【グラミー賞2025】ジャンル審査の混沌
2025年2月に予定される第67回グラミー賞のノミネーション投票がはじまった。スターだらけの今回目立つのは、流行りのクロスオーバー出願の混乱の形跡だ。グラミーの選考では、まずアーティスト側が希望カテゴリとともにエントリ作品を提出し、それらを各ジャンルの委員会が部門に適格かどうか審査したのち、有権者向けに「候補の候補」リストを配布し、第一投票が開始される。ノミネーション発表は11月、勝者を決める最終投票は12〜1月に予定されている。この間、アーティストたちはメディアでエントリ曲を歌ったり語ったりして選挙運動を行っていく。
ジャンル出願と審査は第一関門だ。ジャンル部門では、領域によって勝率が激変してしまう。たとえば今回、南アフリカ出身歌手タイラのアルバム『Tyla』はグローバル部門から落とされポップ部門に移された。ポップスターが揃い踏みするこの領域は最も競争が激しく、候補5枠はほぼ埋まっている。筆頭候補たるアリアナ、サブリナ、チャペル、テイラー、ビリーのいずれかが落選したとしても、タイラが争わなければいけないのはデュア・リパやベンソン・ブーンだ。グローバル部門のほうが楽に指名されただろう。対して、同ジャンル申請が通ったナイジェリア出身歌手アイラ・スター『The Year I Turned 21』は、対抗馬からタイラがいなくなったことでポテンシャルが増加する。
こうした波乱があるからこそ、グラミーの出願は重要で、アーティスト陣営の個性も感じられたりする。今回とくにカオスなので、ヘッダー6人にくわえて千葉雄喜エントリで話題のラップ界隈のエントリを見てみよう。
サブリナ・カーペンター / Island
ヒット連発中のサブリナ・カーペンターはお手本のような出願だ。ポップカントリーのクロスオーバー出願をひとまず合格させてみせた。ROTYとSOTYの分散は賛否両論だが、指名だけでなく勝ちを望むならこうなるだろう。「Espresso」はグラミー支部幹部の演奏を備えており「Please Please Please」には変わったキーチェンジ、ニュアンスに富んだ物語調のリリックがある。
目玉は同僚のチャペル・ローンとのBNA=新人賞激戦だろうが、今のところ選挙運動ではサブリナが目立っている(グラミー美術館で貴重な未公開新曲の披露、非公開グラミーイベント出演、指名投票開始直後のROTY出願曲のTV歌唱と朝のニュース登場等)。同じく選挙運動に熱心でジャズ&ソングライターから支持されそうなRAYEが候補に入った方が面白いかもしれない。
チャーリーXCX / Atlantic
文化現象「brat summer」で米大統領選挙にまで進出したチャーリーXCXも熱心なキャンペナーの一人だ。米南部ナッシュビルまで飛んでグラミーサミットで一時間講演し、グラミー選挙用特設サイトまで立ち上げている。
ただし出願は驚きを呼んだ。看板曲「360」がジャンル領域に提出されていないのだ。もしかしたらダンスエレクトロ部門審査で落とされたのかもしれない(ここは基本的にシンガーではなくDJ向けのカテゴリだが、一昨年にはビヨンセ「BREAK MY SOUL」が許可されて受賞していた)。
「360」が最有力とされていたダンスポップ部門に提出されたのはEDMの「Von Dutch」。同じく有力とされたデュア・リパの場合、前年授賞式で先行ステージまで行ったにもかかわらず何故だか不在。ダンス領域の審査が厳しくなった可能性がある。
アリアナ・グランデ / Republic
「敗ける出願」といえばアリアナ・グランデだったが、今回は選挙運動に力を入れており、出願も完璧に近い。たとえば、モニカ&ブランディ客演「the boy is mine remix」がポップデュオに入ったのは幸先が良い。R&Bスターをまねいたアーバンラジオヒットではあるが、同畑の会員が身内の熟練者を好む一方、ポップ会員はアリのような歌唱派ポップディーバを愛する。第一投票期間にあわせたライブ連載もボーカリストとしての強みを際立たせるだろう。
