"進め!海パンビキニ探検隊" ホンニャ=ケバン天国洞窟から暗闇洞窟へ
2019年8月。
10日間の夏休みを利用してアジア最古のカルスト地帯、ベトナムのホンニャ=ケバンに向かった。
旅の目的は2つ。
ライフワークにしている世界中のおむすび探しと、暗闇洞窟と呼ばれる情報がまったくない謎の洞窟を探検すること。
まだ、普通に海外に行くことができた夏。
この旅の後、わずか数か月で世界が大きく変わるようなことが起こるとは…
この時の自分には、知る由もなかった。
《1000日間で1000のおむすびを食す男 特別編》
1.一睡もできなかった国有鉄道
湿地帯の上を浮かぶように、ゆっくりと列車が走っていく。
さっきまで覆っていた赤紫色の空を塗り替えるように、黄金色のバンドが地平線を太くする。
結局、一睡もできなかった。
前日の22時、ベトナム中部にある中核都市ダナンから、ベトナム国有鉄道の寝台列車に乗車した。1か月前にベトナム国有鉄道のホームページを翻訳しながら苦労して取った切符だ。異国の地でゆったりと寝台列車の個室旅を楽しむ。そんなシミュレーションが自分の頭の中には何回も何回も繰り返されていた。
なのに・・
自分が予約していた個室のカーテンを開けたときに、何度も思い描いていたシミュレーションと全く違う光景が目に飛び込んできた。
なんと、自分が予約していたベッドに見知らぬベトナム人のおばさんが勝手に寝ているのだ。
しかも無情にも本来個室に用意されているはずのミネラルウォーターも飲まれ、スナック菓子も封を空けられていた。
どうしよう。
車掌さんを探そうとしても、どこにいるかがまったくわからない。
いたとしても、語学が苦手な自分には、この状況をちゃんと伝えられる自信がない。しかも深夜だ。周りの個室も寝静まっているのか、見渡しても人の姿が見つからない。
こうなれば、このおばさんにどいてもらうしかない。
意を決して、おばさんを揺り動かす。
「どいてください」「ここは自分の席なんです」
もう、どうにでもなれと、必死に日本語で話しかける。
このおばさんは絶対に確信犯だ。
悪びれる様子もなく、そのままの恰好で起き上がりそのまま個室を出ていく。おおかた、チケットを持っている人がくるまで、寝てやろうと思っていたのだろう。
荒らされたベッドの上に、毛布を2重に引き直して寝ることにする。
2.解放されたドンホイの朝
このベトナム国有鉄道。
列車内に取り付けられているスピーカーが古いのか、駅に着く前に流れる車掌さんのアナウンスがまったく聞き取れない。英語なのか現地の言葉なのかもまったくわからないような状態だ。
たまに止まる途中駅での停車時間もバラバラだ。
荷物の積み運びなどがあるのか、時間調整をしているのかわからないけれど、1時間ぐらい止まっている駅もある。
そもそも乗車したダナン駅で1時間ぐらい遅れていたので、自分が降りるドンホイ駅にいつ着くのかわからない。
予定だと朝の5時前に着くはずなのだけど・・
スマホに入っているgoogleマップをとぎれとぎれのポケットWifiにつなげながら、今いる位置を確認することにした。こういう時、スマートフォンって頼りになる。
もう20年以上前、それこそ自分が学生の頃、沢木耕太郎の深夜特急に憧れてアジアを列車やバスで旅をした時は、地球の歩き方1冊しか持っていなかったのだから。
朝の6時過ぎ、予定より1時間遅れて、列車は目的駅のドンホイに到着した。
結局、ダナンでの1時間遅れは巻き返すこともなく、そのままの遅れで進んでいったらしい。
列車のタラップから、そのままホームだか線路だか境界線のない場所に飛び降りる。
むわっ。
熱帯特有の湿気を含んだ、朝の空気が鼻孔を埋め尽くす。肺もびっくりしたのか呼吸に戸惑っているようだ。
すー。はぁー。
意識して深呼吸をしてみた。
やっぱり外の空気は気持ちいい。
こもったような油臭のする列車から、ようやく解放された気持ちになれた。
3.世界一の洞窟銀座「ホンニャ=ケバン」
近年、世界中から注目を集めているベトナムの世界自然遺産ホンニャ=ケバン国立公園。
4億年以上前に形成された、アジア最古のカルスト地帯と言われている。
広さは日本の佐渡ヶ島くらいあり、その中に大小300もの鍾乳洞が発見されている。毎年のように新しい洞窟が発見されていて、さながら洞窟銀座というところだろうか。
