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新しい風が吹いている

休み明け。事務所前に停めた車。欠伸しながら降りた先。見慣れない顔とスーツ。名札を見て悟る。

『“新しい風”だ

言葉は声にならなかった。小さく会釈をして扉を開けて道を譲った。

また春が来た

何度目かの春だ。毎年別れて逢いに来るだけの。必ずやってくる春だ。地方の晴天とは裏腹に、雨が静かに桜の終わりを急がせる埼玉の春だ。今年もきっと間もなく桜とはお別れだ。

スーツの彼は春より人事異動でやってきた職員だった。ついつい上司の会話に聞き耳を立てて現場の書類をかき集めていた。名字に何処か聞き覚えがある…(あれ、もしかして〇〇さん?)。

今季は間違いなく転機となる。長年の舵取りを失い、不慣れな“両手”が職員の生活を握る。よく考えたらそうだ。『彼等も不安なのは一緒だ』。

組織に属せば命令が下る。従うのが役目であり、指示が貰えるのが信頼の証だ。少なくとも弊社はそうだ。時代の流れにそぐわない程体育会系で古くさいくせに妙に半端にデジタルに手を伸ばす組織だ。乱れた歯車に振り回されているのは彼らも一緒だった。

異動してきた彼は私達がこの先失う“10年戦士”と同じだけの時間を、違う社名を背負って過ごしてきたんだ。グループは同じでも、やり方も違って知った顔もいない初めての土地に今年突然放り出されたんだ。

私達以上に不安な筈だ。

退勤間際に事務所前で彼と再会した。朝方、面識がある事に気づいた直後、同期のツテで繋がっていたInstagramから謝罪の連絡を入れてあった。(この異動は当時想像もしていなかったが)

2度目の『お疲れ様です』は互いにどこか笑みが滲んでいた。「どうでした?今日」の問いに『勝手が違いすぎて覚える事が多くて、既になんか忘れてそう笑。』と答える孤独な戦士の姿があった。

「不安があるのはお互い様ですよね。担当と現場、支え合っていきましょう」

こんなことが言える相手も、今まで逆にいなかった。

新しい季節は望まぬ別れを連れてくる。それでもきっとこうやって新しい風が吹けば、また違う景色も見えてくるのかもしれない。

(2022/04/05)

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