環境汚染を化学物質の動きから解き明かす
今回は環境資源科学科の渡邉先生にインタビューしました。毒にも薬にもなる化学物質と私たちはどのように付き合っていけばよいのでしょうか。ぜひご覧ください!
<プロフィール>
お名前:渡邉 泉(わたなべ いずみ)先生
所属学科:農学部環境資源科学科
研究室:環境毒性学研究室
毒にも薬にもなる化学物質
―環境毒性学がご専門と伺ったのですが、どのような研究をされているのでしょうか。
化学物質と生命の相互作用を突きつめて、世の中に溢れている化学物質がどのレベルまでは許されてどこからは駄目なのかを知るための研究をしています。
化学物質のなかでも特に重金属(注1)と放射性物質に着目しているんやけども、それらが溜まっていそうな動物、植物、土などをサンプリング(注2)して溶液をつくって、超高精度高感度の機器を使って分析しています。
(注1)重金属とは、比重(ある物質の質量と、それと同じ体積をもつ摂氏4度の水の質量との比)が4以上の金属のことを指す。代表的な重金属には、鉄、鉛、銅、クロムなどがある。
(注2)サンプリングとは、母集団から分析・試験を目的とした試料をとる操作のこと。
―具体的な研究の例をおしえてください。
福島第一原発事故による放射性セシウムの影響について調べていたときは、鷹やクマやイノシシや魚などいろいろと分析して、オタマジャクシが一番セシウムを溜めていることを発見しました。オタマジャクシは植物プランクトンが大好きで、田んぼの表面で光合成するために集まる植物プランクトンを食べているんですよね。その植物プランクトンにセシウムが濃縮されていて、オタマジャクシにもたくさんの量のセシウムが蓄積されていたんです。
―化学物質は私たちの便利な生活を支えるものでもありますが、人間自身や地球環境への負の影響も無視できないですよね。
毒と薬っていうのは背中あわせになっていて、化学物質と生命の相互作用としては同じように扱われるんやけど、過剰摂取すると毒性が出てしまいます。
じゃあ何が一番重大なのかというと、健康を害するかどうかが大きなバロメーターになります。化学物質によって細胞レベルで損傷が起きるとか、大量死や種の絶滅が引き起こされたときに、人間が化学物質をコントロールできるなら責任をとってその化学物質を使うことは止めるべきでしょう。
―公害問題が思い浮びました。環境汚染の問題は、経済的・政治的な動きと結びつきやすく、研究する上での難しさもあると思うのですが、どのようなことを意識して研究されていますか。
それは難しいところやね。うちの研究室に来たからと言ってすぐに環境を良くすることはできません。うちはあくまでも分析をしてその結果を示すだけです。でもやっぱりダメなものはダメなんだという部分は譲れません。毒をバンバン出しているのはよくないでしょう。そこに関しては止めるために社会全体で何らかの合意をして政治が動かないといけないと思います。
失われた原風景と公害問題への想いから研究者へ
―先生が研究の道に進まれた経緯をおしえてください。
私の家は大分県佐伯市の大きな川のほとりに建っていて、その川の向こうには田んぼと山がありました。しかし、私が小学校に上がった高度経済成長の最後の頃から(1970年代)突然その風景が崩されていったんです。山が削られてその削った土で川が埋められて、もう今は本当にちっちゃなドブ川になってしまいました。そんななかで、無くなっていく自然に対してものすごくなんていうんやろ……悲しみじゃないけど、シンパシーみたいなものを感じていました。
一方で、九州はやはり公害のニュースが多くて、学校の先生たちも公害事件みたいなのがやっぱりあっちゃいけないよねっていう視点でよく話をしてくれました。突然川が汚れました、大気が汚れましたといって、本人のせいじゃないのに肺炎になったり、骨が折れたりっていうのは、やっぱり許せないなという気持ちが随分ありました。中学生になったときぐらいにはもう地球を守るような仕事をしたいと思っていましたね。
そして、高校生のときに、イルカとクジラの体内に高濃度の農薬が蓄積されているということをテレビで見て、海沿いで育った身としても海が汚れるのはまずいという感覚が湧きました。そこで、化学物質と野生動物の関係から環境汚染について学ぼうと進路を決めました。
大学時代は、ソビエト連邦が崩壊してシベリアに調査へ入れるようになった時期だったこともあって、バイカル湖のアザラシが大量死した謎に立ち向かうプロジェクトの一端を担わせてもらいました。
そのあと、環境ホルモンが世界的に問題となった90年代の終わり頃、東京農工大学に就職しました。それ以降は、植物や土壌の汚染についても研究するようになって、今では動物も植物も土も水も扱えるようになりました。
シリアスだけどワクワクする
―研究をされているなかで、こういう瞬間があるからやめられないなといったおもしろさはどういう時に感じますか?
環境汚染の研究をする上では二面性があって、もちろんモチベーションの一番大きいところには、地球を守りたいとか、人の健康を守りたいという気持ちがあるんやけど、その話をすると結構シリアスな話にもなってしまう。その一方で、研究をやり始めると、本当にワクワクするというか、面白いことがたくさんあるんですよね。
自然界の中には不思議なことがたくさんあって、なんでこんなことが起きているんだろうっていう謎を解き明かしたときは、やっぱり感動します。変な話ですが、道を歩いていて化学物質が溜まっている場所がわかるようになるなど、自然を見る目が変わるのも面白いです。
―研究者として大事にされていることやこだわっていることは何ですか?
精度管理が一番大事です。やはり信用があっての研究なので、例えば、あの研究室はちょっと偏った思想があるんじゃないかとか、汚染元素の数値を高く出しているんじゃないのと疑われたらアウトです。客観性という意味で精度管理は我々の生命線です。
また、人とのコミュニケーションと思いやりも大事にしています。共同研究者や学会で先生方と一緒にいるときに、どこまでその人たちと話ができて、関係を築けるかというのは、実は研究者としても一番求められているように思います。そのためには、少なくとも自分のテーマに関しては、どこから質問があっても答えられる状態にしておくことが重要ですね。
気づく力を磨いてよりよい地球にしていこう
―環境問題に対して今日からでもできることはありますか?
急に生活を変えることは難しいと思うので、まずは気づくことだと思います。例えば、ニュースを見ながら、これってちょっとおかしいんじゃないのと批判的に気づく力を磨いていくことは、日常のなかで意識した方がいいと思います。
気づく力は能力なので、使わなかったら錆びてしまいます。授業でも質問コーナーをものすごく大事にしていて、学生には簡単なことでもいいので、人の話を聞いたときには必ず1~2個は質問を考えるようにと伝えています。
―最後になりますが、研究を通してどんな未来を残していきたいですか?
宮沢賢治の言葉に「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」というのがあるんやけども、一番大きな夢は、誰も傷つかなくて、みんなが豊かに暮らせるような地球があればいいなと思います。環境を守って、自然を守って、そこで共存して生きるような、そういう人類であってほしいですね。そのためにも、ちょっとでも共感してくれた学生さんたちの意識に種をまくようなことができればいいなと思っています。
文章:すだち
インタビュー日時:2022年8月27日
インタビュアー:すだち
※インタビューは感染症に配慮して行っております。
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