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『ディズニーCEOが実践する10の原則』前半:五輪パワー、『ツインピークス』の成功と失敗、ディズニー内紛
2005年から2020年までウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOを務めたボブ・アイガー著『ディズニーCEOが実践する10の原則』(早川書房)。訳者あとがきにもあるように「ディズニーをメディア帝国に変えたCEO」「買収の神様」「コンテンツとテクノロジーを結びつけたCEO」と呼ばれたエンターテインメントの王の自伝です。ということで、ささっと面白かった点を紹介していきます。まず、ディズニーCEOになるまでを描いた前編。オリンピック放送やデヴィッド・リンチのドラマ『ツイン・ピークス』成功と失敗など。スティーブ・ジョブズによるピクサーやマーベル、『スター・ウォーズ』シリーズのルーカスフィルムを買収した内幕に迫る後半の感想はこちら。
序章:美しいストーリーテリング
1951年生まれ、ロバート・アイガーの幼少期からの道のりがつづられるこの本。プロローグは、すでにディズニーCEO引退を前にした2016年から始まります。11年のキャリアの集大成として遂に開演した上海ディズニーランド。元々、彼はこれを期に彼は引退する予定でした。1998年から始まった18年来のプロジェクトにて、唯一残ったオリジナルメンバーであるアイガーが会った中華人民共和国の国家主席の数は3人、上海市長は5人。協力していた共産党幹部が汚職で逮捕されて失踪してしまったがために、2年ほど頓挫したこともあったとか。それほどまでの苦難を経て、ついに開演セレモニーを前にしたそのとき、アイガーに報せが入ります。オーランドのディズニーワールド付近のナイトクラブで銃乱射事件が発生。ディズニーのパート社員ふくむ50名以上もの死亡者を出したこの事件の犯人が、ディズニーワールドそのものを標的にしていたことがスピーディーに発覚していく。そして上海ディズニーワールド開演前のVIPインビテーションを行っているとき、オーランドのディズニーワールドで子どもがワニに襲われた連絡が入ります。ディズニー史上最大の投資がなされた上海パーク開演のお祝い、そのさなかの途方もない悲劇。「夢の王国」CEOとして、アイガーはどうすればいいのか?
開始早々、惹き込まれます。エンターテインメント王国、そのなかでも「良質なオリジナルコンテンツ」創出に信念をかけたパワーハウスの貫禄さながらのストーリーテリング。リーダーシップを語るビジネス指南本になっていますが、単純に物語として面白い文章になっています。であるから、その魔法のような(ときに他のビジネスパーソンの欠点も明かされる)サクセスストーリーは全面的に信じられるものではない、と心のブレーキもかかるのですが。
1〜2章:ABCネットワークとオリンピック
(1970年代の)当時のテレビ業界は今とはまったく違っていた。今よりいい面もあった。競争は単純で、世界は今ほど細分化されていなかった。世界一般に共通する基本的な事実というものが存在し、その共通認識の周りに多くの人が共感するアメリカ的な物語が存在した (第一章 下っ端時代より)
1970年代、アイガーはABCネットワークの下っ端として入社し、人気テレビ番組の製作に関わっていきます。インターネットが普及する前、コンテンツ業界にとっていろんなことが単純だった時代。まぁアイガーはその後のカオスな2010年代で成功をおさめた人なので、しっかりと「粗暴なハラスメントの横行」など、当時の悪い面にも触れています。そしてABC花の部門であるスポーツ分野へ移籍。共産圏の放映権取得のために世界を飛び回ったことで「鉄のカーテンの向こう側にいる人もまた普通のアメリカ人と同じ夢を抱いてること」を肌身で感じるなど、その後のディズニー帝国グローバル志向およびコンテンツ主義につながるエピソードも出てきます。ABCスポーツ部門で出会った師匠が、ルーン・アーリッジ。スポーツイベントをただ放送するのではなく「スポーツ競技の陰にある人間ドラマ」を強調した「物語」演出手法をもたらした偉人だそう(これ今の日本でも普通になってるスタンスですね)。また、古きものを嫌い、新たなテクノロジーをどんどん採用していった人でもあるらしく、ストリーミング・サービスDisney+の野望を叶えたアイガーの原点かもしれません。
そして1988年、アイガーはカルガリーにて冬季オリンピック放映を担当。気候の問題によって競技が次々と中止されるハプニングに見舞われるのですが……ここで面白かったのが、アメリカのネットワークとして五輪委員会になんとか融通をきかせたかったものの、既に大きな借りをつくったあとだった、という説明パート。
アイスホッケーの対戦相手を決めるくじ引きで、アメリカは最初の二試合で世界最強チームと当たることになってしまったのだ。どちらの試合にも負けることが予想されたし、そうなると視聴者はガクンと興味を失ってしまう。そこで私は世界中を飛び回り、各国のアイスホッケー協会やオリンピック委員会と交渉を重ねて、もう一度くじ引きをしてもらうよう説得したのだった。そして今また、カルガリー・オリンピック委員会に毎日何度も電話して、プライムタイムに何か放送できるよう競技のスケジュールを変えてもらえないかと頼み込んでいた (第二章 大抜擢より)
はい。これ、巷でささやかれる「オリンピックにおいてアメリカの放送局の権力は莫大」説の一例になっております。そもそもこの権力説はそう隠されておらず、アメリカのマスメディアでも普通に記事にされるくらいなんですが、「状況説明の小話」として自国有利な対戦カード変更がさらっと出されるレベルなんだ……と驚きました。
3章:TVドラマにおける『ツインピークス』の成功と失敗
