
よくみると8つの蛇状のものの表面に、丸いものがびっしりとくっついていた。それぞれが独立した生きもののように、ぴくぴくと動いている。
(まさか、夫はこれに血を吸われたのか?)
この生きものが赤いのもそれで説明がつく。 彼女を襲ってこないのもたっぷり血を吸って、満足しているからなのかもしれない。
そう考えると、母親は無性に腹が立ってきた。
(仇を取ってやる)
彼女は落ちていた流木を拾うと、ソレのクラゲの部分を何度も何度も殴打した。
ソレは動かなくなったが、母親の怒りは収まらない。
とりあえず家に持ち帰ることにした。息子にも見せた方が良いだろう。
夫の遺体と、「ソレ」を持ち帰った母親は、何があったかを息子に説明する。
息子は泣いて悔しがった。
(ボクも父さんの仇を討ちたかった)
母親にはその気持ちが痛いほどよく分かった。
(どうだろう、この赤いのはもう死んでしまっているだろうけど、念のため、熱い湯の入った鍋に入れて、とどめをささないかい?)
息子は手を打って喜んだ。
さっそく鍋に水をくんできて、火にかける。
湯が沸くまで、母親と息子は父の遺体に手を合わせた。
湯が沸くとさっそく、仇を放り込んだ。
そのとたん、くすんだ色だった仇はあざやかな赤色に染まった。同時に身が締まり、ブヨブヨ感がなくなった。
すでに死んでしまっているので、熱湯に放り込んでも、劇的なことは起きなかった。それが二人の怒りを増長させた。
(かあさん、こいつ鮮やかになりやがって、なんかバカにされてる気がしてきたよ)
(そうだねえ……。どうだろう、いっそこいつを食べてしまうというのは? あたしらの腹の中におさめれば、もう悪さはできないさ)
息子は、正直いってそれはどうかと思ったが、お腹もすいてきたので、母に同意した。
鍋から出して、熱かったので少し冷ましてから、食べやすい大きさに切って食してみた。
今まで食べたことのない食感だったが、不味くはなかった。むしろ、見た目よりも美味である。
堪能した二人は、ようやく怒りがおさまった。
(これでタコしたよ)
(そうだね。かあさん、タコしたね)
「タコ」とはこの部族のことばで、「復讐」を意味する。
(終)