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ギャルに憧れて

あのギャルがnoteなんてアプリをインストールするわけがないと思いながらも、身バレ防止のために"のぞみ"という仮名を使おうと思う。

前職の後輩にあたるのぞみは、自由であった。
カフェで働くにあたって重要視される身だしなみは、全くもってなっていなかった。
日に日に伸びる魔女のような爪、括らないままのボサボサのロングヘアー、鈍い光を放つ金のブレスレット。

それらは全て違反であり、責任者であるわたしは毎回彼女の出勤のたびに注意を促した。
「はあい。わかりましたあ」
フロアに響くような間延びした返事をしても、次の出勤日にはギラギラとした爪を伸ばして謎の香水をぷんぷん匂わせ出勤するのが彼女であった。

10代で子を持ち、母となった彼女は、いわゆるギャルであった。
ギャルという言葉が、どのような人間に当てはまるのか実はわかっていないけれど、わたしの貧困な主観だけで言うと、安室ちゃんとか、ガングロとか、とにかく長いルーズソックスを履いていた、あの人種である。とにかく軽い、あの人種。

彼女の外見はそのどれにも当てはまらなかったのだけれど、ブリーチして傷んだ黄金色の髪の毛、目ん玉飛び出てるぞと言いたくなるようなカラコン、ド派手に彩られたスマホは、わたしからしたら立派なギャルであった。

ギャルっちゅう少数派の者は、当然かの如く信頼されず、最初こそバイト全員から毛嫌いされていた。
民主主義日本の悪いところが出ている。

自分から周りと打ち解けるのがむつかしかった彼女は、わたし(責任者)と仲良くすることで"無難な人間ですよ"アピールをした。
上手いことやるものである。

「つぶきちさんが大丈夫って言うなら大丈夫でしょ」

当時店のトップにいたわたしは確固たる信頼を得ていて、わたしがマルをつけた人間は間違いなく信用されるという、謎の嫌なルールがあった。
逆にわたしがバツをつけた人間(わたしが苦手だった人間)はことごとく信頼されなかった。

のぞみは飲食店で働く上での常識はなかったものの、とても素直で、仕事は率先して覚えようとした。
そこを見込んだわたしが「のぞみはそこまで悪い子じゃないよ」と言ったことと謎のルールが相まって彼女はだんだんと周りに打ち解けていった。

「次はこれをやりましょうか」
「ここはわたしがコーヒー淹れます」
「わたしがレジやります。電話出てください」

さすがは主婦やってるだけあるな、と感じる抜群のタイミングの良さは、店内一であった。

彼女は責任者であるわたしの行動を、本当によく見ていた。

「つぶきちさんの真似してラテ入れたら葉っぱができたんですう!」

最もむつかしいとされるラテアートも、彼女はわたしのやり方をいつのまにか盗み見て、誰よりも早くに覚えた。
ハートやクマができたのは、葉っぱができてから間もないことだった。

「ピーク時、つぶきちさんがこうやって動いてたから真似したらできましたあ!」

など、他のバイトは到底見ていないだろうところを盗み見て、後に活かすことを自然とやってのけた。
接客面は褒められたものではなかったけれど、本当に素直で、痒い所に手が届く、責任者にはありがたい子であった。

なぜかわたしのことを本当に好いてくれていて、休みの日は小さい娘を連れて職場に遊びに来ることが多々あった。

「つぶきちさんが時責だから来ました~!」

そう言っては、わたしが上がるのを待ち、一緒に帰ったものである。
人見知りで懐かない娘は、なぜかわたしには気を許してくれたし、誕生日にはわざわざプレゼントを持ってお祝いしに来てくれた。

それなのに、いつからか、わたしは彼女にモヤモヤした感情を抱くようになってしまった。
仕事のストレスがピークに達し、退職を余儀なくされる3ヶ月前のことだ。

「わたしが責任者であることに対し、彼女は責任者でもなく、ただ自由に動いて、わたしの真似をしているだけで上へと登り詰めている。責任がない分ずるい。不公平だ。」

これは実際わたしが上司に言った、本当の一言だ。

上司は困った顔をして、「わかる、つぶきちの言うこともわかるんだ。正しいんだ。ただ、お前は不器用でアイツは世渡り上手ってことなんだよ
そう言った。

このとき、改めて自分がHSP気質で、完璧主義なのだという痛い部分を見せつけられた気がした。
完璧主義で世渡り下手なわたしは、上司にイライラをぶつけることで、家に帰って黙々と料理をすることで、隅々までピカピカになるまで掃除をすることで、自分の平穏を何とか保っていた。

しかしのぞみは上司のいいとこ取りをしながらも着々と自分の技にし、ストレスは客やスタッフにぶつけ、責任はわたしの半分以下の気持ちで仕事に臨んでいた。
当時のわたしは、それらをどうしても許せなかった。

その後、のぞみの清潔面の部分や、接客態度などが改めて審議され、更にそれを注意するわたしの苦労も考慮され、周りには内緒でわたしの時給はひとりだけアップした。

退職した今でもこの時給アップを知る者はいないし、知れたところで「ああ、つぶきちさん頑張ってたもんな」くらいのものであろう。
それくらい、自分で言うのもあれなのだが、信頼され好かれていた。

のぞみに対するモヤモヤとした仄暗い感情は退職後も消えることなく、彼女がインスタに"餃子~爆笑"など意味不明なリールをあげるたびに少しだけチクっと心の隅を突っついた。

のぞみは本当に素直で正直で、わたしが思っていたギャルとは違った。
語尾を無駄に伸ばす話し方はギャルそのものであったけれど、ジャージで出勤する姿はやっぱりギャルそのものであったけれど、中身は本当に純粋ないい子であった。

ギャルっちゅうもんは、中身もすっからかんでそのくせひとを小馬鹿にし、自分が誰よりもかっこいいと勘違いしているハイビスカス野郎だと思っていた。
別にギャルに親を殺されたとかそういうあれは全くないのだけれど。偏見もいいところである。

一度モヤモヤしてしまったこの感情は、もう消すことができないけれど、年月が経ち、まめきちと同じ小学校に入学したのぞみの娘は、いまだにわたしを見ると手を振り、のぞみはと言えば、授業参観で会えば、「わ~!つぶきちさん~!!」と言って駆け寄ってくる。

ああ、わたしきっと彼女のように生きたかったんだな、と最近やっと認められるようになった。
彼女のように自由にストレスを発散したかったし、彼女のように責任感なく仕事をしたかった。
きっと彼女なりの責任はあったのだろうけど。

どこかで「ギャルなんて」と見下していたに違いないわたしが、彼女に憧れていたなんて、口が裂けても言うことはないだろうけれど、今でも街中で会うと

「つぶきちさんか!大学生かと思ったあ!」

なんて満面の笑みで嬉しいお声がけをしてくれる彼女が、眩しくてたまらない。



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