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やるしかない状況に自分を追い込んでやるしかない【音声と文章】
山田ゆり
00:00 | 00:00
※音声と文章、どちらでも楽しめます。
おはようございます。
山田ゆりです。
今回は、
(やりたいことをやれていないのなら)
やるしかない状況に自分を追い込んでやるしかない
ということをお伝えいたします。
人はやらなければいけない状況になったら強くなる。
やってもやらなくても、どちらでもいい状況の場合、
結局はやらない、または中途半端な動きになる。
夫が亡くなってからの2年間を振り返ってみた。
ローンを組んで家を建てた。
田んぼの草取りを外注化した。
畑の草刈りを外注化した。
庭の木を全て切った。
全ては夫の急逝という事実から始まった。
夫が急逝した。
何でもない日常を過ごしていた。
今日もいつもと変わらない日が訪れると思っていたのに
夫は致死性不整脈で新しい朝を迎えることなく逝ってしまった。
私はこれまで、弟、父、独り身の伯母、母の4人を見送ってきた。
だから、普通の方より葬儀などは何とかできる。
それの考えで行くと夫の時も同じなのだが
しかし、今回は大きく違った。
迷ったり困ったことや自分ではしたくないことは
これまでは夫に頼っていた。
はた目には自分が決めたようなことでも
いつも夫がどうにかしてくれていた。
しかし、もう、その夫はいない。
全ては自分が決めなければいけない。
面倒なことから逃げられない。
うやむやにできない。
夫が亡くなる少し前に台所の床から水が湧き出してくるようになった。
その時は夫が何とかしてくれた。
夫が「これで大丈夫だから」と言ってくれた。
しかし、夫が急死して1か月後にその状況がまた現れた。
我が家は築50年以上になる。
そして、柱や建具などは、当時、家を建て替える親戚から
その古い柱などをいただいてそれで建てた。
つまり、我が家は、家としては築50年以上だったが
柱はそれ以上の代物だ。
年月を重ねるうちに家のあちこちに不具合が生じてきて
いろいろなところにスキマや穴ができてきている。
そこから風・土・虫などが入って来る。
何度も増改築を繰り返してきた我が家は
「これ以上、増改築するのはお金の無駄。
建て替えるしかない」と大工さんに言われていた。
夫が亡くなって1か月になろうとしていた頃に
台所の床が再びむくれあがるようになった。
流した水が床を押し上げているのだ。
床が割れて水と一緒に土などが出てくる。
そこにバスタオルを当てる。
間もなくバスタオルはびっしょりになりシンクの中で絞る。
その絞った水が配管を通ってまた床が膨れる。
だから、台所には大きなバケツを置いておいて
タオルはその中で絞るようにした。
お茶碗を台所で洗うと床からたくさん水が湧いてきて
泥水で汚れたバスタオルはすぐにぐっしょりとなった。
お茶碗を洗うと必ずバスタオルを絞る行為もしなければいけない。
時間がない中、お茶碗を洗っているから
バスタオルの事も考えると、洗うのは後にしようとなる。
その内、お風呂場で茶碗や鍋を洗うようになった。
しかし、真冬のお風呂場は寒かった。
シャワーがない昔風のお風呂場でのお茶碗洗いはつらかった。
大きな鍋にお湯を沸かし、それをお風呂場に持って行き
お茶碗を洗っていた。
でも洗い流すのは真水だから、手がかじかんだ。
水浸しになる台所の床は、素足はもちろん、
スリッパで歩くことができなくなった。
バスブーツと外で履くサンダルを台所で履くようになった。
洗い物をすると床がどんどん膨れ上がり割れてきた。
それは最初、一か所だけだったがその内、数か所が割れてきた。
料理をすれば洗い物がでる。
溜めたくないのですぐに洗いたい。
でも、今洗うと床を拭かなければいけない。
朝はそれをしている時間がない。
そして、台所には洗い物がたくさん置かれるようになる。
また、どこから出てきたのか、ハツカネズミがいるようになった。
夜中、トイレに行こうと戸を開けた瞬間
ネズミと目があって心臓が止まるかと思ったことが何度もあった。
ネズミ捕りを家の数か所に置いた。
でも、ほとんどそれは効き目がなかった。
ネズミが徘徊する家。。。
仕事から疲れて帰宅した時、
家がそのような状況だったらあなたはどうだろうか。
もう、人間的な生活ではなかった。
これではいけない。
私は60歳で定年退職したら家を片付けて
新しく家を建て替えようという目標があった。
いつそれに着手して
家の完成はいつか。
それを紙に書いて部屋に貼ってあった。
でも今思えば、それは強い気持ちから来るものではなく
絵に描いた餅だったと今、振り返って思う。
ただでさえ、一家の大黒柱を亡くし
気持ちが落ち込んでいるのに、
「帰りたくない家」に住み続けるのは
私たちにとって悲しみに追い打ちをかけるようなものだった。
私は現状に負けたくなかった。
だから私は家を建て替えることを決断した。
夫が亡くなったのは10月28日。
家の建て替えを決断したのが11月下旬。
そしてすぐに私は建て替えのために動き始めた。
家を建て替える件について
一つだけ絶対守る事を私は決めた。