その洞窟の一部は観光地化されており、世界中から人が集まってきているそうだ。
しかしながら、ホンニャ= ケバン国立公園へのアクセスは、お世辞にもいいとは言えない。
ベトナムを南北に縦断する国有鉄道で最寄りのドンホイ駅まで行って、そこからバスに乗り換え、ラオス国境の方に向かって1時間半ほどかけて訪問するのが一般的なコースになっている。
国立公園の入り口の山には、ホンニャ= ケバンと書かれたサインが掲げられている。
ちょっとアメリカのハリウッドっぽいところが、なんだかんだでいい感じである。
4.世界でいちばん美しい洞窟への扉
のどかな田園地帯をバスに揺られること、1時間40分。
世界で最も美しいとされる天国洞窟(パラダイスケイブ)がある山のふもとに着いた。
薄暗いイメージのある洞窟に天国という名前が付けられるなんて。いったいどれだけ美しいのだろうか。
期待に胸を躍らせていく。
聞くところによると洞窟の入り口はかなり先にあるらしい。
駐車場からは、電動カートに乗り換え坂道を移動し、さらに洞窟の入口までジャングルの中を20分くらいトレッキングをしなくてはならないとのこと。
ベトナムの夏は、東京の夏を同じように湿気を含んでいて強烈に暑い。ちょっと歩いただけでも、汗がどんどん噴きだしてくる。20分のトレッキングで持ってきたミネラルウォーターも空になってしまった。
暑い。もうヘロヘロだ。
ふいに、熱帯の風の中にひんやりとした風が混ざった気がした。
もしかして!
少し上を見ると木々の隙間から、石が敷き詰められた大きな踊り場のようなものが見えた。
ようやく天国洞窟の入り口に到着したのだ。
入り口横の小屋で、係員から天国洞窟の成り立ちや洞窟内での注意事項をレクチャーされて、洞窟へと誘導されていく。
意外だったのが、入り口の狭さ。
その大きさを例えると新宿の雑居ビルの裏手の階段ぐらいかな。人がすれ違うのがやっとなくらいだ。
何人かが入り口に重なると、あっという間に渋滞が起きてしまう。
そう考えると、先ほどのレクチャーの時間は入口の混雑調整をしていたのかもしれないな。
入り口を入ると木製の下り階段を降りていく。この下り階段がとにかく長い。どうやら50m以上降りるらしい。帰りは、このビル10階分の階段を登らなくちゃいけないのだなあと思いながら、地下へ地下へと向かっていった。
5.天国洞窟はハリーポッターの世界
天国洞窟の中は、その名の通り、本当にパラダイスだった。
まるでハリーポッターの世界に入り込んだような、幻想的な景色。
不思議なかたちをした鍾乳石が、あちらにもこちらにもゴロゴロしている。カーテンみたいな形をしているような鍾乳石もあれば、カボチャのシャンデリアみたいな形のものもある。そのどれもがビルみたいに巨大なものだ。
しかも、石灰岩が濡れていて、光があたっているところがキラキラ輝いている。
いや、濡れているだけではない。鍾乳石の中に含まれる成分が光を反射し、パール色に発光しているようにも見える。
はあー。
もう、ため息しか出てこない。
このひとつひとつの鍾乳石が、何十万年、何百万年という気の遠くなるような年月をかけて作られたもの。
果てしない時間の積み重ねからくる、圧倒的な美しさ。
地球上で、これに敵う美しさは存在しない!と言われても納得してしまいそうだ。
この天国洞窟は、わかっているだけで全長が31km以上もあるらしい。(現在、観光で行けるのは1km先まで)
しかも一番高い天井部分で、なんと100mも高さがあるらしい。
途中、東京ドームがまるまる入ってしまうくらいスケールの大きなホール状の場所もあった。
とにかく美しく、広く、まさに地上につながった天国と言える場所だろう。
6.大きな湖の上を滑空して暗闇洞窟へ
この旅の最終目的地、それは暗闇洞窟だ。
日本ではその存在をあまり知られていないらしく、事前情報はほとんどなし。わかっているのは、その名の通り光がまったく届かない暗黒の洞窟らしい。しかもその奥に地底湖が眠っているらしく、そこを目指して探検ができるらしいのだ。
天国洞窟からバスで1時間くらい揺られただろうか。バスは山岳地帯に入っていく。さらに山道を登っていくと、前方にエメラルドグリーン色の湖が見えてきた。
バスは、この湖の崖の上にある建物で停車した。ガイドに聞いてみると、ここが暗闇洞窟の探検基地になっているとのこと。
見た感じは清々しいレイクサイドで、暗闇感がまったくない。ちょっと拍子抜けする。
