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『ディズニーCEOが実践する10の原則』後半:嘲笑されたマーベル買収、スターウォーズの悲劇、大統領への野望
ボブ・アイガー著『ディズニーCEOが実践する10の原則』(早川書房)の感想Part2となります(Part1はこちら)。ディズニーCEOをつとめた2005年〜2020年期ということで、スティーブ・ジョブズのピクサー買収、マーベル買収、『スター・ウォーズ』のルーカス・フィルム買収……などなど豪華仕様。
7〜8章 ディズニーCEO就任と3つの指針
ディズニーCEO就任争いに勝利したアイガーさん。外部から招致する案もあったようで、eBayの元CEOメグ・ホイットマンも候補に入っていたようです。テクノロジー小売だから?
低迷期のナンバーツーだったため、CEO就任前後は過小評価されていたアイガーさん。そこで「未来」を築くディズニー3本の柱を打ち立てます。これ、『アナと雪の女王』やMCUを打ち出し、自己所有ストリーミング・サービスもつくったアイガー期ディズニー帝国に一貫された重要な指針と思われます。
1. 良質なオリジナルコンテンツ創出に時間とお金のほとんどを費やす
(コンテンツ量と配信経路が増えるなかでコンテンツの質、強力なブランドが最も重要となるため)
2. テクノロジーを最大限に活かす
(最新の配信技術が時代に適合するブランド価値を守る)
3. 真のグローバル企業となる
(中国やインドなど人口の多い地域を深掘りし、消費者に届けるための強固な土台を築く)
9章 Pixar買収とボロボロのディズニー
CEOになるも、2000年前半のディズニーはボロボロ。10年間、『ノートルダムの鐘』から『ホーム・オン・ザ・レンジ』まで、大ヒットしたオリジナル映画は皆無に等しかったそう。そこで、ディズニー最大のお得意さまである「12歳未満の子どもを持つ母親」層をリサーチしたところ、ディズニーとは比べ物にならないほどの好感度を得ていたのが『トイ・ストーリー』などのCGアニメーションを成功させるピクサーでした。当時、ディズニーは同社の配給権のみ持っている状態でしたが、アイズナーCEO期、スティーブ・ジョブズの怒りを買って関係は悪化……そこで新CEOアイガーさんが交渉に乗り出てピクサーを買収し、ジョブズと友情を築きます。このジョブズ譚こそ日本で一番の売りかな?と思うのですが。個人的に面白かったのは、アイガーが彼を庶民的な価格のディズニーホテルに連れて行って散々くさされたこと。つねに最高品質を追求するジョブズは「大衆向けの(高級感や完成度は高くない)プロダクト」にまったく理解を示さなかったそうです。あと、ジョブズ先生、息子さんと観に行った『アイアンマン2』は「酷い代物」としてお怒りだったそうです。これにアイガーさんは「めっちゃ稼がせてもらってるが?」と返したりしててウケました。
そしてピクサー買収。これ、のちの買収劇での信頼獲得にも影響をもたらしたようです。売るにあたりジョブズが重要視したのは「企業文化の維持」。当時(マーベルや『スター・ウォーズ』を持たなかったため)「アニメーションがうまくいけばディズニーもうまくいく」と考えていたアイガーにしても、ピクサーの芸術と技術を両立させる風土をそのまま持ち込み、ジョン・ラセターとエド・キャットマルに(ディズニー作品を)監修してほしかった。そのため、ビールパーティーまで条項に加えた契約を結んで、ピクサーの企業文化を侵さない買収を成功させました。
10章 嘲笑われていたマーベル買収
良質なオリジナルコンテンツ増加を筆頭とした「3つの指針」を打ち出すアイガーCEOは、小売ふくむ全ての事業分野で利用できる優良な知的財産権「IP」獲得のために買収リストをつくります。そこで最初に浮かんだ存在が、マーベル・エンターテインメント、そしてルーカスフィルムだったそう。そこではまず、謎につつまれるマーベルの経営者アイク・パルムッターを説き伏せなければならなかったのですが、アイガーの親友となったスティーブ・ジョブズが彼に「ピクサーの企業文化を壊さず買収してくれた」と伝えたことで無事買収完了。
ディズニーによるマーベル買収は、2009年当時は評価されていなかったようです。まずディズニー社内では「マーベルは際どすぎる」と拒否反応があった。そのときディズニーはオリジナルアニメーションで持ってたわけなので、ダークな側面も持つスーパーヒーローは企業倫理を犯しかねなかったわけです。また、アイズナーCEO期は、著作権を厳密に管理したり、たとえばミラマックスのマイケル・ムーア監督『華氏911』リリースに難色を示すなど「ディズニーがコンテンツを支配して当たり前」的な感じだったよう。一方、ビジネス界隈でマーベル買収は嗤われていた、と。NBCユニバーサルの親会社ゼネラル・エレクトリックCEOに至っては意味がわからないと言い切り「どうして40億ドルも出してコミック本のキャラクターを買い漁るんだ? この業界から出てきたくなるよ」と漏らしたそう。オバマ大統領との大企業経営者ランチ会の帰り道では、コムキャストのブライアン・ロバーツから「マーベルのどこに価値がある?」と聞かれたとか。アイガーさんは、マーベルはIPの宝庫であること、すでに他企業が『スパイダーマン』などを映画化しているがまだまだ掘り出し物が眠っていると返答しました。今となってはアイガーさんのIP観、そしてケヴィン・ファイギにユニバース創造を託したことが完全に正解でした。
