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人魚歳時記 睦月 後半(1月16日~31日)

16日
傷んだ林檎。冷蔵庫の隅に忘れたままの、ラップにくるんだ一握りのご飯。鏡開きに割り砕いたら、中までカビていたお餅。「こんなものですが、どうぞ」と、凍てつく早朝、霜柱を踏んで、木の下にまき、葉を落とした枝に刺しておく。冬季限定「小鳥食堂」はじめました。

17日
一月なのに蚊がいた。叩くと誰かの血を吸っていた。人間は刺されていない。蚊を媒介するフィラリアが心配で、散歩ついでに動物病院へ。冬は感染力がないとのこと。『彼女』のこととなると私が心配性になるのを知っている獣医さんの微笑が、安心と引き換えに面映ゆかった。

18日
庭の奥で猫が喧嘩をしている。すごい声だ。一匹は近頃このあたりを仕切っている茶虎君。先日はビッコ(この言葉使います)をひいていたけれど、どっこい、あの勇ましさ。相手の白黒を薔薇の足元まで追い詰めると、容赦なくとっちめている。私のビオラを蹴散らしながら。


この子たちは喧嘩せず仲良しでした。お産の途中で出会った猫たち。

19日
薔薇の冬選定をする。青薔薇が欲しくて、色々見て回っていたが、やめた。青い薔薇は、治療法のない難病の苦しみから死を選んだ人々を指すと知ったからだ。もし彼女がそうなったら、青薔薇を大切に育てよう。でもそうはならない。だからは私はもう青薔薇を植えることはない。

20日
閑散とした駅裏の道に、荷台が冷蔵ケースに改造された軽トラが停まる。ケースの中は切り身魚が並ぶ。土曜の午後に来る移動魚屋さん。『くじけた時には故郷の――横波、縦波、地獄波――俺たちの夢ぇ』と北島三郎の歌声が響き渡り、床屋のおばさんが、お財布持って駆駆け寄った。

21日
朝から雨。妙に暖かい。ゆるりと朝の身支度。お散歩に行けずに愛犬のわがまま止まらない。猫たちをいじめる。私の顔を見ながら、わざと私の掛け蒲団の上でおしっこをする。私は悲鳴をあげた後、泣きながら後始末しつつ、彼女と少々喧嘩。全て季節外れのお天気のせいにする。


いtも、髭のあるおじさんに見える。あるいはライオンとか。

22日
愛犬散歩。用水路の中洲で甲羅干しを終えた大きなミドリガメが川に滑り込む。道の側溝蓋の隙間から鼬みたいな小動物が頭を出し、目を凝らして近づくと、あわてて頭を引っ込めた。農家の庭の社の中で、お狐さんまでもが動きだしそうに今日は暖かい。空には丸い雲がプカリ。

23日
苺農家のハウスの前を通ると、扉が少し開いていた。蜂の飛ぶ音がする。『ドレミぶんぶん』と書かれた木箱が見えた。農家は購入した蜂をハウスの中に放し、苺の交配をさせる。むせるほど甘い香りがボイラーの熱気と共に漏れ、汗だくで働く農家の方たちの姿がチラチラ見えた。

24日
何でもない日。晴れて強風。交差点で停まると、前の車はハマー。路上での初遭遇。(これがそうか、ふぅん)と横を見ると、大きなお宅の庭で、薔薇と雑草が共に茶褐色に枯れきって、午後の陽光をシャワーのように浴びながら、風に嬲られるままになっていた。

25日
柔らかい土につけられたタイヤの窪みに霜柱が銀色に輝く朝。

#2
吹きやまぬ強風。体に物理的な負荷がかかり疲れる。午後に風の中を犬と歩く。晴れて眩しく、静か。デ・キリコの絵の中を歩いているよう。このまま歩けば夏に辿り着くような錯覚。子供の頃に思い描いていた未来と同義語の夏。決して訪れない平行宇宙のもう一つの人生。


私鉄線路。画面右側が東京方面。

26日
朝からバタバタしている。予定が入っているのに寝坊。用事を済ませて買い物。明日の夕食の食材を買うくせに、今夜の夕飯の材料が何もない。帰宅後あれこれ。気づくと胃が痛いのは空腹だから。お餅焼く。口の周りにきな粉をつけて、お箸を持ち、座ったまま五分間ほど熟睡。

27日
駅前に菊の御紋つけた街宣車を停めて、黒スーツの男が能登地震の募金をしているが人はいない。土曜に来るサブちゃんの歌を流す移動魚屋さんは、そそくさと河岸を変えてしまう。避難所の食事が粗末というニュース。犬の散歩でお財布持ってないと断る。空は青く澄んでいる。

#2
自分や他人のお財布をひっくり返して、転がり出た小銭をかき集めるような世相。澄みきって青い一月の空を見ていると、心だけは大金持ちでいられる。これからは、空を見て、余裕綽々でいくことにする。


空。立ち枯れた雑草。

28日
朝、全てが凍りついているが、睡蓮鉢の氷の下でメダカが動く。庭の隅で物憂げにしている黒猫が、雌猫を見つけて追いかけていく。隣家との境に植わる水仙に蕾がついた。買い物に行き節分の豆を買う。お店から出ると、空が霞んでいる。ヒュッと寒いが、春の兆しはあちこちに。

29日
昼前、庭の水道が壊れる。水道管の中で水が凍り、膨張したためだろうか、蛇口部分が外れてしまい、あらわな管から水が音をたてて流れ続ける。なす術なく元栓をしめて、水はようやく止まる。地下水なので温かい。地中って、こんなに温かいのかと驚いてしまう。


造園屋の庭木の林。

30日
暗くなってから外に出る。田舎だから、暮れれば宵のうちも深夜も変わらない。とにかく暗い。ふと見ると、庭の隅に知らないお爺さんがしゃがんでいるので、飛び上がるほど驚いた。が、なんてことはない、水道の凍結防止に誰かの古着のジャンパーを被せたのを見誤っただけだ。

31日
お風呂も済ませ、さて、寝るまでの間ゆっくり過ごそうとした矢先、ストーブが灯油切れで止まる。帽子に外套、ひざ掛けは腰に巻き、懐中電灯を持って給油のため庭に出る。寒くてげんなりしていたが、見上げれば満天の星空。あら外に出て良かったと、いつまでも金星を探した。

1月ももう終わり。
梨農園の入口で日向ぼっこしていた猫。

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