それでも、誓約書(怪我しても責任取らないよ的な)にサインをさせられて、現地スタッフから洞窟までの道のりの説明を受けると、さっきまでの緩んだ気持ちが一気に引き締まってきた。そうだ探検をしにきたんだ。
しかも、ここから暗闇洞窟までは少し離れていて、そこに行くためには様々な試練を乗り越えないといけないらしいのだ。
暗闇洞窟に行くための格好は、水着しか許されていない。男性は海パン、女性はビキニのみだ。ラッシュガードやワンピース型の水着は許されていない。
持ち物も一切持って行ってはいけないとのこと。メガネの人はチェーンをつけて固定。それ以外は、服や靴はおろか、スマホやカメラ、水なども持つことができない。
その理由は後ほどわかるのだか…この時は疑問しか感じなかった。
自分も海パン一丁、裸足という姿だ。
恥ずかしさを通り越して、「もうなんにでもなれ!」的な気持ちにもなってくる。
それぞれに。ライフジャケットとヘルメット、そして湖を渡るためのハーネスが1セットずつ支給された。これらを装着したことで、ちょっとした探検隊気分になることができた。
そして、出発の時間がやってきた。
待合室からひとりひとり順番を呼ばれ、崖の上の出発台へ進んでいく。
湖のほうから、悲鳴みたいな声が次々と聞こえてきたけれど、自分のなかでは「違う音、違う音」と言い聞かせていた。
そして自分の番。高い発射台の上に立ち、ロープにハーネスを取り付けてる。下を見るとかなり下にエメラルドグリーンの水面が見える。
体が小刻みに震えていた。
実は、ここから暗闇洞窟に着くまでには、次のような試練が待ち受けていた。
①崖の上からジップライン
かなりの高さから、大きな湖を一気に渡る。しかも距離が長い。
高所恐怖症の自分にとっては、かなり度胸が必要だった!
②冷たい湖を泳がされる
ジップラインで対岸に着いたのもつかの間、湖に飛び込むようにガイドに言われる。
なんとここから洞窟の入り口まで泳がないといけないらしいのだ。
もちろんライフジャケットがあるので沈むことはないけれど、エメラルドグリーン色の湖は深さがまったくわからない怖さがあるし、とにかく冷たい。必死に手足をバタバタさせるしかない。
なんとか泳ぎ切った後、ようやく暗闇の洞窟の入口に到着する。先についた人たちもグッタリしているようだ。
でも疲れている場合じゃない。ここからが本当のスタートなのだ!
7.各国から集結、海パン&ビキニ探検隊
いよいよ暗闇洞窟に入っていく。まったくの暗闇なので、道にはぐれないように、ここからは15人ほどの隊を作って進んでいくとのこと。
日本人は自分たちだけ。他はアメリカ人、スペイン人、フランス人、オランダ人、ニュージランド人、イギリス人、スウェーデン人と、みんなバラバラ国から来ていた。若い人から年配の方までいる。なんとなく欧米系のノリのいい人たちが集まっているようだ。
ガイドが隊の前方と後方に位置し、その間に参加者が1~2mくらいの間隔を持って進んでいくことに。
装備はヘッドライトひとつ。ヘッドライトを当てた場所だけ何があるか、誰がいるのかがわかる。それ以外の場所は本当に漆黒の闇で、その場所が広いのか狭いのかもわからないような状態だ。
裸足で進んだ洞窟はとにかくヌルヌルしていて、滑りやすかった。
胸まであるような水の中だったり、すべり台みたいに滑って降りていく場所なんかもあった。前の人と間隔を詰め過ぎず、開きすぎずを保ちながら、慎重に進んでいく。
洞窟の中は声が反射しやすい。いろいろな国の言葉で、ウォーと言った驚嘆の声やキャーと言った悲鳴が響き渡っている。なんかにぎやかだ。
8.暗黒の地底湖で泥パック
30分ほど進んだだろうか。
これまで進んでいた通路のような洞窟とは違い、天井が高く左右にも開けた空間にたどり着いた。
少し先の方に目を凝らす。
ライトの光が地面に反射をしている。ユラユラ揺れているようにも見える。
どうやら、この旅の目的地に辿り着いたようだ。
これこそが、漆黒の闇に佇む幻の地底湖の姿なのだ。
ガイドによると、この暗闇洞窟の地底湖には特徴がいくつかあるらしい。
まず、この地底湖は泥の湖であって、その泥の密度がかなり濃いため、中に入ると体が自然と浮いてしまうらしい。
さらには、この地底湖の泥はお肌にとてもいいらしく、この泥を塗るとすべすべ艶々になるらしい。
滞在時間は20分ほどだったと思う。
