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生活綴方的教育方法とは何だろう その④

 生活綴方的教育方法を今でも実践している人たちがいます。ここ数年では大阪の勝村謙司先生がメディアで取り上げられました。勝村先生や先生の勤務校での実践では作文の「読み合い」が紹介されています。この「読み合い」または「話し合い」は、生活綴方的教育方法の重要な要素だと考えられます。前回の「その③」の記事に引き続いて、小川太郎著『生活綴方と教育』から、生活綴方的教育方法の本質について解説していきたいと思います。ちなみにこの本の出版は1968年ですが、生活綴方的教育方法に関する論考の初出は雑誌『教育』の1954年7月号です。



認識の発展と、学級集団の質を新しくする「話し合い」

 子どもの作文が自由に書かれるためには、まずは、書く以前に教師と子どもとの関係が自由で人間的な関係になっていることが大切です。これは、教師と子どもが1対1で自由に話すことができるかということを示しています。この関係が、子どもの綴方を媒介として、さらに発展していくところに生活綴方の力があります。

 さらに、子どもの作文が学習集団の前にもちだされ、集団の話し合いが行われるところに、この教育方法の独自な意味があります。小川は以下のように述べます。

「個人のことがらが集団のことになり、個人の問題が集団の問題として話し合われるところに、個人がほんとうの意味で集団の一員になるのであり、集団がほんとうの意味で一人一人の個人の集団になるのであって、『個人は集団のために、集団は個人のために』という集団主義がそこに成立し、その集団の中で個人はほんとうの個人にまで成長するからである。」(40p .)

 小川は、戦後すぐに取りいれられた新教育では個人の近代的な成長が期待されてはいたが、そこではまだ個人の生活の中のもっともこまる事実や切実な問題にはふれることがなかったと評し、「よそよそしい民主的な関係をつくったにすぎず、そうした形式的な民主主義の下では、もっとも悩んでいる子どもは忘れられ圧迫された子どもとなっていたのである。」といいます。

 一方で生活綴方は、そうした子どもの生活の事実を公にし、個人の問題であったものを集団の問題としました。これによって「学級集団の質を決定的に新しくする」ことができ、「端初的に自己のものとしたリアルな認識を、集団の話し合いを経て本質的で法則的な認識にまで深める機会をつくることになった」と小川は結びます。

認識を発展させ・学級集団の質を新しくする「話し合い」


生活綴方「以前」と、生活綴方「以後」

 生活綴方を書く前における関係性や話し合いが「以前」であり、書いた後の話し合いが「以後」と呼ばれます。書く「以前」を大切にしようといったときには、自由な発言ができる関係性を強調し、「以後」を大切にしようというときには学級集団としての話し合い活動や集団としての認識の高まりの事実をつくっていくことを強調しています。

 「集団が質的に新しくなる」とは、いったいどういうことでしょうか。小川はこのように述べています。
「本来異なった職業と階層の家庭の子どもから成り立っている集団が、その事実を認識した上で、人間としての友情で結合せられた集団になるということである」(41p .)

「子どもの生活綴方が集団の中で話し合いの中心とされることによって、貧乏が恥ずかしいことではないということ、働くことはえらいことだということ、勉強のできない子は実は勉強のひまがない子であったりすること、そのようなことが集団の全員によって認識され、それ以前には学級を支配していた社会的な地位による優劣の意識と、そこから起こる集団の事実上の分裂とが克服せられ、地位と能力の差にもかかわらず、互いに助け合い、はげまし合い批判し合いきたえ合う、人間的な関係がうち立てられてゆくということ、こうしたことが可能であることが実践によって証明されつつあるという事実はきわめて重要である。」(42p .)

