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【創作】糸を切る

『お母さんは最低だよね』
『こんなお母さんいないよね』
『ごめんね、こんなお母さんで』

ゆっくり寝て平日の疲れを取るために買った遮光性の高いカーテンのおかげで、休日の朝に日光のせいで目覚めることはなくなった。しかし、今日はスマホの通知音で目が覚めた。

「う…」

声もまともに出ないくらい寝ぼけた状態で重たい体を起こしたが、自分を起こしたのが通知音だと気づいた時、画面を見る前に誰からの連絡なのかを察し、心臓がバクバクと音を立てて、眠気など一気に飛んでいった。

画面を見ると、やはり母からだった。
「お母さん」の差出人名と、母が母自身を傷つけるためのネガティブな言葉の羅列の通知に呼吸が浅くなるのを感じた。

夢ならいいのに。

顔認証で開いてしまう便利なスマホが今日は憎い。見たくもない、既読をつけたくもないメッセージが表示されてしまう。

時刻はいつも起きる時刻よりも1時間早い、4時30分だった。どうりで、日光では目覚めないわけだ。

既読を付けてしまったら終わり。母からのメッセージは止まることがない。

『お母さんね、最低だよ』
『こんなお母さん、恥ずかしいよね?』
『お母さん生きてていいのかな』
『家族に迷惑かけて、生きてる意味ない』

呼吸はどんどん浅くなり、脂汗が顔を伝うのを感じる。でも私の体は麻痺したようにスマホから目を背けることが出来ない。

『そんなことないよ』
『お母さん1回落ち着いて』
『大丈夫だから』
『私がついてるよ』

震える手で返信を打つ。

『ごめんね、ごめんね』
『電話していい?』

『いいよ』

「もしもし。」

「ごめんね、こんな朝早くに、最低だよね。」

「そんなことないよ、1回深呼吸しようね。」

はあ、はあ、と過呼吸に近い母の呼吸が聞こえる。私は自分の呼吸が浅いのを悟られないように布団を握りしめる。

「お母さん、最低だよね、あんなメール気づいて当然なのに。」

事の始まりは、2か月前だった。

久しぶりに会う大学時代の後輩と2人で食事をして、2人ともほどよく酔いが回ったあたりで、実家からの着信があった。母との連絡はいつもメッセージのため、電話はなにかの緊急事態ではないだろうか、と後輩に断りを入れて急いで店の外で電話に出た。

「もしもし?どうしたの?」

「どうしよう、お母さん、とんでもない事をしてしまった!どうしよう!」

焦る母の声色に心臓が痛くなった。胃のあたりがドクドクと波打つような感覚が、酔いからではないことは、鏡になっているビルの柱に写った自分の顔が酷く青ざめていることで十分に認識できた。

「どうしたの?落ち着いて!」

「お母さん、変なメールに気づかなくて、そこに書いてある金額を振り込んじゃったの」

ぐるぐると視界が回る、でもこれを母に悟られてはいけない。

「いくら…?」

「50万」

なんて言おう、私の反応次第では母はもっと錯乱する。馬鹿なフリをしよう。

「まだ、3桁じゃなくて良かったじゃん!」

「でも、お父さんもお義母さんも、皆おかしいって、言う。普通は気づくだろうって…」

そりゃそうだ。

「今度から、気づけるようになったら大丈夫だよ。不安だったら私に全部聞いてからでも、構わないからさ。」

なんて言ったらいいか、正直分からなかった。
分かることは、あの時、実家には、母の味方がいなかったこと。泣きながら過呼吸みたいになる母をなだめ、電話を切ると同時に、ああ…またか…と思った。

幼い頃から、私が「楽しい」という感情を抱く度に、家族に「嫌なこと」が起こるといういわば呪いのようなものに縛られていた。幼稚園の遠足終わりには、祖父が倒れ、他界した。修学旅行から帰ると弟が父親から怒られていて、家中に怒鳴り声が響いていた。吹奏楽のコンクールで金賞を取ったあと、家に帰ると同居していた伯母が母に嫌味を言っていた。大学に受かってほどなくして祖母が他界した。

大なり小なりあれど、私が「ああ、嫌だな、悲しいな」と感じる家族の出来事は、いつも私の「楽しい」の感情の後に来た。この日もそうだった。幸いこの日は後輩がいたから、忘れるために浴びるように酒を飲んだ。忘れられるはずなどないのだが。

(続く)

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