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【イベントレポート】継創(ツギヅクリ)トークvol.3〜家業×クリエイティブ×ものづくり〜
代々つづく、家の仕事を「家業」(かぎょう)と呼びます。
日本には長く続く「家業」(かぎょう)が多くあり、その数は世界の中で一番だと言われています。『ものづくりのまち』すみだにも、家業を持って生きる人が沢山います。その中で、世代を越えたヒストリーをひき継ぎ、あらたなプロダクトやサービスを創りだし、次のステージに挑戦する人たちがいます。
「継創」(ツギツクリ)トークは、墨田区で家業を持ち挑戦している人にフォーカスを当て、新規事業や取り組み事例、家業ヒストリーの紹介を通じて、リアルに繋がる交流イベントです。
2024年7月16日、大手町にある3×3 Lab Futureにて「継創(ツギヅクリ)トークvol.3〜家業×クリエイティブ×ものづくり〜」は行われました。対面、オンライン合わせて43名の方にお越しいただきました。
今回の登壇者は、
キップス株式会社 専務取締役の田中 康雄さん
有限会社東屋 代表取締役の木戸 麻貴さん
です。
モデレーターは
五十嵐製箱株式会社を家業に持つ五十嵐寛之がお送りします。
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まず初めに、会場をお貸しいただいた3×3 Lab Future館長の神田さんより、大丸有(3×3 Lab Futureが置かれている大手町・丸の内・有楽町の総称)エリアがどのようなまちづくりを行ってきたのかの説明等がありました(いつもお貸しいただきありがとうございます)
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さっそく、一人目の登壇者。キップス株式会社 専務取締役の田中 康雄さんの登場です。
やりたいことを信じて‐キップス株式会社 専務取締役の田中 康雄さん
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キップス株式会社は1916年創業、アパレル製品の製造を行う会社です。創業から100年以上の歴史を持つ(!)なかなかの老舗企業。現在は田中 康雄さんのお父さんが4代目を務めていらっしゃいます。
事業であるアパレル製品の製造について、もう少し詳しくみていきましょう。アパレル製品の製造といっても一概には言えず、キップスが行っているのはアパレルブランドやデザイナーのOEM(他社から委託を受けて製造)です。墨田区の地場産業とも言われるメリヤスやカットソーの製造をメインに行っているのだとか。何万種類とある生地の種類に合わせて、一型一型ミシンを踏んで作っています(大変…)
そんなキップス株式会社の専務取締役である康雄さんは、元々家業を継ぐ気が無かったと話します。大学卒業後、新卒で医療機器関連の販売企業に入社。営業職として働いてきました。
当時のキップス株式会社は伯父(康雄父の兄)が社長を務めていましたが、事故を起こし経営を続けるのが厳しくなりました。そこで当時専務だった康雄さんのお父さんが社長に就任。専務だったとは言いつつも、人数の少ない中小企業のこと。専務と一緒に兼務していた営業の人手が足りないからと康雄さんに声が掛かりました。
ちょうど転職活動中だった康雄さん。「特にやりたい業種があるわけでもないし、やってみようかな~」ぐらいの軽い気持ちで家業であるキップスに入社します。
新卒で入った企業には人事がちゃんとあって、研修制度があって、相談できる人がいて、、、と仕事を覚える上でのシステムがちゃんとありました。が、家業である中小企業にはなく、ただ見よう見まねで覚えていくしかないというギャップを感じたと康雄さんは言います。さらに異業種から入ってきた康雄さんからすると、業務の進め方に効率の悪さを感じ、葛藤を覚え、モチベーションの維持に苦しみました。
どうしたもんか…と悩んでいる中、知り合いの紹介もあり、墨田区が実施している若手後継者の育成塾「フロンティアすみだ塾」に入塾。入塾をきっかけに、自分の中で何がやりたいのか、やりたいことをやるためにはどんなことをしていかなければいけないのかが頭の中で整理されていったと言います。
まずやったのがHPの作成。このように新たに始めること、挑戦していくものが増えたことで、社長である父とぶつかる日々も増えました。社長の言う、今やらなければいけないことと康雄さんの信じる、これからのためにやったほうがいいことが対立し、父との関係性もバチバチしたものになったのだとか。会社のためなんだけどな…と悩み、またまたモチベーションの維持に苦しんだと康雄さんは言います。
