一日中外出しない老父が私に挨拶する
「外は暑いでしょう」
私も笑顔で答える
「ええ暑いですよ」

肌寒い季節になっても同じ挨拶のまま

二階にある自室から
一階にある固定電話まで

一日中往復する

例えば
電話機をひたすら眺めるだけだったり
電話機の前にある回転椅子に座るだけ
受話器を握るだけだったり
ボタンを一つ押してみたり
ボタンを一つ押すと別室のベルが鳴る
ワンコールだけ確認して受話器を置く

一日中繰り返す

ゆっくりとした足取りで
繰り返す事しか出来ない

狂気の光景に慣れてしまうと疑問が湧く
私と老父との違いはどこにあるのだろう

出会うたびにほぼ同じ洋服を着ている私と老父
私達の服は同じようにきちんと洗濯されている
壊れているのは私も同じなのではないか

互いに閉じた脳を持て余し
個人はまだ壊れず存在する

その行動の片隅に願いが存在していて欲しい
老父の行動を視界に確認するたびに期待する

二度と会えず話せなくても
声でなく魂で繋がればいい

「わたしはここにいる」

あなたは今どんな願いを込めて往復していますか

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