それは、家づくりは私一人で決めないこと。
襖1枚、照明器具一つ、全て4人全員で決めること。
私たちの家だから、これだけは絶対譲らないと決め
3人の娘たちにその思いを伝えた。
11月から1月にかけて娘たちと一緒に、家の完成見学会へ出向いた。
雪が深い道を運転していろいろなところを見て回った。
通常は、雪のない暖かい季節に見学会まわりをするが
私は春には家を建て始めたかったから
無理を押して、真冬に見学会まわりをした。
そして、ローンの相談も同時に始めた。
そして、数件目で今の工務店さんに巡り会い
信頼のおける方に全てを託した。
ほぼ週一のペースで、
工務店さんと私たち家族の打ち合わせが行われた。
私一人では無く、家族全員で打ち合わせに臨んだ。
それは、みんなの家だから打ち合わせもみんなでしようという私の考えによるものだ。
都会で暮らす二女は、ラインで参加した時もある。
そして、建具や洗面台、お風呂、台所、照明器具、クロス、床、天井、
あらゆるところを家族全員で決めた。
そしてとうとう、5月に家の建て替えが始まり
10月に引き渡しが完了した。
家を建て替えようと決断して1年後に家が完成した。
以前の私だったら考えられないスピードである。
きっと、夫が生きていたら、この家は夫と私だけで決めてしまって
あとから、娘たちから、
「ここはこうして欲しかった」などの苦情が来ていただろう。
しかし、今の家は、全てみんなで決めた。
皆が納得して決めたから満足のいく家ができた。
家を建て替えるなんて、自分には無理だと思っていた。
それは、建て替えてもいいし建て替えなくてもまだいい
そんな中途半端な気持ちしかなかったから
建て替えは実現することはなかった。
しかし、家が壊れ始め、建て替えるしかない状況になり
気持ちが決まった。
人は、やるかやらないかと迷っている内はやらない。
やるしかない状況になった時に大きな力が湧いてくる。
人はやらなければいけない状況になったら強くなる。
やりたいことをやれていないのなら
やるしかない状況に自分を追い込んで
やるしかない。
今回は
(やりたいことをやれていないのなら)
やるしかない状況に自分を追い込んでやるしかない
ということをお伝えいたしました。
本日も、最後までお聴きくださり
ありがとうございました。
ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日をお過ごし下さい。
山田ゆりでした。
■■■インタビューを受けました■■■
https://www.youtube.com/watch?v=jEq5g0xZ6RY&t=134s
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おはようございます。
山田ゆりです。
今回は、
(やりたいことをやれていないのなら)
やるしかない状況に自分を追い込んでやるしかない
ということをお伝えいたします。
人はやらなければいけない状況になったら強くなる。
やってもやらなくても、どちらでもいい状況の場合、
結局はやらない、または中途半端な動きになる。
夫が亡くなってからの2年間を振り返ってみた。
ローンを組んで家を建てた。
田んぼの草取りを外注化した。
畑の草刈りを外注化した。
庭の木を全て切った。
全ては夫の急逝という事実から始まった。
夫が急逝した。
何でもない日常を過ごしていた。
今日もいつもと変わらない日が訪れると思っていたのに
夫は致死性不整脈で新しい朝を迎えることなく逝ってしまった。
私はこれまで、弟、父、独り身の伯母、母の4人を見送ってきた。
だから、普通の方より葬儀などは何とかできる。
それの考えで行くと夫の時も同じなのだが
しかし、今回は大きく違った。
迷ったり困ったことや自分ではしたくないことは
これまでは夫に頼っていた。
はた目には自分が決めたようなことでも
いつも夫がどうにかしてくれていた。
しかし、もう、その夫はいない。
全ては自分が決めなければいけない。
面倒なことから逃げられない。
うやむやにできない。
夫が亡くなる少し前に台所の床から水が湧き出してくるようになった。
その時は夫が何とかしてくれた。
夫が「これで大丈夫だから」と言ってくれた。
しかし、夫が急死して1か月後にその状況がまた現れた。
我が家は築50年以上になる。
そして、柱や建具などは、当時、家を建て替える親戚から
その古い柱などをいただいてそれで建てた。
つまり、我が家は、家としては築50年以上だったが
柱はそれ以上の代物だ。
年月を重ねるうちに家のあちこちに不具合が生じてきて
いろいろなところにスキマや穴ができてきている。
そこから風・土・虫などが入って来る。
何度も増改築を繰り返してきた我が家は
「これ以上、増改築するのはお金の無駄。
建て替えるしかない」と大工さんに言われていた。
夫が亡くなって1か月になろうとしていた頃に
台所の床が再びむくれあがるようになった。
流した水が床を押し上げているのだ。
床が割れて水と一緒に土などが出てくる。
そこにバスタオルを当てる。
間もなくバスタオルはびっしょりになりシンクの中で絞る。
その絞った水が配管を通ってまた床が膨れる。
だから、台所には大きなバケツを置いておいて
