【小説】ダンジョン脱出〜迷宮の罠師〜 0日目 Part2 血盟の儀
2日目 Part2 血盟の儀
今日もぽかぽかと暖かかった。
ギルドマスターが呼んでいると受付の方に言われて、2階にあるギルドマスターの書斎へ向かった。
「失礼します。罠師のロクです」
「うむ、よく来てくれたのう」
相変わらず筋骨隆々のギルドマスターは、真っ白な口ひげを撫でつけながら、僕をちらとみやり、部屋へ入るように促した。
「ロクくん、今日から君と一緒にダンジョンの調査へ行くシャレ・コウベさんじゃ」
「カタカタ、よろしくお願いしますヨ〜」
紹介されたシャレさんは、見るからに細身…いや、細身を通り越して骸骨そのものじゃないか。
「ギルドマスター、彼はいったい…」
どうみても、ギルドマスターの横にいるのは、中級モンスターの『スケルトン』だ。つまり我々トールマン族の敵。
頭には申し訳程度の髪の毛が生えている…。いや、薄いカツラがのっている。服も着て入るが、骨に袖が通っているだけで不格好に見える。
これで変装しているつもりなのだろうか。
「まぁまぁ、ロクくん、細かいことは気にしないでくれ。では早速、依頼人に会いに行こうかの」
相変わらず表情の読めないギルドマスターは、懐から薄っすらと青く光る水晶をとりだした。
「転送結晶…。そんな大きな転送結晶を使うなんて、いったい依頼人はどれだけ遠くにいるんですか」
転送結晶は、任意の人物を遠くの転送石が配置されているところまでひとっ飛びできる。
結晶が大きければ大きいほど、遠くまで行ける。
ギルドマスターが手にしているのは、人の手のひらほどの大きさだ。通常は豆粒ほどの大きさで隣町まで行ける。
当然、使い捨てで高額なため、並の冒険者が目にすることはめったにない。
「カタカタ、おや、彼には依頼主様のことはお話になってないんでショーカ?」
「え。依頼主様…?一体なんのこ…」
僕が言い終わる前に、ギルドマスターが転送結晶に魔力をこめる。
「転送、オ・ハイソ!」
すると、転送結晶は光を増し、部屋全体を青い魔力で包み込んだ。
オ・ハイソって、言った?聞き間違いじゃないこか、そこは確か魔族の巣食う地獄の城下町のはず。
僕の意識はそこで途切れた。
目が覚めると、ひんやりと冷たい鉄製の椅子に座らされていた。肘掛にはドクロのあしらいが施されている。恐ろしいインテリアセンスだ。
そんなこと考えながらあたりを見回すと、同じように鉄製の不気味な椅子に座っているギルドマスターと、先ほど紹介されたスケルトンのシャレ・コウベだ。
「こ、ここは一体…」
天井にはシャンデリアと言うには、禍々しいデザインの燭台が吊るされている。
目の前には見たこともない長い机が部屋の奥に続いている。机の上には、お皿の上に生ゴミが山のように積まれている。これは食事のつもりなのだろうか。
机を挟んで向かい側には、見上げるような巨大な肉の塊があった。
さっきから漂う恐ろしい腐敗臭は、机の上の生ゴミではなく、この肉の塊から発していたのだ。
「うぷ…」
思わず、朝食に食べた妹の愛情弁当が胃から出そうになる。
すんでのところで、手で押さえる。
肉の塊が巨体の肉を震わせて、不気味な音を発っした。
「ブブブブ…ふぅ〜むぅ、ソナタらが、『戻らずの迷宮』のトラップを解読してくれるというモノたちかブブ…」
喋った。喋ったのか…?この肉塊が。
口はないが、肉を震わせることで音を発しているようだ。
「はぁい、そぅでございます。ハイソ様」
肉塊の横に小柄な女の子がそう言った。
見た目はちょうど妹と同じ年頃に見えるが、頭には大きな角が生えており、どう見てもトールマン族ではない。
布地の少ない服から見えるお腹の下部には、逆三角形方に掘られた幾何学模様がピンク色に光っていた。
そして彼女はギルドマスターを指差し、
「左からぁ、トールマン族代表のギルドマスター。今回、彼からこの取引を提案してきました」
え、ギルドマスターが取引を提案?一体何が起こっているんだ。
ギルドマスターはじっと肉塊を見つめたまま顔色ひとつ変えないでいる。
「次に、元凄腕罠師で、ダンジョンで命を落としたところを、我が魔族の呪いでスケルトンに変えた…えっとお主、今はなんという名前だったか」
少女はスケルトンを指差してそう言った。
「カタカタ、今は、シャレ・コウベと申しまス…」
「あぁ、そうだったな…そして、最後に活きの良いトールマン族の男子です!」
少女は最後に僕を指さしてそう言った。
「ブブブ…ふむ、みたところ冒険者のようだが…」
「はぁい、トールマン族がいないと、トラップは発動しないからでございます。そのため、活きの良い健康的な冒険者をギルドマスターに見繕ってもらいました」
彼女は目を細めて僕を見やった。
「い、活きの良い…って、一体どういう…」
