サンドイッチとウィンナー23
母子家庭だって言ってた。お兄さんの話なんか一度も出なかった。それに昔の話だ。でも、確信した。関口君だ。そういえば図書館での勉強の合間、関口君は昔の新聞とか昭和の記録本とか眺めていることがあった。
「そんなのに興味あるんだ」
「へへ。時事問題の勉強な。知ってた、昔って電話引くのに十万くらいかかったって」
「へえ、そうなの」
記憶が鮮やかに蘇る。
関口君は私の学校の名前を訊かなかった。でも何かの拍子に知ったのかもしれない。ノートとか教科書とか学校のプリントとか、どこかに学校の名前が書いてあったのかもしれない。体育祭や文化祭の日にちなんか言ったことがあるから、受験情報誌なんか見て、うちの学校が分かったのかもしれない。そうだ、そうに違いない。 関口君は、私にこの小説を読ませようとしたんだ。コピー用紙を両手で抱えて、私は最後に見た関口君の姿を思い出そうとした。
青いドレスを着た、酔って自分の力で歩けないお母さん。それを支える関口君。私を見たときの驚きの目。そして怖い目。石のように動かない私の足。
ーー他人なんか、優しくもなんともないんだ。
「トロッコ」のラストのことを関口君はそう言った。どんなことが関口君にあったんだろう。どんな暮らしをしてきたんだろう。何も知らないけど、この小説にぜんぶ書いてあるような気がした。小説には嘘がある。関口君の小説にも、嘘がいっぱいある。でも、この少年の気持ちは本物だと思った。そんなほんとの気持ちを書ける関口君をすごいと思った。
中学校の生徒が他の中学校を直接訪ねるのは禁止だった。禁止でも行ってみたかった。でも、行って会えるかどうか分からない。向こうの学校の先生が出てきて追い返されるかもしれない。それに図書館に来ない関口君が、私が行っても会ってくれるとは思えなかった。直接会ってくれるなら、図書館に来るはずだ。じゃなぜうちの学校に部誌なんか届けたんだろう。分からない。どうしていいか、分からない。ただ、関口君の小説を読んだこと、私に届いたってことだけは、なんとかして伝えたかった。それだけは、どうしても。
私は小説の感想を中学校の文芸部付けで送ることにした。つたない、まるで読めてない感想でもいい、私に届いたってことを伝えたいと思った。私は階を降りて、眼鏡さんからもう一度部誌を借りて全部コピーした。家に帰ってから、一つ一つの詩や小説を読んで、コメントを書いた。関口君のものだけ書くのは、部誌を作った人たち、関口君にも、失礼な気がしたからだ。素直に、なるべくいいところを見つけながら書いた。こんな経験は初めてだった。いろんな作品があった。私から見ても出来のよくないもの、頭でっかちに書かれたもの、ファンタジーめいたもの、ミステリーっぽかったりホラーだったり。いろいろ読む中でやっぱり関口君の小説が、なんていうか、一番落ち着いて読めた。この小説だけ違って見えた。
手紙を送って一週間くらいして返事が来た。通りいっぺんの感謝の気持ちが書いてあった。筆跡は、関口君のものではなかった。