29)祖父に作るマグロ漬け丼
祖父は短気で頑固で寡黙な元漁師だった。
身長も高く、骨太な体格、彫り深い顔立ち。見た目でいうと……そう!
ドナルド・トランプ元大統領にそっくりだ。
当時ニュースで『アメリカファースト』と指を立て、まくし立てる感じなんか祖父そのものだ。威圧的で圧倒的な感じ、全てが祖父だった。
私はそんな祖父が昔から苦手だった。
祖父母の家に泊まりに行っても極力祖父とは同じ空間にいないようにしていた。話す言葉も必要最低限。怒られるのが怖いので祖父の前ではいい子を演じていたように感じる。
それは私だけではなく、周りの家族も同じだった(母や叔母や親戚など)
私が20半ばの頃、祖父に病が見つかった。
病は打つ手がなく、祖父自身色々な思いを抱えていただろう。
私の帰省時に母と二人で祖父の家に訪れた。
久々に会った祖父は少し痩せており、声も枯れ、咳も弱くしていた。
そんな姿をみるとやはりショックなものだ。
祖父は敵なし負けなしの絶対的な男だった。病にもきっと負けないと信じていたからだ。
祖父がわざわざ大阪まで送ってくれたマグロの刺身のお礼を伝えた。それに加え、マグロを漬け丼にした写真を祖父にみせた。すると祖父は、ちゃんと料理していることに関心してくれ、滅多に見せない笑顔をみせた。
そこから母と二人で近辺の観光地に行った。
1時間ほど時間をつぶし、携帯を見ると祖父からの着信と伝言メッセージが入っていた。
『あのー、おまん(方言であなたという意味)の作った、マグロの漬け丼が食べたいき、帰ってきたら作ってくれぇ』
と祖父からのメッセージがあった。
今まで祖父や家族に料理を作ったことがなかったので少し自信がなかった。
が、しかし、祖父に料理を作れるのはこれが最初で最後な気がした。
すぐに電話をいれ、祖父の家に戻った。
以前作ったレシピを検索し作り出す。
普段自分の部屋に籠っている祖父だが、私が料理を作る姿をふらっと見に来た。マグロを漬けている暇な時間には、祖父が台所に立ち、包丁の研ぎ方を教えてくれた。
そして料理は完成。
マグロ漬け丼をみんなで食べた。料理上手な祖母も褒めてくれ、なにより祖父はとても嬉しそうに美味しそうに食べてくれた。
何気なく見せた写真だったが、見せてよかったと思えた。こんなきっかけがないとこの瞬間は生まれなかったのだから。
祖父は亡くなってしまったが、最期の最期まで気弱な姿を私達に見せることはなかった。最期まで自分ファーストな祖父だったが、その姿は誇らしかった。