そんななかでもやっていくべきこと、自分がやりたいことを進めていくことで、やりがいを生み続けました。そして、中小企業向けの作業着をカットソーで表現したオリジナルブランド「KIPSworks」をスタート。さらに伝統工芸である東京手描き友禅とのコラボブランド「手描き友禅 some‐pri」を始め、コラボTシャツを作りました。康雄さんの勢いは止まらず、墨田区には銭湯文化がいまだに根付いているところに注目し、銭湯&サウナ用ブランド「Off‐low‐buff-companys」を立ち上げました。さらにさらに今年2024年にはイタリアはミラノで行われたインテリアの見本市「ミラノサローネ」に出展。そこでは、ニットで作ったフラワーベースを展示するなど、広報的な活動を強化している最中だと言います。
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今年、新社屋が完成。本社に新しくつくられたマルチスペースの運用という、新規事業をスタートさせました。こちらのスペース、用途に制限がなく、展示会をしてもいいし、商品撮影、備え付けられたキッチンを使った料理教室など、基本自由にスペースを使っていいと言います(中庭や屋上もある!)自由に使っていい理由としては、いろんな業種の方たちと繋がる機会の創出という面があるから。この場所を利用するために本社へ来てもらうことで、キップスの商品が見てもらいやすくなるし、新商品を作るお話が出たりと、最終的に本業であるアパレル製品の製造業への呼び水的な効果を生めればと康雄さんは話します。いろんなブランドを作ったりする日々の中で康雄さんが行う営業が点と点として結びつき、線になる場としてのマルチスペースにしたいのだとか。
やりたいことを信じて、進めることで、最終的には会社のためになる‐長期的な視点を持った康雄さんの挑戦は今後も続きます。
認知を広めるための場づくり‐有限会社東屋 代表取締役の木戸 麻貴さん
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お次は東屋代表取締役の木戸麻貴さんのお話を聞いていきましょう。麻貴さんが代表取締役を務める有限会社東屋は1905年創業。来年2025年をもって、御年120年を迎えるという超老舗企業です。会社は墨田区立川、場所で言うと両国ジャンクションのすぐ下に位置します。事業としては革小物の製造・卸を行っています。
東屋を継ぐ気がなく、元々はサービス業をしたかったという麻貴さん。東屋に入社する前に働いていた会社では、総務を担当していたんだとか。その会社が、合併に合併を重ねどんどん規模が大きくなっていきました。規模が大きくなるのは良いことですが、そこである問題が発生。それは、別の会社で働いていた社員同士、なかなか融合していくことが出来ず、打ち解けた関係になれなかったこと。そこで、マーケティング部が思いついたのが、社員一人一人の名前が入った革のA4ファイルを作ろうというものでした。そこで、白羽の矢が立ったのが、麻貴さん‘s家業。その会社から、革小物製作の注文を東屋が受け、出来上がったものを社員一人一人にお渡しするところまで、麻貴さんは関わりました。その時、革小物を受け取った社員の方達が本当に嬉しそうで、そこで麻貴さんは初めて「革小物って人に喜んでもらえるようなものなんだな」と感じ、改めて家業に目を向けるきっかけになったそうです。そして、革小物の仕事をしたいなと思い、2004年麻貴さんは東屋に入社しました。
現在、革小物業界はキャッシュレス化の影響などもあり縮小傾向にあります。そんな中でも、小さい頃から可愛がってくれていた職人さんたちのために自社ブランド「MADE IN RYOGOKU」を設立。麻貴さんは代表に就任し、順調にいくかと思われましたが、今度は売り方に悩んだと言います。これまで東屋がやってきたのはBtoBの取引。他社から委託を受けて革小物を製造していましたが、自社ブランドとなるとBtoCの取引をしていかなければならなくなります。そうなると一般の消費者へ届ける術を身につけなければならなくなります。悩んでいた、そのタイミングで麻貴さんは「フロンティアすみだ塾」に入塾。自分より年齢の低い、他の塾生と接しているうちに、チャレンジすることに年は関係ない、かっこつけるとか良く見せようとする必要はないと気付きました。
いろんな挑戦をしていこうという気持ちを「フロンティアすみだ塾」で、身につけた麻貴さんはイベント出店やポップアップに出かけるようになりました。それでももっと革小物の魅力を直接お客さんに伝えたいと、今年2月会社の一階に「MARUA CAFE」をオープン。CAFEの形態が、元々サービス業をしたかった麻貴さんにハマり、自身もお店に立ち、コーヒーを淹れています。
CAFEを始めたことで、これまであまり話したことのなかったご近所さんとも話せるようになったと麻貴さんは嬉しそうに話します。
(建物の中二階には袋物博物館と革小物のSHOP、三階にはレンタルスペースも!ご興味ある方は下記に貼られたHPから調べてみてくださいね)
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~気になる質問をお二人にぶつけちゃいました~
家業のリソースを使い、新規事業として新しい場所を生み出したお二人に質問が飛びます。
Q.空間を作られたということですが、この空間というものをより多くの人に知ってもらうために、どのような周知活動をされているのでしょうか?