映画ビジネスはスリルと狂気に満ちている。ほかの伝統的な産業とは違う法則で動いている。直感だけに従って、賭けを続けなければならない。すべてがリスクだ。素晴らしいアイデアと一流のチームが集まっても、自分にはどうにもならないさまざまな理由で行き詰まってしまうことがある。脚本がうまくまとまらなかったり、監督とクルーの相性が悪かったり、制作会社と監督の方向性が違っていたり、思ってもみないような映画が先に公開されたりする。ハリウッドの華やかさにどっぷりと浸かりすぎて、自分を見失ってしまう人は多い。逆にハリウッド的なものをバカにし過ぎて、自分を見失う人もいる。私はどちらのケースも繰り返し見てきた(第10章 マーベル買収より)
このほかにも、前出パルムッターとファイギの抗争……というかハリウッド自体を見下していた前者がいじめまくってファイギが退職寸前にまで追い込まれた旨が語られます。このパルムッターなんですが、文中アイガーさんがさらっと「思想は異なるが尊敬はしている」旨を書いているように、かなりいわくつきの人物です。『アイアンマン』シリーズでテレンス・ハワードの役をドン・チードルが引き継いだ際には「みんな黒人の顔の見分けなどつかないから大丈夫だ」と発言したと伝えられています。そしてこの本によると、そもそもハリウッドを馬鹿にしきっていて、脚本も読まないのに製作に口を出していたようです。結局、ファイギいじめの結果、出版とTV部門を引き続き担当させて映画部門には口を出させないようにしたそう。アイクを封じ込めたあとは(彼がせきとめていたとされる)黒人や女性のスーパーヒーロー映画『ブラック・パンサー』『キャプテン・マーベル』が大ヒット。アイガーさんはタナハシ・コーツ原案のコミックを読んでブラック・パンサーを「かならず映画化するキャラクター」に加えたとか。ディズニー作品の実写リメイクや『アナと雪の女王』についてはあまり触れられないので、アイガーさんが最も誇る企画『ブラック・パンサー』が同社の「多様性路線」の象徴と位置づけられております。
11章 最初から悲劇だった『スター・ウォーズ』計画
ピクサーとマーベルの買収を成功させたアイガーさん、2011年ごろ、念願のルーカスフィルム買い取りへ動きます。前記事で書いたように、じつはアイガーさん、ABCエンターテインメント時代にジョージ・ルーカス監督と関係がありました。そこでルーカス渾身のドラマ版『インディ・ジョーンズ』が視聴率不振にあえぐ中シーズン更新を決定した恩があったため、監督も「売るなら君しかいない……」と交渉に乗りでたのです。しかし! 美談はここで終了。このあとは悲劇がつづきます。まずルーカスフィルムですが、ピクサーと異なり多様な人材や技術、上映予定作品はなかったため、同社やマーベルより買収金額は低め。さらに、ディズニーとしてはすぐに利益を出したかったため「ルーカスさんに好き勝手つくらせます」契約はありえなかった。そのため、すでに『スター・ウォーズ』を自分自身ととらえていたルーカスさんとの交渉は暗礁に乗り上げ、2度も売却が中止となる事態に。で、結局、王手となったのが、キャピタルゲイン税制の改正。2012年末までに売却を完了しなければルーカスは5億ドルもの損害を得る事態になってしまったとか……。というわけで、『スター・ウォーズ』売却は本意ではなかったぽいのです! そこでルーカスさん、売却署名の直前にキャスリーン・ケネディ(本ではキャシー表記)を後継者に指名。ケネディ・プロデュースすらディズニーにとっては不意打ちだったのです。
それからケネディ、そしてJ・J・エイブラムスと一緒に『スター・ウォーズ』新作の製作にとりかかったわけですが。アイガーさん、事前にルーカスがよこした新三部作の構想を言伝無しにおみっとします。多分これ、銀河そのものを支配する生物ウィルズ案かな?と思うのですが。個人的には惹かれますが、まぁディズニー帝国からしたら商売にならなそうだし、旧来ファンから不満も買ってしまうリスキーなブツかもしれません。で、そのあとエピソード7『フォースの覚醒』概要を聞かされたルーカスさんは、自身が提出した案を丸無視されたことを知って絶望。この時点でディズニーとの関係が暗いものになってしまいます。『フォースの覚醒』完成版に対しても、ルーカスの評価を得るに至りませんでした。前6部作と異なり「新しい要素がどこにもない」「視覚的にも技術的にもほとんど飛躍がない」と漏らしたそう。ジョージはコアファンの期待を重んじたディズニー側のプレッシャーを十分に理解していなかった、としてアイガーさんはやや批判的に書いております。
