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「うんち」はすごい!ペットの健康を守る糞便移植療法

今回は、小金井動物救急医療センター(農学部共同獣医学科)の大森啓太郎先生にインタビューしました。研究への熱意と真摯な姿勢、先生の優しく温かなお人柄が伝わる記事になりました。ぜひお読み頂けると嬉しいです!

<プロフィール>
お名前:大森啓太郎 先生
所属:小金井動物救急医療センター/農学部共同獣医学科
趣味:野球観戦(横浜DeNAベイスターズの大ファンです)

「うんちを移植する」画期的な治療法との出会い


― 現在のご研究内容について教えて下さい。

一言で表すと「うんち」です(笑)

皆さん「腸活」という言葉を耳にしたことがあると思うのですが、ヒトの腸の内部に生息している「腸内細菌叢(腸内フローラ)」が私たちの健康状態に強く関与していることが最近の研究で明らかになってきました。

実はイヌやネコなどの動物分野でも、いま空前の「腸活ブーム」なんです。ただ、現状は「この菌はヒトにとって良いからイヌやネコにも良いだろう」と考えられてしまっているのですが、そこにはまだエビデンス(医学的な根拠や裏付け)が揃っていません。「この動物にはこの菌が良い」というのをきちんと科学的な証拠に基づいて明らかにしていく必要があるので、いま私はその研究をしています。

― もともと「うんち」の研究をされていたのでしょうか。

以前は、免疫学・アレルギー学が専門でした。アメリカでの博士研究員生活を経て2007年に東京農工大学にきたのですが、農工大で消化器疾患やアレルギーのイヌやネコの皮膚疾患の治療に当たっているときに「糞便移植療法」というものに出会いました。

「糞便移植療法」を簡単に説明すると、健康な動物の便を採取して、その便を症状が出ている動物の体内へ移植するという治療法です。当時はまだこの治療法に関する資料は揃っていなかったのですが、情報収集をして実際に自分の患者さん(イヌ)に試してみたところ、とんでもなく効果を発揮したのです。「すごい発見をしてしまったかもしれない...!」とその時は驚きました。この経験から、糞便移植のメカニズムを解明したい、これをもっと一般的な治療法として確立したい、という思いで現在も研究を続けています。

― 凄い方法ですね。具体的に「糞便移植」はどのように行うのでしょうか。

健康なイヌの便を水に溶かして不純物をろ過した後、その液状の便を皮膚炎などの症状があるイヌに経口投与(口から飲ませる方法)します。当たり前ですが、うんちなのでこれが凄い臭くて(笑)研究や治療に対して理解のある飼い主さんのおかげで日々の研究が成り立っています。

実際に効果を発揮した記録を、論文として発表しているのですが、当初は「うんちを飲ませるだけで症状が改善されるなんてあり得ない」と四方八方の研究者から辛口なコメントがつきました。しかし徐々にその論文が多くの方に読まれ、世界中で沢山の研究者が同じ手法を試してくれるようになり、今では一つの研究分野として確立されるようになってきました。

実際の診療現場を見学させて頂きました

俗にいう「ヘンなもの」が好きだった学生時代


― 獣医学科に進学された理由や経緯を教えてください。

「獣医さんになりたい」という気持ちよりも、単純に「生物学を勉強したい」という気持ちの方が強かったです。実は寄生虫が好きで、幼い頃から俗にいう「ヘンなもの、グロいもの」が好きでした。初めて寄生虫を見たときは「こんな生物がこの世にいるのか」とワクワクしたのを覚えています(笑)

寄生虫はヒトや動物の体内に寄生するのですが、あんなに大きな寄生虫が体内に入るのに体では目には見えない形で様々な免疫反応が起きているという事を授業で知りました。その時、単純に「体の免疫ってどうやって反応するのだろう?」と疑問に思いました。それが免疫学を専攻することになったきっかけです。

― なるほど、腸内細菌もいわば「お腹に”寄生”する菌」ですよね。

そうそう、「寄生虫」「免疫学」「アレルギー」「うんち」と、私のこれまでの研究って一見すると全然違うことをやっているように見えるかもしれませんが、実は大きなテーマとしては共通しています。多分他の先生もそうだと思うのですが、全然違う研究をしているようにみえても、その人の頭の中では興味・関心は一貫しているんですよね。私がいま「うんち」の研究をしているのも、寄生虫が好きだった頃の興味・関心からきているのだと思います。

先生のお人柄が相俟って終始笑いの絶えないインタビューでした

心の故郷・アメリカでの挫折と経験


ー アメリカで研究生活を送られたとのことですが、いかがでしたか。

アメリカ・コロラド州のデンバーという都市にポスドク(博士研究員)として行きました。そこは私にとって「第二の心のふるさと」であり人生の転機となった場所です。「日本人としての自分って何だろう」とか、人生の価値観について色々と考えさせられる場所でした。

自分で言うのもおこがましいですが、日本にいた時は研究も順調で「スーパー大学院生」だったんです(笑)いま振り返るとかなり天狗になっていたような気がします。その状態でアメリカに行ったところ、見事に鼻をへし折られたのです。その時に初めて、自分が今まで周囲の人にどれだけ助けられ支えられてきたかに気づくことができました。そして人に感謝する気持ちの大切さを心の底から感じました。尖ったナイフを振りかざしていた頃の自分はアメリカに置いて来ましたね。

― 最後に、高校生に伝えたいメッセージがあればぜひ教えてください!

「生きたいように生きたらいい」、ただそれだけですね。一度きりの自分の人生なのですから自分の好きなように生きてほしいです。

中高生の不登校児がかなり多いことをよくニュースで見かけます。実際、息子の学校でも、1クラスで約半分の生徒が不登校になっていた時期がありました。きっと親からの「こうなってほしい」というプレッシャーに耐えかねてしまう子供たちも多いのかと。でも、自分も最近ふと気づいたのですが、親と子は「別人格」なのです。皆さんにも”自分自身の人生”を生きてほしいです。


文章・インタビュアー:連合農学研究科博士2年 M
インタビュー日時: 2024年11月7日


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