A.康雄:SNSを用いたアピールはしつつ、あくまで本業のアパレル製造業につなげたいという思いがあるため、あまり個人に向けた周知活動はしていないですね。そういう意味では、口コミや実体験から紹介を広め、使っていただきたいです。
A.麻貴:SNS難しい!三階にあるレンタルスペースに関しては集客がうまくいっておらず、今後の課題として考えていかなければならないと思っています。かたや、カフェというものは面白く、お客様が喜んで口コミを書いて下さるので、書いて下さった方に対してしっかりお礼をする。そういうことを地道にしています。ゆくゆくはレンタルスペースとも連携をとって、カフェとレンタルスペースがお互いを高め合っていければいいかなと考えています。
継創(ツギヅクリ)クロストーク
より詳しいお話を二人でしてもらおうのコーナー。まず、田中さんから麻貴さんへ質問が飛びました!
康雄:「自分らしさ」とか「個性」って家業にリンクしていたりしますか?
麻貴:元々、洋服が好きで、そういう意味ではデザインを考える際に色使いとか見ていくのは楽しいな、と思います。逆に、康雄さんは?
康雄:服は好きだけど、作る業種にいきたいとは思っていなくて。きっかけがあって入った会社だけど、やりたい仕事ではないと思っちゃってる節があって…
麻貴:大変な仕事ですよね。ものを作って、納めてっていうのって。返品されてしまうこともあるし、チェックしてても抜けがあったり、ものづくりってホント大変だなって思います。
康雄:こと、アパレルにおいては、かなりふわっとしたニュアンスだけでビジネスがどんどん進んでっちゃうことが多くって。異業種から入ってきた人間としては、その衝撃が結構大きかったですね。
麻貴:それはどんな風に進んじゃうんですか?
康雄:受注するうえで、アパレル業界って共通言語が決められてない中で、話が進んじゃうことが多くて。例えば、袖の付け方や寸法とかは任せます、とか、この辺はふんわりさせたいんですけど、その辺の仕様はやっといてください、だとか。それは数値的に言われているわけではなくて、感覚による部分が大きくて。ふんわりと言われても、このAのブランドさんとBのブランドさんでは目指したいふんわり像が違ってたりしてて。そこのコミュニケーションがミソだったりするんですね。認識違いを起こして、苦労する部分も多くて。そういう意味では、自分が作りたいものを作っていくほうが仕事に対するモチベーションが維持しやすいんですよ。木戸さんのところは受注製作をする会社でありながら、「まるあ柄」などの自社製品を作っているというところがモチベーションに繋がってんのかな、と気になります。
麻貴:そうですね。自分が作りたいものを作って、お客様に紹介するっていうのは楽しい。あと、私は今はカフェが楽しくってしかたないです(笑)
康雄:それいいですよね。衣食住という面では親和性があって。取り組みやすい部分かなと思います。「まるあ柄」とかの衣部分が、食住の部分と重ねっているのは、うらやましいな、と思って見てました。
麻貴:それはほんとにありがたいことだな、と思います。
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〇「まるあ柄」を開発したきっかけ
麻貴:職人さんたちが、年を経ても、作れる数が少なくっても、払える工賃がたくさんあれば、豊かな生活ができるわけで。そのために、大量生産よりも直販ができる環境を作りたかったってのがあって。私もでも、水玉が好きだったわけではなくて。PRのために10年ぐらい自分で着けてたら、どんどん好きになっていったって感じです。
〇康雄さんは自分の好きなものをブランドにしたりしていますが、実現できているな、って感じることはありますか?
