【cinema】アイ・ビロング
今まで数々の映画を見てきて、ハッとさせられるもの、心に響くもの、気がつけば余韻を残していくもの、あらゆる映画に出逢ってきました。
この映画はそのどれにも当てはまり、未だに私の心の中にスッポリと収まっているような感じ。派手さは一切なく、むしろ地味そのもの。だけど、何でこんなに私の心を掴んでいるんだろうか。
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あらすじはこうです。
リセ、グレテ、クリスティーナ。3人の、年齢も立場も境遇も異なる女性たちのある日常がオムニバスで描かれます。リセは看護師、グレテは翻訳家、クリスティーナは開発援助団体の職員です。
彼女たちに共通していることがあるとすれば、日々誠実に、つましく、自分の芯を持って生きていること。でもそれが突然思いもよらないカタチで崩されてしまったら…という誰しもが経験したことのある日常の中の「不穏な空気」を描いています。
実は、彼女たちは、とある小説の登場人物であり、彼女らの物語を読み上げるのは、作家自身で、彼女としても初の試みとなる自身の小説をオーディオブックとして仕上げるために、スタジオに入って、彼女のナレーションで、ストーリーは進むのです。
とにかく、見せ方が巧い。抑揚のないナレーションは、逆にこの3人の女性の気持ちにフォーカスして、寄り添えるようになるというか。
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さて、この「不穏な空気」とは一体何なのでしょうか。
リセにとっては、インターンとして来た看護学生シリとのミスコミュニケーション、グレテにとっては、自分より随分と若くイマドキな編集者とのあらゆる面での行き違い、クリスティーナにとっては、実の母ともそうなんですが、叔母、従姉妹とのお金に対する考え方の違いです。
こう書いてしまったら、なーんかつまらないんですけど、もうココは映画を見てほしい!
この一見して、それがどうした?というような行き違いって、私たちが日々の生活の中で誰もが感じていることで、それを皆気づかないように、触れないようにしながら、または各々のやり方で向き合いながら、はたまたやり過ごしながら、何とか生きていると思うんです。
ここに出てくる女性たちのうち、リセとグレテはどちらかと言うと内向的で、事なかれ主義ですませようとするタイプ、クリスティーナはおかしいよ!と意見しながら向き合うタイプ、でしょうか。それでも三人三様、何とか解消しようと努めるのだけど…。
このもどかしさが、自分も経験したことのある何かに似ていて(彼女らと全く同じ経験をしたことはないのに)、それをうまく説明できないのだけど、ものすごく「解る」のです。
この行き違いから突如として現れる、これまで何事もなかったハズの日常を脅かすモノとは、決して大きな事件や事故ではなく、ほんの、ほんのちょっとした事から生じる綻びなんですよね。それが実はものすごいダメージになったりする。
あと、タイトルだ。ノルウェー語の原題は「som du ser meg」(あなたが私を見ることができるように)。英題は「I Belong」。
ここで、英題をどう捉えるか、なんだけど、この3人の女性たちと、女流作家の言動を見ていて思うのは、彼女たちは、とにかく空気を読もうとする。
相手が何を望んでいるか。自分がどう思われたいか。それを意識しすぎて、ミスコミュニケーションに繋がっている。ここでいうbelongは、「馴染む」という意味で使われてるのかなと。決して彼女たちは声高には主張しないけれど、「私はなじむのよ」と決意を込めているかのような。
ツラツラと書いてみたけれど、極めて女性的というか、目の細かい編み物をひたすら編むようなストーリー展開でいて、監督は男性で。こんなにも女性の気持ちに共感できる男の人っているのね…。
気がつけば記憶からふと消えそうな物語だけど、未だに私の頭の中に居座っている不思議な作品。こんな年齢になった今だからこそ解るストーリーなのかもしれない。
登場人物である彼女たちが飲み込んでしまった言葉を観る者が探して拾い集めるかのような話。
めっちゃ良かった。個人的に今回一番好きな作品です。
ノルウェー映画🇳🇴
トーキョーノーザンライツフェスティバルにて。
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