グラミー賞ノミネーション:審査委員会の功罪とトニー・ベネット
2022年開催、第64回グラミー賞候補が発表されました。エントリー時点で色々言ってたわけですが、今回大きいのは、ノミネーションを調整する選考審査委員会の廃止、主要4部門拡大であります。個人的な印象は、一部カオスを発生させながらもそれなりにうまく調節したな、と。BIG4を10枠にしたことで「アワードの色」を守りながらポップヒット候補の数を増やした感じ。メイン部門は「グラミー好み」+「ロングヒットしたポピュラーソング(特にラジオ人気、ただしラップ系は不利)」構図がキープされています。しかし、そのなかでプラスアルファになりうるのは、委員会廃止による「大御所」の復活(疑惑)です。
なんといっても、新体制で主役に躍り出たのがジャズの大御所トニー・ベネット&レディー・ガガ。もともとポップデュオの有力候補でしたが、ROTY&AOTYを含めた6部門ノミネートを達成。ビリー・アイリッシュがはずれたエンジニア部門、さらに普通の内容だったにも関わらずミュージックビデオ部門にも食い込んでいます。
(Complex Musicより拝借)
猛威によって受賞予想も増加しています。BIG4は枠増加によりポップスター混戦状態なので、有力候補であるビリーやオリヴィア・ロドリゴは票を食い合うリスクがある。一方、伝統的な大御所アーティスト好みの高齢会員層が(ステージ引退を発表した)ベネットへのリスペクトで票を固めきれば競い勝つポテンシャルが生まれます。まぁグラミーって受賞を予想できない環境にあるので全然わからないんですが。この票システムうんぬんは拙著のケンドリック・ラマー章を読もう!
御年95歳のトニー・ベネットはグラミー賞主要4部門ノミニーの最高齢記録を達成したようです。初受賞は1962年の第5回(!)グラミー賞で、総獲得数18。まさにアワードの歴史と共にある伝説なわけですが、面白いのが、彼は今回廃止された選考審査委員会と縁あるスターでもあるのです。「有権者投票でノミニー候補TOP20を決める→20のうちから秘密委員会がノミニー決定」……みたいなかたちの制度が本格調整されたのは、オルタナやヒップホップが軽視されてレイ・チャールズなど大御所アクトが受賞する傾向で不満を買っていた1990年代ごろ。第37回、すでに大御所だったベネットがライヴアルバム『MTV Unplugged』でAOTYを獲ったがために会員内でも大荒れ論争になり、委員会制度が固められていったと伝えられています。つまるところ、悪名高いグラミー賞の選考審査委員会とは、成り立ちからして「得票しやすい大御所が勝ってしまうパターンの抑制」機能/目的があったわけです。これ以降、ベネットはBIG4候補に入らなくなりました。そして2022年、当の委員会が批判によって廃止された瞬間、ベネットがBIG4に帰還しました。
「委員会廃止の恩恵を受けたアクトはトニー・ベネットとABBA」と分析したBillboard Mediaは「廃止でノミネーションを逃したのはWizkid」とも推定しています。ネイジェリア人として初のHOT100のTOP10に入ったロングヒット「Essence ft.Tems」はROTYまたはSOTYのトップ20候補には入っていただろうから、委員会があったらノミニーに回していただろう、と。確かにこの曲ってグラミー受けと大衆受け、音楽ファン受けが合致している人気曲ですよね。あと委員会が好みそうなロングヒットはギヴィオン「Heartbreak Anniversary」でしょうか。
選考審査委員会廃止によるノミニー変容ってあと数年は見ていかないとなんとも言えないんですが、むしろ廃止によって「グラミー賞が好む大御所」がより強くなってしまう可能性はなきにしもあらず。グラミー賞に不満がある層はベネット&ABBAよりもWizkid&ギヴィオンを好んだでしょう……。ただですね、選考審査委員会が結構大事ってことはわかる(し他の音楽アワード番組のほうが「出てくれたらあげる」状態)なんですが、廃止に至ったきっかけは驚愕のThe Weekndゼロノミネーション事件であり、同年は受賞結果への関心そのものが減少してしまう展開を迎えていたわけなので、体制変革は妥当な流れだと思います(定期)。