 まとめると、生活綴方をもとに話し合うことで、階層をこえた理解と友情で結びついた集団になることが「集団の質が新しくなる」ということと言えます。

「集団化された生活綴方は近代をこえる教育であり、その教育方法は近代教育の方法をふまえつつ。それをさらに前進させる教育の方法だとみることができる」(43p .)と小川は結んでいます。

本当の意味での生活の理解

 子どもがは自分の家庭での生活を綴方に書くことで、自分の家の職業や階層を認識していきます。それだけでなく、ほかの子どもが書いた綴方を読むことで、自分の家庭や職業をこえて、ひろくさまざまな人間の生活のすがたを理解することができるようになっていきます。
 生活綴方にあらわれる個人の生活のなまなましさは、集団での綴方の読み合いや書かれた内容についての話し合いを通して、社会についての認識に発展していきます。

 子どもにとっては、生活の事実や問題をありのままに書いて、集団の中に提示するというのはとても勇気のいることです。それを書いたことで笑われるかもしれないし、憎まれるかもしれない。親に叱られるかもしれない。そういった抵抗があっても真実を書いたことを教師に認められ、学級の仲間によって認められることは、子どもをますます自由にしていきます。

 「そういうし方で、学級集団が自由のない社会に生きる子どもたちの、自由と真実のとりでとなる」(45p .)と小川は強調します。

 生活綴方を通した集団の話し合いが、生活綴方的教育方法において重要な位置を占めているのは、こういうわけなのです。

教師の認識の発展と生活綴方

 教師が担任する学級児童の綴方を丁寧に読み、子どもの生活や感情をつぶさに知ることができたとします。しかし、だれそれがどういった生活をしていて、どういった問題を抱えていることを知るだけで終わっていいのでしょうか。小川は「教師の認識はそこから進まなければならない」(46p .)と力説します。
 
 小川は教師が社会に関する学問にふれる場合に、その学習を具体的なものにするのに子どもの生活綴方が有用であることを述べています。

「子どもを仲立ちとして、国民の生活と思想に直接に接している教師は、真実の学問をするのにある意味ではもっとも有利な位置にいると言ってもよい。子どもひとりひとりの生活を知るだけでなく、これを一般化し、具体的な事実の中に社会の発展の法則と民族の生きてゆく道を見出すような学習をすすめるくふうをすることが必要である。」(47p .)
 
そして、
「このような教師の学習は子どもの認識の発展をはかるためにも、ぜひとも試みなければならない教師の学習である」と結んでいます。

まとめ

 小川太郎のとらえる「生活綴方的教育方法の本質」を著作から読み解いてきました。小川太郎の『生活綴方と教育』で強調される「自由」「リアリズム」「話し合い」の三つの要素は、教育の一般的な方法において中核をなすと小川は述べていました。
 ここでの「自由」は、子どもたちが生活の事実をありのままに表現する自由を意味します。この自由が「リアリズム」につながり、現実を正確に捉え本質を見極める教育へと発展します。
 さらに生活綴方を用いた「話し合い」によって、子どもの個別の経験が集団全体の認識の発展へと結びつけられます。この教育方法は、子どもたちの認識を本質的なものへと進化させることを目指していました。


今後の学習(記事)の見通し

 次回の記事では、生活綴方的教育方法の本質的な部分に言及している大田堯(おおたたかし)の論考を読み解いていきたいと思っています。この大田の論考を読み終えたあとは、しばし実践編ということで無着成恭の『山びこ学校』(1951)や、国分一太郎の『新しい綴方生活』(1951)を読んでいけたらと考えています。戦前の芦田恵之助の『綴り方教授』(1913)や鈴木三重吉の『綴方読本』(1935)なども読んでいけたらと考えています。でも、これらは実践編というより戦前の理論編となりそうです。なんだか、古い本ばかりですね。

 理論編の続編の見通しとしては、1962年に出版された『講座 生活綴方』を数巻読んでいきたいです。1962年、生活綴方運動を主導していた日本作文の会は活動方針の大きな転換をします。会はその方針のなかで、「表現指導体系の充実をはかる」とともに、今後「『生活綴方的教育方法』というコトバを使用しない」と明言しています。どんな内容になっているのでしょうか。気になるところです。


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