康雄:そうですね。僕も自分の好きなもの、パーソナルな部分に入ってくるものを作るというイメージで作っていることが多くて、正直作っているものがてんでバラバラな感じになっちゃっているんですが、でも必ずルールは持って作るようにはしていて。それは、僕に、またはキップスにやる理由があればやっている感じですね。逆を言えば、どんなに売れそうでもやる理由がなければやらない。キップスがやることによって、何か理由があるという一本の筋は守った上でやってみようとしているので、そこは楽しくもあります。
〇新規事業を始めるに当たって、大変だったことは?
麻貴:自社ブランドを立ち上げた際は、父に何やってんだ、と言われることもあったりしたんですが、10年経った、やっと最近になって、よくやってきたな、と言われたりも。
康雄:中小企業ならではかもしれないんですが、うちも何か始めるっていう導入部分はラフですぐやれちゃうんですが、逆を言えば無関心でもあるというか。最低限、会社にとっての損失はないようには絶対しています。利益はないけど、損失もない。じゃあ何を失っているかと言うと、自分の時間。他の従業員さんの時間は使ってないし、損失はないから社長とかも無関心でいてくれるしっていうのでやれています。自分の時間を使っていることは見ないようにしていますね。
麻貴:私もそうです。月火水は革小物の仕事をして、木金土はカフェにいますけど、確実なお休みは日曜だけ。そういう意味では、自分の時間を使っていますね。
康雄:なんか、そうなのかなって思ってます。中小企業の跡継ぎって。と、言い聞かせているというか(笑)
〇今後の展望
麻貴:カフェの方も墨田区の会社さんに手伝ってもらって、アドバイスをもらったりしています。ぜひカフェをきっかけに遊びにいらしてください。
康雄:オリジナルブランドとか場所を作るのって、あくまでアパレルの製造っていう本軸があってやっていることなんですよね。相乗効果を生むためのオリジナルブランドや場所っていう話なわけで。みなさんにも服買ってもらいたいわけなんですよ。サステナブルで余計な服を買わないっていう動きもあるんですが、良い服を長く使うという形で良いものを買ってもらうってことができれば、我々としても嬉しいのかなって思います。
ぜひみなさん、家業持ち二人がそれぞれに開いた、新たな場に訪れてみると良いのではないでしょうか。そこでは、あなたの望む新たな出会いがきっと生まれることでしょう。
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お二人の家業が気になる方はHPもチェック!
【キップス株式会社HP】
【有限会社東屋HP】
〇登壇者
・田中 康雄
【キップス株式会社 専務取締役】
創業1916年のニット製品製造業。5代目。
カットソーを中心としたアパレルブランドのOEMを生業としている。
別事業として、ワークウェア(作業着)ブランド「KIPSworks」のプロデュース、銭湯&サウナグッズブランド「OFF-LOW-BUFF‐COMPANYS」、本社一角を撮影やワークショップなどに使用できるマルチスペースの運営など、多角的な事業を展開している。
・木戸 麻貴
【有限会社東屋 代表取締役】
1905年創業の革小物製造会社。6代目。
2006年 自社中2階に日本の革製品について少しでも知っていただきたいと袋物博物館を開館。2014年にオリジナルの柄「まるあ柄」を商標登録し自社ブランドを立ち上げる。
2019年には自社の空きスペースの活用を目的とし、3階に多日的レンタルスペースをOPEN。
今春には地域の皆様に拓けた場づくりを目指し、1階の駐車場スペースを「MARUA CAFE」に改装し運営をスタートしている。
〇モデレーター
五十嵐寛之
【合同会社JOURNEY代表/継創実行委員会事務局長】
ファミリービジネスの魅力について探求・普及活動を行う。「家業の魅力再発見プログラム」を提供。
創業1926年から続く、段ボールケース製造業「五十嵐製箱株式会社」を家業に持つ。日本ファミリービジネスアドバイザー協会所属シニアフェロー
■主催
継創実行委員会
[(株)石井精工・(株)片岡屏風店・五十嵐製箱(株)・キップス(株)・(株)谷口化学工業所・Ucycle LLC.・まんまるあーす LLC.・JOURNEY LLC.]
■協力
エコッツェリア協会
写真 細田侑
編集・執筆 林光太郎