私たちは意図的に、視覚的にも全体の雰囲気も前作とのつながりに気を配り、ファンが愛し期待している要素からあまり離れすぎないようにした。だが、ジョージはまさに、私たちが気を配っていたその点を批判していた(第11章 スター・ウォーズ継承より)
このあとは、アイガーさんが乗り気じゃないルーカスを無理やりプレミアに参加させたり、ルーカスが誹謗中傷禁止条項をやぶって「ディズニーは自分のあらすじを採用しなかった、我が子をポン引きに引き渡した」と公言したり。この章のみ、いい話でリカバーされぬまま、バッドエンド状態で終了……。 この本が執筆されたのは2019年春『アベンジャーズ/エンドゲーム』公開あたりのようですが、大論争を巻き起こした『最後のジェダイ』に関してはあまり触れられていません。最終的にはJJ復帰作『スカイウォーカーの夜明け』が「ファン(からのバッシング回避)に寄りすぎ」として落胆も呼んだわけですが……。
個人的に気になるのは、ディズニー側とキャスリーン・ケネディの関係です。Wall Street Journalの取材では、ディズニーが『スター・ウォーズ』コアファンの反応を気にしだしたのは買収のあと(ここはアイガー自伝と異なる)。さらに、クリエイティブな案を重んじたケネディと表現マニュアル厳守を課したディズニー側が何度もぶつかった結果、クリエイターを逃すグダグダな結果に至ったと書かれてるんですね。スピンオフ連発にしても、ケネディ側は「飽きられる」として反対したものの、ディズニーが決行。結果、うまくいかず「連発しすぎた」と認めることとなりました。『ピープルVSジョージ・ルーカス』ならぬ『ディズニーVSキャスリーン・ケネディ』も見たい(というか本として読みたい)。
12〜13章:野蛮すぎるTwitterと大統領への野望
このあとはFOX買収、MeTooや炎上事件、そしてアイガーさん念願のストリーミング・サービスDisney+誕生編で〆です。しかしですね、それに入る前の2016年夏、メディアでも話題になったTwitter買収案について書かれております。コンテンツ供給の環境が激変するなか、テクノロジー企業を買ってプラットフォームを創造しようとしていたそう。買収候補として、GoogleやAmazon、Facebookは巨大すぎるし、逆にディズニーを買ってもらえる希望も薄かった(親友ジョブズが健在だったらAppleとの合併はあったかもらしい)。それで白羽の矢が立ったのがTwitter。なんと同年秋ごろには買収がほぼ決定したいたそうです。しかし、Twitterには問題が山積みでした。言論の自由とヘイトスピーチ取扱の兼ね合い、また選挙への影響、またTwitterでの炎上や“著しく野蛮な振る舞い”への対処など。難しい課題な上にディズニーのブランドイメージへの傷が大きいということで、アイガーさんは取締役会承認後ギリギリのタイミングでキャンセルを決定。もともと、ソーシャルメディアとしてのTwitterではなく、拡散力を持つ配信プラットフォームとしての価値を見込んでいたそうですが、もし成立していたらどんな使い方してたのか気になりますね。
そしてFOX買収編へ。これ、アイガーさんにとってもサプライズだったようで、引退がのびたのはこの為らしく。まずメディア王ルパート・マードックから連絡が入り「テクノロジー企業によるプラットフォーム激変期、FOXには勝ち切る規模がない」として誘われたと。その際のミーティングなのですが、まずマードックは「大統領選挙に出馬するのか」と問たそうです。なんとアイガーさん、大統領選挙への出馬を本気で考えていたのです! 多くの民主党有力者や選挙アナリストに会い、医療から税制、中東史や環境問題、名演説など勉強しまくっていたとか……。結構驚いたのですが、文中でもアイガーさんは政治界での野望を語っているため、この本自体がキャンペーンの一貫でもあるかもしれません。
ちなみに、2020年大統領選出馬の噂は広まっていたようで、トランプ政権の大統領顧問ケリーアン・コンウェイなどがディズニー内部に探りも入れていたとか。このコンウェイ氏、トランプ支持者の女優ロザンヌ・バーが人種差別ツイートしたことでディズニーが『ロザンヌ』を打ち切った際、アイガーさんに「トランプ大統領が(あなたを口撃する)ツイートは見たか、なにか言うことはないのか」と連絡してきたそうです。アイガーさんは「見た、(言うことは)ない」と返答したらしいですが。ほかにも、FOX買収を争ったコムキャストにプライベートジェットを監視されてる疑惑など、暗躍や圧力が舞い踊るフィクションみたいな財界情報が書かれています。
訳者あとがきもおすすめ
とうことでボブ・アイガー著『ディズニーCEOが実践する10の原則』感想、いかがだったでしょうか? 前半の序文感想で書いたように、ストーリーテリングで上手で、翻訳文も簡潔でわかりやすいため普通におすすめです。関美和氏による「訳者あとがき」ではアイガーの評価やキャリアが紹介されているので、そちらを最初に読むパターンもスムーズにいくかもしれません。
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