生活綴方的教育方法とは何だろう? その①
「せいかつつづりかたてききょういくほうほう」。ずいぶん長い言葉ですね。「STメソッド」とか、略称をつけたいくらいです。
前回の記事では、「生活綴方」について説明しました。それを土台にして、今回は生活綴方的教育方法について理解していくのがこの記事の目的です。
生活綴方とは?(前回記事のまとめ再掲)
生活綴方とは、日本の伝統的な教育方法の一つで、子どもたちが自分の生活体験を基にした文章(作品)や、みんなでその文章を読んで意見を出し合ったり、話し合ったりする活動を指しています。この教育方法では、子どもたちが自然や社会との関わりを通じて、実際に見たり感じたりしたことを正直に文章にすることが求められます。その目的は、観察力や創造力を育て、個人の自由な思考を獲得したり、社会とのよりよいつながりをつくっていくところにあります。
この「生活綴方」に「〜的教育方法」という言葉が加えられた方法とは、いったいどんな教育方法なのでしょうか。
いつごろ、「生活綴方的教育方法」という用語が使われ始めたのか
前回の記事でも参照した1958年初版発行の『生活綴方事典』(日本作文の会編/明治図書)には、巻末に生活綴方にかかわる年表が付いています。それによると1950年(昭和25年)の項目に「生活綴方的教育方法の他教科への適用」という言葉が示されています。
その3年前の1947年の項目には、当時の文部省の学習指導要領(試案)の国語科編のなかで、「綴方」が「作文」という言葉に変わったことが明記されています。学習指導要領は1951年に改訂版が出され、「作文」において、それまでの生活文に対して、手紙・記録・感想などを重く取り上げました。この1951年版指導要領に対しては、「言語技術の重視に過ぎるので、考える国語教育が大切であり、国語による人間形成を重視しなければならない」という批判が出されました。当時の国語教育界には「生活綴方か、指導要領による国語科作文か」という論争が起こりました。(前出『生活綴方事典』、126p.)
また1951年の項目には、国分一太郎著の『君ひとの子の師であれば』の出版の意義として、「生活綴方的教育の方法・技術を具体的に示し反響を呼ぶ」との説明があります。同年には無着成恭編の『山びこ学校』も刊行され、翌年には映画化もされています。
1955年には、国分一太郎・小川太郎の編著で『生活綴方的教育方法』が出版され、事典の解説には「生活綴方的教育方法の理論的究明をはじめる」とあります。
戦後から10年の間に、生活綴方の実践や実践記録が多く出版され、学校現場以外にも、自らの生活を書き、それを仲間とともに読み合う活動が広まっていったことが事典の年表には記述されています。
この10年の間に、生活綴方を用いた教育の広がりとともに、生活綴方的教育方法という言葉も使われ始めたようです。
『生活綴方事典』の特設ページ
『生活綴方事典』には、「生活綴方的教育方法」という特設のページを設けて、その方法と内容について説明しています。そのページ数は50ページもあります。項目と執筆者を以下に示します。項目だけで、50近くあり、執筆者も多いです。
1 生活綴方的教育方法の定義・・・国分一太郎
2 作文法の定義・・・国分一太郎
3 国語科と作文法・・・寒川道夫
4 読解と生活綴方・・・今井誉次郎
5 話し合いと生活綴方・・・滑川道夫
6 話すことのメモ・・・長谷川浩司
7 聞いたことのメモ・・・吉田友治
8 話すための原稿・・・伊達兼三郎
9 算数科と作文法・・・江口季好
10 文章題・・・江口季好
11 問題の解き方の説明文・・・勝尾金弥
12 計算のしかたの説明文・・・田嶋定雄
13 社会科と作文法・・・今井誉次郎
14 歴史教育と作文法・・・寒川道夫、西村幸人
15 地理教育と作文法・・・泥治
16 郷土教育と作文法・・・桑原正雄
17 生活綴方による社会調査・・・江口武正
18 生活綴方による意見の発表・・・中西光夫
19 生活綴方による社会関係の把握・・・今井誉次郎
20 生活綴方によるまとめと発表・・・後藤敏夫
21 理科と作文法・・・小林 実
22 観察と記録・・・浦久保章三
23 継続観察と記録・・・石井艶子
24 法則のいいあらわし方・・・小林実
25 専門語と生活語・・・今井誉次郎
26 事実の誤りと文の誤り・・・今井誉次郎
27 音楽科と作文法・・・宮野原彬
28 ことばとリズム・・・今井誉次郎
29 ことばとメロディー・・・今井誉次郎
30 作詞と作曲・・・伊達兼三郎
31 音楽鑑賞の記録・・・大森清子
32 体育科と作文法・・・佐々木賢太郎
33 行動とことば・・・吉田信保
34 演劇教育と生活綴方・・・冨田博之
35 舞踊と生活綴方・・・冨田博之
36 図画工作法と作文法・・・上野省策
37 創造美育と生活綴方・・・栗岡英之助
38 生活版画と生活綴方・・・原田肇
39 文章表現と造形表現・・・鈴木五郎
40 外国語科と作文法・・・勝尾金弥
41 家庭科と作文法・・・佐藤熊太郎
42 日本の家庭と生活綴方・・・櫃田祐也
43 職業・家庭科と作文法・・・小宮隼人
44 労働と生活綴方・・・中島源房
45 同和教育と生活綴方・・・佐藤昭三
46 ノートのまとめ方・・・東井義雄
これをみると、各教科に関わる用語と「作文法」という言葉が多く登場します。項目冒頭の定義と作文法について解説している国分一太郎がこの項目の執筆責任者だったのかもしれません。まずはこの「定義」をみていく必要がありそうです。
小川太郎による「生活綴方教育方法の本質」
1968年発行の小川太郎著『生活綴方と教育』(明治図書)には、「生活綴方を実践している教師の間で、生活綴方的教育方法ということばがよく使われるようになった」(32p .)とあります。当時、生活綴方は生活指導の方法として活用され、また、教科指導の一つの方法としても活用されていました。生活綴方を用いた教育には、教育のすみずみまで規定するような一般的なものがあるという考えが広まっていました。小川は「生活綴方は、子どもに自らの生活を書かせるという一つの形式をあらゆる領域に適用する教育」という形式的な主張を批判し、生活綴方的教育方法の本質は何かについて、論を展開しています。
『生活綴方事典』で示された国分一太郎執筆の「定義」と、小川太郎の「本質」を比べることで、生活綴方教育方法とは何かについて理解できそうです。
記事が長くなってしまったので、この続きは「生活綴方的教育方法とは何だろう? その②」に書こうと思います。