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[ためし読み]『マイノリティとして生きる アメリカのムスリムとアイデンティティ』

9.11から20年間、ムスリムたちの素顔――。

「9.11」という悲劇的な事件の直後から、アメリカに暮らすムスリム(イスラーム教徒)に対する差別的な行為が急激に増加した。

アメリカ人ムスリムに焦点を当て、日常を捉え続けてきた、記録写真家リック・ロカモラによる日本初の写真集。アメリカのムスリムとアイデンティティをテーマとして論じたエッセイや解説を収録。

本書から、監修・編著者による「はじめに」の一部と、写真家による「刊行によせて」からメッセージの抜粋を公開します。


はじめに

高橋圭 後藤絵美

 近年、世界の各地から、多様性や共生の大切さを説く声に加えて、人々のあいだの分断や対立をあおる声が聞こえてくる。自国第一主義や自文化中心主義、移民や外国人の排斥など、一部の集団を差異化したり、差別化したりする動きは、地域的、世界的な混乱をもたらすだけでなく、個々の人々の中に怒りや悲しみといった感情や、暴力にまつわる体験を刻み込む。

 こうした時代を生きる者にいったい何ができるのか。この問いにヒントを与えてくれるのが、カリフォルニア州オークランド市を拠点とする記録写真家リック・ロカモラ氏の活動と作品だ。アメリカ合衆国(本書では、以下アメリカ)で移民や外国にルーツをもつ人々の姿を撮り続けてきたロカモラ氏は、自身もフィリピン系移民として渡米した経歴をもつ。

 長年アメリカとフィリピンの両方で、不平等や人権をめぐる問題の解決に向けて取り組んできたロカモラ氏が、ここ20年ほど力を注いできたのが、アメリカのムスリム(イスラーム教徒)を撮ることである。アメリカのムスリムは、「9.11」をひとつの契機として、移民や宗教的少数派の中でも特に他者化され、敵視され、排除される存在になった。それは、2001年9月11日に発生したこの無差別暴力事件の主謀者がムスリムであったことによる。アメリカのムスリムを撮る理由について、ロカモラ氏は次のように述べている。

私が目指しているのは、記録写真を通じて、アメリカ人のムスリムに「目に見える声」を提供することです。アメリカ社会に生きる人々の姿が写真の中に映し出される時、ヘイトスピーチや差別、疑いや侵害に対抗する力が生まれます。なぜなら、写真に示されているように、アメリカ人のムスリムは、法令を遵守し、国に貢献する、国民に他ならないからです。

 本書は、ロカモラ氏の写真と、その一枚一枚に込められた物語、アメリカやムスリム、そしてマイノリティとして生きることに関する小論からなる。さまざまな方向から「目に見える声」を照らすことで、世界が分断を乗り越えるための、小さなきっかけづくりを試みたい。(…)(p.4)


刊行によせて

リック・ロカモラ

*   *   *

 2001年9月11日に起きた悲劇の直後、ムスリム移民や、その第2世代は差別を受けるようになった。ニューヨークやワシントンDC、ペンシルベニアで多くの死者を出した無差別暴力事件の首謀者と同じ信仰をもっていたからだ。(…)(p.8)

*   *   *

 9.11から20年間、私は長い時間と資財を費やしてアメリカ人ムスリムのコミュニティを記録してきた。その宗教や文化についての情報を提供し、かれらに対する暴力に対抗するためである。本書はこの目的を達成するための一助となるはずである。(…)(p.9)


【目次/Contents】
はじめに + 高橋圭 後藤絵美
Introduction  Kei Takahashi Emi Goto

刊行によせて + リック・ロカモラ
On the Occasion of Publication  Rick Rocamora

解説――アメリカのムスリム + 高橋圭
Muslims in America  Kei Takahashi

マイノリティとして生きること、自分自身を生きること + 後藤絵美
Living as a Minority, Living as Oneself  Emi Goto

ムスリムと日本社会の静かな共生 + 佐藤兼永
Harmony Between Muslims and the Japanese Society  Kenei Sato

おわりに + 長沢栄治
Conclusion  Eiji Nagasawa

参考文献/Reference
執筆者紹介/Contributors

【書誌情報】
マイノリティとして生きる――アメリカのムスリムとアイデンティティ
[写真・文]リック・ロカモラ
[監修・編著]高橋圭 後藤絵美
[判・頁]A5変型判・並製・104頁
[本体]2600円+税
[出版年月日]2022年11月15日
[出版社]東京外国語大学出版会

【執筆者紹介】
リック・ロカモラ/Rick Rocamora[写真・文]
カリフォルニア州オークランド市を拠点とする記録写真家。アメリカ国内の移民の姿を撮り続けてきた。アメリカ移民の権利や貢献、公民権運動が生涯にわたるテーマである。自身もフィリピン系移民であり、フィリピンでも不平等や人権問題についての活動を行っている。主な著作にFilipino World War II Soldiers: America’s Second-Class Veterans(2008年), Human Wrongs (2018年)がある。

高橋 圭/Kei Takahashi[監修・編著]
東洋大学文学部助教。研究テーマは近現代社会におけるスーフィズム(イスラーム神秘主義)。エジプトのスーフィー教団の歴史を専門とするほか、近年はアメリカのイスラームとスーフィズムの展開に焦点を当てて研究を行っており、2016年以降カリフォルニア州サンフランシスコとその周辺地域のムスリム・コミュニティを対象として現地調査に取り組んでいる。主な著作に『スーフィー教団――民衆イスラームの伝統と再生』(2014年)、“Recapturing the Sunni Tradition: ‘Traditional Islam’ and Gender in the United States”(Orient: Journal of the Society for Near Eastern Studies in Japan, 2021)がある。

後藤絵美/Emi Goto[監修・編著]
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教。イスラームに対する現代の人々の理解や実践に関心をもつ。近年は文化圏を越えた対話やジェンダーについて研究している。主な著作に『神のためにまとうヴェール―現代エジプトの女性とイスラーム』(2014年)、『イスラームのおしえ』(イスラームってなに? シリーズ1)(2017年)などがある。

佐藤兼永/Kenei Sato
東京を拠点に活動する写真家。フォトジャーナリズムを学んでいたアメリカ・ミネソタ大学在学時にマイノリティとして「アイデンティティの揺らぎ」を自ら経験し、帰国後に外国人をはじめとしたマイノリティと日本社会の関係について取材を始める。ライフワークにおいてはインタビューと執筆も手がけ、2015年に『日本の中でイスラム教を信じる』を上梓。

長沢栄治/Eiji Nagasawa
「イスラーム・ジェンダー学」科研・研究代表者。東京大学名誉教授。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー。パレスチナ学生基金(ヨルダンの「ガザ難民」大学生への奨学金支給事業などを実施)理事長。専門は中東地域研究・近代エジプト社会経済史。主な著書に『近代エジプト家族の社会史』(2019年)などがある。

※肩書・名称は本書刊行当時のものです。


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