僕がそう良い終わるのを前に、ギルドマスターが口を開いた。
「ハイソ殿、こちらは言われた『もの』は用意した。問題なければ契約の儀を交わしましょう」
「ブブッ…そうだの。では血盟の儀を交わそう。この儀式は契約が完了するまで解けることはない。期限は3ヶ月。それまでに『戻らずの迷宮』のトラップを解除して正面門からダンジョンを出なければ、そなたらの寿命はそれまでだ」
肉塊がそう言うと、続けて少女がこちらを見やって、
「相違ないな?お前ら」
と問いかけた。
「はい、相違ありません」と、ギルドマスター。
「カタカタ…まぁアタシは最初から死んでるからネ…問題ありませんヨ」シャレ・コウベは、顎と頭蓋の骨をこすらせて笑うような音を立てる。
続いて、僕…。いや、いやいや、そんなやばい契約、結べるわけがない。
僕は妹の目の治療のために資金が欲しかっただけだ。命と引き換えだなんて…。
「え…、そんな聞いてません…」
「ブブ…」
肉塊は不快そうな音を鳴らす。テーブルがガタガタと鳴る。
「おぉい、トールマン!お前がこの場で文句を言える立場ではないぞ!」
と少女はこちらを睨みながら近寄ってくる。
「金がいるんだろ?成功すれば一生遊んで暮らせるほどたんまぁり報酬がでる。悪い話ではないだろ」
少女はほくそ笑みながら、僕を見つめる。一生遊んで暮らせる…、そんなつもりはないがきっと妹の治療費には十分だろう。
「ブブ…おいミミ、我が城下町にはそんな予算はないぞ…」
おい、いまあのハイソとかいう肉塊がなんか言ったぞ。
「…コホン!…わ、私が【魅了】を使って洗脳してダンジョンへ無理やり送ってやっても良いんだぞ!」
ミミと呼ばれるその少女は僕のそばまで来て、僕の顎を掴み、顔を寄せてくる。
「私の【魅了】に魅せられたトールマンは皆、腑抜けになって、二度と健常には戻れんがな…ククク」
薄暗い部屋で彼女の白い肌は光って見える、その赤い瞳はルビーのようで、見つめていると意識が吸い込まれそうになる。
「うっぅ…」
洗脳されてしまったら、妹の治療どころではなくない。しかし、死んでしまっては元も子もない、が…。
これは契約じゃない、ただの脅迫だ。
僕は、ギルドマスターによって、魔族に売られたのだ。信頼していたのに。なんてことだ。
「わかり…ました」
僕が力なくそう言うと、彼女は真っ赤な唇を釣り上げて笑い、
「よろしい」
そう言うと、少女の手に握られていた赤いイモムシのようなものを、僕の口にねじ込んできた。
「う、うげぇ!」
なんてことするんだ。
「おぃこら、トールマン。契約虫を取り込まないと血盟の儀が成立せんだろぅ。なんて礼儀知らずなやつだ」
ミミはまるで、子どものしつけのように気色の悪いイモムシを、ぐいぐい僕の口におしつけてくる。
そんな魔族の常識なんて知ったことじゃない。
僕の知っている世界では、書面にサインして親指の跡を残すのが契約だ。
「ロク、大人しく契約虫を飲むんじゃ」と、ギルドマスター。
そういうギルドマスターは、この気味の悪いゲテモノを食べてないじゃないか。
「カタカタ…この契約虫なかなか美味ですヨ。サァ、早くお食べになりナサイ」
その横のスケルトンは、顎の骨を鳴らしながら僕にそういう。
「くっ…このガキ、こら、抵抗するな!」
ミミは、僕の口にグネグネ動く虫を押し当ててくる。
こんな気持ちの悪いもの食べてたまるか!僕は頑なに歯を食いしばる。
「ブブ…ミミよ、なにをそんなに手間取っておる」
肉塊が、ミミにそう言った。
「はっ、ハイソ様、少々お待ちを。この強情な、ガキぃ…しかたない」
少女は、ふぅ、と息を吐き、手の力を緩めた。よかった諦めたか、そう思ったとき
━━━━食べろ。
彼女が真紅の目を輝かせ、僕にそう言った。
「はい…」と、僕。
頭がぼぅっとする。僕は一体どうなったんだ。
意識が体から浮いているみたいだ。
僕は、気色悪い赤いイモムシを手に取る。
自分の意志ではない、勝手に体が動いている。
そして、先程まであんなに嫌がっていた虫をなんのためらいもなく口に放り込み、むしゃむしゃと頬張った。
バリバリ、虫の軟骨のようなものが砕ける音がするが、僕は何も感じない。
「ブブ、これで無事、契約は取り交わせたな。では、皆、あとは頼んだぞ」
そう言うと肉塊は、その巨体をズルズルと引きずりながら部屋の奥の暗闇に消えていった。
僕は口いっぱいに頬張った虫を咀嚼し終えると、ゴクンと飲み下す。
意識はどんどん体から遠ざかっていき、眠気のようなまどろみが包みこんでくる。
ああ、ごめん、妹よ。
お前を一人にして、うまい話に乗るんじゃなかった。
真面目に街でコツコツ稼いで、何年もかけてお金を貯めるんだった。
僕は間違えてしまったよ。ごめんよ。
※ヘッダー画像はChatGPTで生成しています。
時間さえあれば、詩文で描きたいのですが…。