参加者たちは、頭から足まで湖に浸かり、湖の底に溜まった泥を掻き出して体に塗りたくったり、暗闇の中をプカプカ浮いたりしていた。
こうして、謎の暗闇洞窟探検は、全身泥パックができる地底湖に浸かることで終わったのだった。
【暗闇洞窟の探検の様子は同行していたガイドが、GoProで撮影、後日Facebookにアップしてくれていました】
行く道があったのならば、当然、帰りもある。
泥を塗りたくったせいか、行きよりも滑りやすい。
慎重に慎重に歩きながら、ようやく洞窟を出ることができた。
洞窟の篭った空気からの解放。
生ぬるいジャングルの風が心地よく感じる。
ホッとできたのは一瞬だった。まだまだ試練は終わらないのだ。
この湖を渡らないと元の場所に戻れないのだ。行きはジップラインで滑空できたけれど、帰りにそんな便利なものがあるわけない。
帰りに用意されていたのは、カヤック。そうカヤックを漕いで広い湖を渡って帰るのだ。
30分ぐらいかけて、ようやく湖を渡り切った。もう全身ヘトヘトだ。
そりゃそうだ。ジップライン、スイム、洞窟探検、そしてカヤックを乗り越えてきたのだから。
それでも、泥だらけの海パン&ビキニ軍団は、みんなニコニコしている。
刺激的で神秘的な、ここだけの特別な体験をしてきたのだから。
9.ご褒美はワイルドな洞窟料理
レイクサイドの建物に戻ってシャワーを浴びると、レストランへ案内をされた。ここの名物は洞窟料理。
バナナの葉が大皿代わりのようだ。メインはやはり肉だろう。炭火で焼かれた豚肉や鶏肉がこんもりと盛られている。その他に野菜やビーフン、卵焼きなども盛られている。
ベトナムらしくライスペーパーに具材を包んで食べるスタイルらしい。
赤色、黄色、白色のおこわ風のお米もある。
実は、この横に普通のご飯もあったりもするので、ちょっとしたお米祭りである。
スウェーデンから来た女性バックパッカーグループと同じテーブルになった。ちょっと緊張。片言の英語で、住んでいる国の話や暗闇洞窟の感想を話し合った。
旅をしていてよかったなと感じる、素敵な食事の時間となった。
10.ごはんのライスペーパー包みは、おむすび!?
大きなバナナの葉に盛りつけられたお米は、もち米を混ぜて蒸したおこわタイプ。
本来、東南アジアのお米は日本のお米に比べて粘りが少なく、おむすびに向かない。その点、おこわタイプのモチモチな粘り気はおむすび向きだ。
ライスペーパーに、ご飯と炭火焼チキンと卵焼きを巻いてみる。
日本の海苔というわけじゃないけど、おむすびにも見えないことはない。
旅のもうひとつの目的、ベトナムでのおむすび探し。ダナンやホイアン、フエなどの街中では見つからなかったけれど、なんとかこの洞窟料理の中で発見することができた。
ニョクマムのタレを少しつけて、かじってみる。
野趣あふれる味が口の中に広がっていった。
きっと、爪の間に残っている泥が、いいスパイスになっていたのだろう。
自分史上最高の旅は、この先にある
あれから1年と10か月が経った。
あの冒険の記憶は、今でも美しい色として残っている。
寝台列車の中からみた黄金色の朝焼け。パール色に輝く天国洞窟。ジップラインの上から見たエメラルドグリーン色の湖。漆黒の闇に包まれた洞窟。
今の状況から考えると人との距離がかなり密だったり、あの泥の湖は衛生的に本当に大丈夫だったのかなど、いろいろ思うところが出てくる。
それでも、いま世界を脅かしているこの状況が終息し、自由に海外旅行に行けるようになったら、これまで以上にいろいろな人と触れ合いたいと思う。
カヤックやジップラインだけでなく、いろいろな乗り物やアトラクションにもチャレンジしてみたい!
寝台列車のような公共交通機関だけでなく、自分で車や原チャリを運転して、自由に海外の道を走ってみたいとも思う。
自分史上最高の旅。
近い将来、きっと出会えるだろう。
そうしたら、またnoteで報告しますね。
※写真は、自分で撮影したものです。(暗闇洞窟はスマホ持ち込み禁止だったので、ガイドさんが撮ったものを使わせてもらっています)
こちらの旅行記は、「1000日間で1000のおむすびを食す男」の700日突破の特別編として、2019年8月~9月に書いた記事を元に、追記編集、再構成して書き上げたものになります。
毎日、おむすびの食リポをしていますので、よろしければ読んでみてくださいね。↓