タオルはその中で絞るようにした。
お茶碗を台所で洗うと床からたくさん水が湧いてきて
泥水で汚れたバスタオルはすぐにぐっしょりとなった。
お茶碗を洗うと必ずバスタオルを絞る行為もしなければいけない。
時間がない中、お茶碗を洗っているから
バスタオルの事も考えると、洗うのは後にしようとなる。
その内、お風呂場で茶碗や鍋を洗うようになった。
しかし、真冬のお風呂場は寒かった。
シャワーがない昔風のお風呂場でのお茶碗洗いはつらかった。
大きな鍋にお湯を沸かし、それをお風呂場に持って行き
お茶碗を洗っていた。
でも洗い流すのは真水だから、手がかじかんだ。
水浸しになる台所の床は、素足はもちろん、
スリッパで歩くことができなくなった。
バスブーツと外で履くサンダルを台所で履くようになった。
洗い物をすると床がどんどん膨れ上がり割れてきた。
それは最初、一か所だけだったがその内、数か所が割れてきた。
料理をすれば洗い物がでる。
溜めたくないのですぐに洗いたい。
でも、今洗うと床を拭かなければいけない。
朝はそれをしている時間がない。
そして、台所には洗い物がたくさん置かれるようになる。
また、どこから出てきたのか、ハツカネズミがいるようになった。
夜中、トイレに行こうと戸を開けた瞬間
ネズミと目があって心臓が止まるかと思ったことが何度もあった。
ネズミ捕りを家の数か所に置いた。
でも、ほとんどそれは効き目がなかった。
ネズミが徘徊する家。。。
仕事から疲れて帰宅した時、
家がそのような状況だったらあなたはどうだろうか。
もう、人間的な生活ではなかった。
これではいけない。
私は60歳で定年退職したら家を片付けて
新しく家を建て替えようという目標があった。
いつそれに着手して
家の完成はいつか。
それを紙に書いて部屋に貼ってあった。
でも今思えば、それは強い気持ちから来るものではなく
絵に描いた餅だったと今、振り返って思う。
ただでさえ、一家の大黒柱を亡くし
気持ちが落ち込んでいるのに、
「帰りたくない家」に住み続けるのは
私たちにとって悲しみに追い打ちをかけるようなものだった。
私は現状に負けたくなかった。
だから私は家を建て替えることを決断した。
夫が亡くなったのは10月28日。
家の建て替えを決断したのが11月下旬。
そしてすぐに私は建て替えのために動き始めた。
家を建て替える件について
一つだけ絶対守る事を私は決めた。
それは、家づくりは私一人で決めないこと。
襖1枚、照明器具一つ、全て4人全員で決めること。
私たちの家だから、これだけは絶対譲らないと決め
3人の娘たちにその思いを伝えた。
11月から1月にかけて娘たちと一緒に、家の完成見学会へ出向いた。
雪が深い道を運転していろいろなところを見て回った。
通常は、雪のない暖かい季節に見学会まわりをするが
私は春には家を建て始めたかったから
無理を押して、真冬に見学会まわりをした。
そして、ローンの相談も同時に始めた。
そして、数件目で今の工務店さんに巡り会い
信頼のおける方に全てを託した。
ほぼ週一のペースで、
工務店さんと私たち家族の打ち合わせが行われた。
私一人では無く、家族全員で打ち合わせに臨んだ。
それは、みんなの家だから打ち合わせもみんなでしようという私の考えによるものだ。
都会で暮らす二女は、ラインで参加した時もある。
そして、建具や洗面台、お風呂、台所、照明器具、クロス、床、天井、
あらゆるところを家族全員で決めた。
そしてとうとう、5月に家の建て替えが始まり
10月に引き渡しが完了した。
家を建て替えようと決断して1年後に家が完成した。
以前の私だったら考えられないスピードである。
きっと、夫が生きていたら、この家は夫と私だけで決めてしまって
あとから、娘たちから、
「ここはこうして欲しかった」などの苦情が来ていただろう。
しかし、今の家は、全てみんなで決めた。
皆が納得して決めたから満足のいく家ができた。
家を建て替えるなんて、自分には無理だと思っていた。
それは、建て替えてもいいし建て替えなくてもまだいい
そんな中途半端な気持ちしかなかったから
建て替えは実現することはなかった。
しかし、家が壊れ始め、建て替えるしかない状況になり
気持ちが決まった。
人は、やるかやらないかと迷っている内はやらない。
やるしかない状況になった時に大きな力が湧いてくる。
人はやらなければいけない状況になったら強くなる。
やりたいことをやれていないのなら
やるしかない状況に自分を追い込んで
やるしかない。
今回は
(やりたいことをやれていないのなら)
やるしかない状況に自分を追い込んでやるしかない
ということをお伝えいたしました。
本日も、最後までお聴きくださり
ありがとうございました。
ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日をお過ごし下さい。
山田ゆりでした。
■■■インタビューを受けました■■■
https://www.youtube.com/watch?v=jEq5g0xZ6RY&t=134s
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