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『スーツ=軍服⁉』(改訂版)第113回

『スーツ=軍服⁉』(改訂版)連載113回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。

航空機と世界大戦が普及させた腕時計

一九〇〇年代はじめ、初期の飛行家として有名なブラジル人、アルベルト・サントス・デュモン(一八七三~一九三二)の依頼により、パリの宝石商カルティエが腕に装着できる時計サントスを開発する。現代型の腕時計はまず航空時計として発祥したことになる。また、第一次大戦後にカルティエはルノーFT17戦車のデザインに範を取ったカルティエ・タンクを発表している。
一九一四年、第一次大戦が始まり、敵味方が塹壕にこもった持久戦となると、その塹壕を出て一斉突撃するには、どうしても正確な時間の共有が必要であった。数十万人という大軍が決死の突撃をするには、事前の支援砲撃は決まった時間通りに行われなければならず、その後の突撃も全軍同時でなければならない。一瞬でも早ければ敵の標的となり、少しでも遅れれば突撃の人数が減って作戦が失敗するかもしれない。懐中時計をのんびり取り出している余裕はなく、腕の自由がきく腕時計が急激に普及した。
有力な時計メーカー各社はこぞって軍納入を争い、名だたるブランドがみな軍用時計を作っている。中でも、一九〇五年にドイツ人ハンス・ヴィルスドルフがロンドンで創業したウィルスドルフ&デイビス社は、戦争開始を受けて、ドイツ語の社名が英国での商売に影響するため、ロレックス社と改名、英国陸軍向けの時計を受注して、堅牢な作りで大いに評価を高めた。
一九一五年には、ブライトリングがクロノグラフ機能搭載の腕時計を製作、航空用として大ヒットする。航空用のクロノグラフは当時、パイロットたちに絶対の需要があった。同社は後にイタリア空軍公式時計などを経て、「全製品クロノメーター化」つまり、スイス・クロノメーター検定協会が認定する高性能クロノグラフ試験に全製品を合格させるという快挙で有名になる。
二一年、エベラールの防水時計が世に出る。そして二六年にロレックスの防水時計オイスターケースが一世を風靡する。翌年、ドーバー海峡横断遠泳に成功したメルセデス・グライツ女史がこの時計を使用していたことで有名になった。ロレックスは後の第二次大戦でも防水時計を軍に納入してブランドの地位を決定づけている。
三一年、ジャガー・ルクルトが裏表反転できる腕時計レベルソで人気を得る。これはもともとポロ競技用のスポーツ時計で、ガラス面が割れないように、本体を裏返しにできるのが特徴である。
第二次大戦では、やはり各ブランドが軍用時計を開発し納入した。中立国であったスイスのメーカーは枢軸側、連合軍のどちらにも納入したので、IWCの腕時計などは、四一年に独英空軍が激突したバトル・オブ・ブリテン(英国の戦い)で、ドイツ軍、英軍の双方のパイロットが身につけた。IWCは結局、勝利した英軍の戦闘機スピットファイアにちなむモデルを戦後の主力商品とする。もし勝敗が逆だったら、今頃はメッサーシュミット(大戦時ドイツ空軍の主力戦闘機で、スピットファイアのライバル機)というモデルがあったかもしれない。
米軍パイロットが愛したハミルトンは手袋をしたまま操作できる大きなリューズで有名になり、ソ連軍将校に愛されたポレオットは堅牢さが特徴だった。
独軍で多く使用されたハンハルト、レマニア、グラスヒュッテ・チュチマやランゲ&ゾーネ、ラコーなどは、その後、ドイツの東西分裂の悲劇で事業の中止の憂き目を見た会社もあるが、今日では一流ブランドとして復活を遂げている。大戦中に独軍パイロットだったヘルムート・ジンが戦後に起こしたジンも、ドイツ軍パイロット・ウオッチの流れを汲む有力なブランドである。

クォーツ時計の登場と機械式時計の復権

大戦終結後の四八年、オメガは戦時中に英軍に納入していた戦時モデルを元に民間用の防水時計シーマスターを発表。五七年にオメガ・スピードマスターが発売され、アメリカ航空宇宙局NASAの公式時計に採用される。機械式の黄金時代といえるだろう。
この後、一九六〇年代に日本のセイコーなどが精巧なクォーツ時計を開発、機械式時計は一挙に衰退して行ってしまう。
しかし、二〇世紀末から二一世紀にかけて、実用というよりはファッション感覚で機械式時計の人気が復権している。オーデマ・ピゲがスポーツウオッチの決定版を登場させ、英海軍のHMSロイヤル・オークにちなんだ「ロイヤル・オーク」を発売した一九七二年は機械式復活の兆しだった。ブレゲ以来の天才といわれるフランク・ミュラーの活躍や、イタリア海軍向け専門ブランドだったパネライの民生用参入、数々の名門ブランドの復活など、業界は再び活況を呈している。
正確さではクォーツに勝てるわけはないが、コチコチと動く機械式はなんともいえぬ愛着を覚えさせてくれ、また保守という点では、しっかりと点検と部品交換を続ければ、まさに子や孫の代まで受け継がせることもできる。量産が終わった生産終了モデルでも、基本的にはゼンマイや歯車を用いているので、似たような代替部品が見つかれば整備は可能である。この点が、電子部品が入手できなくなるとお手上げのクォーツ式と違う点である。機械式高級時計が投資の対象になり得るのも、それが一つの理由であろう。


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