オリンピックでの活躍後、ABCエンターテインメントの社長となったアイガー。そこで出た大きな賭けが、すでに『イレイザーヘッド』などでカルト映画作家とされたデヴィッド・リンチによるドラマシリーズ『ツイン・ピークス』の放送。1990年ごろはネットワークテレビ局の環境が変化した時期でした。まずケービルテレビが斬新な番組を次々と作りだし、新たなネットワークのフォックスも誕生。さらにはビデオゲームも拡大し競合が増え……etc。そのため、三大ネットワークに寄せられる「退屈で二番煎じ」イメージを打破するために、前衛的すぎる『ツイン・ピークス』を放送し、独創性を打ち出す策に出たのです。もちろん局の幹部からは反発もされたものの、放送が始まる前からメディアの注目を浴びることに。なんと、話を聞きつけたスティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスからもアイガーに連絡をよこしたそう。今より「映画に比べて二流」扱いもあったテレビドラマに大監督が食いつくなど、当時は異例。それだけ『ツイン・ピークス』はインパクトが大きかったようです。
始まってすぐに社会現象となった『ツイン・ピークス』ですが、半年ほどで勢いは停滞してしまいます。リンチに自由な創作権限を与えたがために「誰がローラ・パーマーを殺したか」をはっきりさせないまま無関係のエピソードがつづき、視聴者にイライラがたまっていったといいます。ここで面白かったのが、(ビンジ可能でCMや時間も気にしなくていい)ストリーミングが普及した今はまた異なるでしょうが、1990年代当時の映画とTVドラマ製作のちがい。
デビッドは今も昔も素晴らしい映画監督だが、テレビドラマの制作者としては失敗だった。テレビ番組を制作するには、組織を管理する能力が必要になるが(締め切りに間に合うように脚本を書き上げ、撮影クルーを管理し、すべてをスケジュールどおりにきっちり進めなければならない)、デビッドにはその能力がなかった。ドラマの筋書きにも管理能力は必要だ。映画なら観客を二時間釘付けにして、いい体験をさせ、心を躍らせながら映画館をあとにしてもらえばいい。シリーズもののTV番組の場合には、視聴者が毎週、また毎シーズン戻ってきてくれなければ困る (第3章 首位奪還より)
『ツイン・ピークス』を創造したリンチは、多くの視聴者が求める「殺人犯の正体(謎解き)」を最重要とせず、「殺人犯は謎のまま町や人物のいろんな側面が浮かび上がるようにすること」こそ作品の肝だと捉えていたそう。しかし、アイガーらネットワーク側との交渉により、第二シーズンの途中で殺人犯の正体を明かすことで合意。しかし、犯人発覚後は方向性を失った作品がグチャグチャに。アイガーは製作チーム変更(つまりリンチ解雇)も考えますが、結局放送時間をマイナーな土曜夜へ移すことにしました。こうしたクリエイティブを毀損するような行為にリンチは激怒し「アイガーが『ツイン・ピークス』を殺した」と糾弾するまでに至りました。アイガー自身も、このときの選択が成功だったか失敗だったかわからない、として、クリエイティブ人材管理の難しさを語るのでした。
4〜5章:ディズニー入社と内紛
Happy 90th. Birthday Mickey and thanks Walt!#Mickey90 pic.twitter.com/gBiKxcomX4
— Robert Iger (@RobertIger) November 18, 2018
1985年、ABCネットワークがそう「業界」っぽくないキャピタル・シティーズ社に買収されたことで、アイガーは独創的で新進的な企業文化の学びを得ていきます。しかし1996年、あらたな親会社となった大企業はかくも官僚的で……ということでスタートするディズニー編。そこでCEOを務めるのは『リトル・マーメイド』や『ライオン・キング』など、ウォルト・ディズニーなき新時代「ディズニー・ルネサンス」を築いた巨人マイケル・アイズナー。1984年から1994年にかけてディズニーの利益は4倍、株価は1,300%上昇するなど、同社を「近代的な巨大エンターテインメント企業にした」のがこのアイズナー。しかしアイガーがナンバーツーとなる1995年ごろには、オリジナル作品ヒットは減少して色々大変だったようで。アイガーが書くには、テーマパークの微細な点に執着するアイズナーの長所が悪い方向にも働き、マイクロマネジメントに集中しすぎて大きな決定が中々できない官僚的企業に陥っていたよう。あとあとも登場するケーブルテレビ大手コムキャストに買収を仕掛けられる事件も発生します。結局完遂せず終わったのですが、その理由が興味深かったですし、今もそうかな、と感じます。
これらの出来事すべてに影響していたのは、マスコミで報道されていた買収劇に、世の中の人たちが反対していたことだ。「ディズニー」はいまだにアメリカ人の心に響くブランドで、それが巨大ケーブル事業者に飲み込まれるのを消費者は嫌ったのだった(第6章 内紛)
マイケル体制では内紛も置きました。ウォルト・ディズニーの兄ロイ・ディズニーとの仲が悪化して裁判沙汰にまで発展したのです。その後、CEOとなったアイガーがロイの気持ちを重んじて、なんとか解決……みたいな美談になるんですけど、この親族との争いって今もつづいてるんですよね。当のロイの孫アビゲイルは2020年現在もウォルト・ディズニー社の搾取的な体制を批判しています。ページの都合もあるのでしょう。うがった見方をすると、こういうアイガーさんに都合の悪そうな情報はそんなに書いてなかったりするのですが、ディズニーCEOになった第二部からの買収合戦では『スター・ウォーズ』ルーカス・フィルムとの怨恨が大変な修羅場となっております。ということで、この感想も第二部につづきます! ↓
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