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四十帖「御法」角田訳源氏(愛され続けた女)

 紫の上が死ぬ。四十三歳でした。四十は初老です。昔ですから、初老感強かったでしょう。三歳過ぎたとはいえ、老いに入る前に、つまり美しいまま紫の上は亡くなったのです。ちなみに源氏は五十一。

 紫の上に子はいません。源氏の恋人の子供たちを養女として育てます。六条御息所の娘、前斎院をお世話し、冷泉帝の中宮とし、明石の御方の娘も立派に育て上げ、東宮の妃として御殿にあげ、彼女はのちに中宮となりました。しかしあくまで母代わりで、母ではないのです。ですからポコポコ子を産んだ雲居雁のように、お母ちゃん感はありません。母でなく女として死にました。
 身分で言えば、正妻格ですが正妻ではありません。だから皇女である女三の宮が入ってくれば、下に控えざるを得ない。が、まあ女三の宮が、まるでお子ちゃまだったんで、その座は揺るぎませんでした。宮はすぐに出家しますし。

 源氏の正妻は亡くなった葵の上で、源氏とは疎遠な間柄でしたが、夕霧という子が生まれています。女三の宮の幼さに源氏は呆れ気味ですが、二人の間には薫が産まれます。薫が柏木の子と紫の上は知りません。きっと紫の上の心中は穏やかでなかったと思います。

 整理しときましょう。源氏の子は六人です。
⭐︎実子
①冷泉帝(男)  母は藤壺 
 源氏18の時の不倫の子
 朱雀帝の子として育つ
②夕霧(男)  母は葵の上 
 源氏23の時の子
③秋好中宮(女)  母は明石御方
 源氏28の時の子

⭐︎血のつながらぬ子
④薫(男)  母女三の宮 父柏木
 源氏48  不義による子
 源氏の子として育つ
⑤秋好中宮(養女)
 六条御息所の娘
⑥玉鬘(養女)
 夕顔の娘

 夕霧に12人の実子がいるのに、源氏の実子は3人。しかも一人は名乗りあえぬ身。少ないのです。
 紫の上は、子を産めなかったことに引け目を感じていたかもしれません。が、それゆえ最後まで源氏の恋愛対象であり続けられたとも言えます。義母でありながら、夕霧もずっと憧れを抱いています。

 その辺、源氏の愛情に敏感な六条御息所は、よくわかってました。
 最初に取り憑いた夕顔は、源氏の一目惚れ。秘密の宿まで連れ出した。ムキー! 若けりゃいいのかって嫉妬する。で、取り殺す。
 次に葵の上。源氏の正妻なのに源氏に冷たい。なに、それってアタシらのせい? 一番いい位置にいるのあんたじゃない。ムキー! で、取り殺す。
 そして紫の上。あんたずーと源氏とラブラブで、源氏ははどんなフラフラしても、最後はあんたんとこで収まって、ムキー! 女三の宮がお嫁さんに来て、やった! これであんたも嫉妬する側や、と思ったら、あいつ全然戦力になんなくて、もうアタシがやったるわって、ムキー! ムキー! て、取り憑いて殺したった。したら、源氏が坊主の修法で生き返らせよる! 頭きたんで二、三日、女三の宮にも取り憑いたったわ!
 てな具合ですかな。紫の上は不惑近うになっても、御息所から嫉妬されるほど源氏に愛されとったわけです。

 思えば10歳の時に、北山から源氏に誘拐され、親の愛も知らず、源氏以外の男から言い寄られることもなく、三十年御殿の中で暮らし、源氏のために生きた人生でした。最後、出家したいという唯一の我儘も源氏に許されず、不幸だったのか幸せだったのか。
いや、身分も美貌も財力も芸術的センスも才能も政治力も人望も、全部兼ね備えた男が、生涯愛し続けた女であれたことは幸せだったのではないでしょうか。

うむ、それは紫の上にしか分からぬことですか……。






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