「グラミー新人賞の呪い」の終わり?
The Weeknd全落選から引き続き人種問題議論が活発な第63回グラミー賞ですが、アワード運営にとってはポジティブかもしれない小さな話題もあります。ずばり「グラミー最優秀新人賞の呪い」がついに解かれた!? 疑惑。
「グラミー新人賞の呪い (the Grammys’ Best New Artist Curse)」とは、その名の通りグラミー賞の最優秀新人賞に輝いたアーティストがその後売れない現象を指します。売上のみならず、栄冠を授けたグラミー賞自体がその後ノミネートすらしなくなる流れがざらにありました。しかしながら、今回の第63回では、第61回の受賞者デュア・リパ、第62回ビリー・アイリッシュがそれぞれ予想以上に主要四部門のノミネーションを手に入れたのです。つまり、新人賞に輝いたあとも売れ続けている2人が「呪い」の終焉させたのでは?って評判になったんですね。これには、ストリーミング普及等により人気ミュージシャンのリリースが多くなったこととか、すでにチャートヒッターとして定着したあとグラミーが新人部門候補にする遅延とか色々環境面もあると思います。
40年の歴史を持つ「グラミー新人賞の呪い」
史上初のBIG4制覇を果たしたクリストファー・クロス
「新人賞の呪い」自体にフォーカスをあてましょう。通説として「呪い」風評が活発化したのは1970年代後半。受賞者たるStarland Vocal Band、A Taste of Honey、リッキー・リー・ジョーンズ、クリストファー・クロスが軒並み「消えた」そうです。最後のクリストファー・クロスは、最近話題になりました。2020年、ビリー・アイリッシュがBIG4を制覇したとき「クリストファー・クロス以来の記録!」と喧伝されたのです。「そもそもクリストファー・クロスって誰?」と思わせるあたり、ビリーもまた「呪い」の犠牲者になる予感を感じさせたりもしたんですね。そして2002年、ことのはじまりのStarland Vocal Bandメンバー、タフィー・ダノフがこう語ったのです。「グラミー賞主要四部門のうち2つを受賞した。一つは最優秀新人賞。それはほとんど死の接吻だった。それ以降受賞した全員の人に申し訳ないと思ってる」。後述マックルモア先生の「グラミー受賞は祝福であり呪い。呪いが少しまさる」発言を思い出しますね……。
2010年代に蘇った「呪い」
ただ、21世紀の場合、「新人賞の呪い」は2010年代に活性化した気がします。2000年代の場合、議論あれど若い女性スターの受賞が多かったんですよ。クリスティーナ・アギレラ、アリシア・キーズ、ノラ・ジョーンズ、キャリー・アンダーウッド、エイミー・ワインハウス、そしてアデル。受賞から15年間チャートトップに君臨するマルーン5やEGOTウィナーとなったジョン・レジェンドも獲ってます。
そんなグラミー最優秀新人賞ですが、ほかのBIG4と同じく、2010年代から悪評が増えていきます。以下がデュア・リパ受賞前までの履歴。太字が特に反発を引き起こした年度です。
2010年 Zac Brown Bandがケリー・ヒルトンに勝つ
2011年 エスペランサ・スポルディングがジャスティン・ビーバー、ドレイク、フローレンス・アンド・ザ・マシーン、マムフォード・アンド・サンズに勝つ
2012年 Bon Iverがニッキー・ミナージュ、Jコールに勝つ
2013年 Funがフランク・オーシャン、Alabama Shakesに勝つ
2014年 マックルモア&ライアン・ルイスがケンドリック・ラマー、エド・シーラン、ケイシー・マスグレイヴス、ジェイムス・ブレイクに勝つ
2015年 サム・スミスがHAIMに勝つ
2016年 ミーガン・トレイナーがコートニー・バーネットが勝つ
2017年 チャンス・ザ・ラッパーが ザ・チェインスモーカーズ、マレン・モリス、アンダーソン・パークに勝つ
2018年 アレッシア・カーラがSZA、リル・ウージー・ヴァート、カリード、ジュリア・マイケルズに勝つ
その後活躍できてるのサム・スミスとBon Iverくらい、と語られるライナップです(チャンス・ザ・ラッパーも入れられたりしますが)。
大きな遺恨を残したのが2014年マックルモア&ライアン・ルイス。拙著『アメリカン・セレブリティーズ』やELLEでも説明したように、ラップカテゴリじゃなくてポップ部門ではないかと議論を起こした白人ラップデュオがケンドリック・ラマーに全勝して大荒れ、謝罪メールまで発表することに。今見ると、ケンドリック以外の競合も豪華です。マックルモア以外はその後5年以上トップシーンで活躍しているし、グラミー常連ノミニーやBIG4受賞者が並んでいる。2016年ミーガン・トレイナーも当時から評判が悪かったのですが、この年は競合に票を集められそうな人がいません。そのため、ポチャティブ宣言こと「All About That Bass」が大ヒットしていたカントリールーツの彼女が競り勝ったのかなと。ノミネーション選び自体が悪かった可能性もありますね。
「新人じゃない」問題
「グラミー新人賞の呪い」は、単純に「見る目がない」だけじゃありません。「そもそも新人ではない」ようなアクトが勝ち抜くパターンが問題視されています。2010年代よりマシに見える2000年代でも、2001年当時、10年のキャリアを持っていたシェルビィ・リンが受賞して騒ぎになったとか。2010年代の場合、スタジオ・アルバムを3作もリリースしていたエスペランサがジャスティン、ドレイクに勝利して不正疑惑が報道されるまでに。2018年アレッシア・カーラも同様で、本人が「自分がエントリーしたわけじゃない」と語るに至りました。この2人の場合、エスペランサは元々ヒットチャート路線ではないため「受賞して消えた」と言われる枠にはあたりません。アレッシアの場合、レーベルが売り出した「グラミー新人賞に輝く"ありのままに"啓蒙シンガー」路線が嫌で、今は自分が求める作家性を追求してる印象ですね。
ただグラミー側も「どこからが新人なのか」問題に着手してはいます。2017年のルール改定、その問題点については以下の記事で書きました↓
呪いを破る女性たち
「グラミー新人賞の呪い」を一旦打破した存在こそ、2018年のデュア・リパ、そして2019年ビリー・アイリッシュとなりました。じつは、BIG4の3部門を席巻したサム・スミスすら、その後グラミーでノミネーションを受けていません。ミーガン・トレイナー、アレッシア・カーラも同様。そのため、デュアとビリーが再びBIG4でノミネーションを稼いだのはレアな快挙だったわけです。個人的に、デュアの場合、サウンド的に1stアルバムでグラミー新人賞を獲ったことに驚きだったのですが。まぁ競合が伸びなかった感じもあります(ルーク・コムズがいましたが、カントリー会員が多いグラミー賞からあまり気に入られていないようで、今回Weekndと並ぶゼロノミネーションの衝撃を呼び起こした)。
ちなみに、今年の第63回新人賞でも「呪い」無効が期待されています。なんといっても筆頭候補がミーガン・ジー・スタリオン、ドージャ・キャット。2人ともリリース数多くてヒット連発してるので、そうそうトップシーンから消えないでしょう。女性アーティストが並んでいますが、元々この部門は若い女性が強いとされてきた流れがあると同時に売れ線の男性ラッパーを好まない面もあります。また、第63回には、フィービー・ブリジャーズも候補に入っています。ノア・サイラスとDスモークあたりは「グラミーってそこ好きだったの!?」な謎枠、スタジオ・アルバムを2016年に出してるケイトラナダが「新人じゃない」枠なので、相変わらずグラミー感あるライナップですが。