出願が仕上がっているぶん、運にも恵まれた。ポップデュオ部門では、高齢支持を得るビートルズが抜けて(後述する)ビヨンセとテイラーのサドンデスが決定したため、アリアナが入る余地が広がったのだ。ダンスポップ部門にしても、チャーリーの選曲とデュア不在によって「yes, and?」が事前予想より有利になる。
ビリー・アイリッシュ / Interscope
グラミーダーリンことビリー・アイリッシュの曲作りに焦点を当てたキャンペーン品質は言うまでもないが、出願は控えめ。ダンスポップ部門にエクステンデッド版を入れたサプライズに出た一方、ロックラジオ史上最高のナンバーワン獲得記録に貢献した「LUNCH」はMV部門のみ。ほかにもオルタナ調の人気曲を持つにもかかわらずポップ領域におさめるミニマルなエントリだ。このあたりの波風立てない姿勢はケイシー・マスグレイヴスと似ている。
ビヨンセ / Columbia
グラミーといえばこの人、大胆なクロスオーバー出願により史上最高の受賞・指名数を達成した戦略家だ。しかし今回は約15年ぶりに変。因縁のカントリーには合格したが、実質的な当該ジャンルであるアメリカンルーツ、支持基盤のR&Bは一つだけ。どうやら「BODYGURD」がR&Bパフォ、「LEVII'S JEANS」が伝統R&Bで落とされてポップに移されたらしい。
主戦場となるカントリー部門の指名争いは厳しいかもしれない。単純に今年度の有力候補が多いのだ。アルバムに限っても、5枠をこえる数のアワード強者がつどう(ウィリー・ネルソン、スタージル・シンプソン、クリス・ステイプルトン、ケイシー・マスグレイヴス、コーディ・ジョンソン、ポスト・マローン、ミーガン・モロニー、ルーク・コムズ、レイニー・ウィルソン他)。
前作『RENAISSANCE』関連作のおみっとはまだわかるとして、今作にかぎれどエンジニアやインストに提出されておらず、現状キャンペーン広告すら見あたらない。どれだけノミネーションを獲得できるか、それを本人が欲しているのか謎な雰囲気だ。
テイラー・スウィフト / Republic
ビヨンセのカオスに巻き込まれたのがテイラー・スウィフト。一部門一アクト制のポップデュオ部門に同じポスト・マローン客演の「LIIVI'S JEANS」と「Fornight」が並んだことで、どちらかが必ず落選するサドンデスが発生した。ポップ会員はビヨンセ好きな傾向にあるためやや不安ではあるが、よりヒットしたテイラーの方が優勢だろう。前回にしても「Karma remix」によってピンクパンサレス「Boy’s a liar Pt. 2」とのアイス・スパイス客演サドンデスを征している。
テイラーの出願自体は普通だ。選択を挙げるなら、激戦のポップソロ部門にリバイバルヒット「Cruel Summer」のライブ版を提出しなかったこと。ただ、新しいもの好きなポップ部門だとこうした延長技旧作は強くない印象がある。
ケンドリック・ラマー / Interscope
ヒップホップ王者ケンドリック・ラマーはメガヒットに絞ったシンプルな提出。一般、ジャンル部門ともに自身が客演したメトロ・ブーミン&フューチャー「Like That」とかちあうことになる(メトロのメロディック出願は「We Still Don't Trust You」)。ライバルのドレイクはボイコットした。
ミーガン・ジー・スタリオン/ Roc Nation
「敗ける出願」ラッパー代表格のミーガンは今回も変だ。MTV VMAs、BET HIPHOPで前哨成績を積んでいった千葉雄喜客演「Mamushi」がパフォーマンス部門にいる。ここはケンドリックが強すぎるので、彼が来ないメロディック部門こそ勝利の道だった。なにより、ヒット曲で混み合うパフォ部門に自曲2つ出してしまっては票分割による共倒れの危険がある。流石におかしいので「Mamushi」のメロディック出願が落とされ移動させられた戦略ミスな気がしている。日本ラップスターのグラミー受賞は先になりそうだ。ちなみに、パフォーマンス部門とは一般的なラップが対象で、メロディック部門の場合、厳密には非ラップジャンルのメロディ要素が条件。裏返せば、Koshy製の「Mamushi」ビートはほかならぬ「ラップミュージック」だとグラミー賞に認められたことになる。