グラミー賞2024ノミネーション感想 クロスオーバー女戦記
第66会グラミー賞ノミネーションの感想。女性アイコン祭りすぎて誰が勝ってもおかしくない大乱闘へ。
「ツイッターオタクのラインナップ」
第66回グラミー賞の大賞3つ、いわゆるBIG3の特色は「女性」。テイラー・スウィフトやSZAらチャートヒッターは予想どおりだったものの、サプライズでR&B組のヴィクトリア・モネも健闘。「グラミーダーリン」ことジョン・バティステが白一点状態だ。このラインナップは「Stan Twitterみたい」とも言われている。いわゆるSNSで強い「推し」系ファンを多く抱える大衆文化アイコンばっかりなのだ。
ポップスターたちはもちろん、ボーイジーニアスもラナ・デル・レイも熱狂的ファンダムで有名で、芸能ニュースでも定期的にとりあげられている。それゆえマスメディアやインターネットでの文句が少ない反面「多様性があまりない」反応もでてきている。理由はサプライズ落選組にある。ラップアクト不在は同ジャンルの文化的存在感がやや落ちたことの反映かもしれないが、チャートで絶好調だったカントリースターの姿も無い。メンバーを亡くした悲しみを叫んだ『But Here We Are』でアルバム賞=AOTYが期待されていたフー・ファイターズがいない衝撃も大きかった。これまでブランディ・カーライルやH.E.R.が担当していたザ・グラミーな渋い系にしても、あえて言うならバティステくらいになっている。
「クロスオーバー」が勝ち「ストレート」が敗ける?
今回BIG3が女性ポップアイコンまみれになったのは、もちろん各自の人気や評価もあるだろうし、数千人規模で非白人男性会員を増やした影響もあるだろう。ただ、アワードレース目線だと「クロスオーバー」パワーが共通しているように見える。第66回グラミー賞の要は、BIG4が10枠から8枠へ縮小されたこと。競争がおのずと増すなかで数多のノミネーションを受けたアイコンたちは、複数の大型ジャンル&職能ブロックから支持を受ける魅力、さらには強力なキャンペーン(選挙運動)をそなえていたようにうつる。実際、BIG3には、多岐にわたるサブジャンル部門に出願し、各カテゴリの審査、投票に通った者がめだつ。
無敵の知名度を誇る(そして作風的にポップ単独出願となる)メガスターを除けば、ほとんどクロスオーバー出願になっている。基本的に、大きなジャンルブロックは6つ:ポップ、ジャズ、R&B、ロック、アメリカンルーツ、オルタナティブ、クラシック。「ポップリスナーに好まれるR&B/オルタナアクト」ことSZAやフィービー、ラナはポップ部門支持もとりつけている。このクロスオーバー戦法を得意とするバティステにしても、しっかりジャズとルーツ領域を押さえた。
対してBIG4サプライズ落選組は「ストレート」組とも言われている。ロック部門の寵児たるフー・ファイターズの『But Here We Are』は、王道のロックサウンドだった(ロックとオルタナを横断したボーイジーニアスと比べるとわかりやすいだろう)。ポップアーティストをもしのぐロングヒットを達成したモーガン・ウォレンやルーク・コムズ、レイニー・ウィルソンといったカントリースターにしても、ご近所のルーツ業界には響きにくそうなカントリーポップが多い(BIG3有力視されていたフォークロックなザック・ブライアンの場合、本人がキャンペーンを嫌っており、前哨戦で判断するならカントリー票すら集めていない)。この10年、ロックやカントリーの「ストレート」的作品はBIG3入りが難しくなっており、後者に関しては今年ほどのメガヒット郡ですら指名を勝ち取らなかった。最後の大勝であるケイシー・マスグレイヴスのAOTYは、ルーツやポップのリスナー、さらに演奏家にも好まれる「クロスオーバー」候補だったと考えられる。
というわけで、グラミーBIG3、アカデミー作品賞かのように「広範な支持を受けるクロスオーバー候補であること」がますます重要になっている雰囲気がある。たぶん、これはジャンルに限らない。おめでたサプライズとなったボーイジーニアスとモネは技術部門の指名も確保している。ここからは、前回のハリー・スタイルズやボニー・レイットと同じく「音楽制作の裏方」からの敬意がうかがえる……グラミー賞の命運を決めるマジョリティ有権者は、花形パフォーマーでも批評家でもなく「裏方」の作り手たちだ。
作曲家ブランド
「裏方」つながりで、今回のBIG3個人的ビッグポイントは「SSW(シンガーソングライター)ブランド」。つまるところ、ちゃんと自分で作詞作曲している信頼性が高い候補ばっかりになっている。アーティストに楽曲を提供する(そして職能目線が投票動機となりやすい)ソングライター会員が多いグラミーでは重要な点だ。というのも、ポップやラップ界では、実際の制作に参加していない人気アーティストが作曲クレジットに入って印税をもらうことが珍しくない。エルヴィス・プレスリーの時代から行われていたことだが、音源収入が減った配信時代だと、印税シェアを奪われた「本当の作り手」たるライターたちはメガヒットをつくれど生計が厳しい状況に追い込まれてしまった。当然、彼らを「搾取」するアーティストたちは怨みを買いやすい。このゴーストクレジットを告発あるいは暗示されたことがあるのはアリアナ・グランデやジャスティン・ビーバー、ゼイン・マリク、ビヨンセといった「グラミーBIG3不遇」組。対して「グラミーダーリン」のアデルやハリー、リゾは「裏方」たちから直接的に関係のない場で「自分で曲を書いている」と強調されるシンガーソングライターだ。
前置きが長くなってしまったが、今回のBIG3ノミニーは「SSWブランド」お墨つきのラインナップだ。テイラー、ビリー、ラナのライティングスキルは十分に周知されているし、ボーイジーニアスに至ってはアルバム全編をメンバーだけで書いている。モネはアリアナのヒットメイカーとして著名なライターだし、SZAにしてもビヨンセやリアーナへの提供経験がある。単独クレジット曲で脚光を浴びたロドリゴの場合、今回のアワードキャンペーンで(ビヨンセが曲を書いていないと暗示したこともある)大御所ライター、リンダ・ペリーの推薦を受けてグラミーイベントを行い、見事ロック部門の指名をとりつけた。
確固たる「SSWブランド」印象がないトップノミニーはマイリー・サイラスくらいだが、後述するように最強のヒット曲の持ち主だ。
余談:BIG4戦況
というわけで、元々受賞が予想しにくいグラミーでもかなり予想しにくい、誰が勝ってもおかしくないラインナップになっている。「SSWブランド」アイコン寡占でジャンルが被りすぎているから予想が立てづらいし、票がわれにわれる共食いが発生して受賞傾向から逸脱する結果がでてもおかしくない。なので、各部門の特色や状況の想像を書いてみる。
最優秀アルバム賞
AOTYは幅ひろく、あるいは硬く集票できる「グラミーダーリン」が強力な部門
今回のポイントはポップ&オルタナ候補が被る=票の共食いが予想されるなかカントリー&ラップ票が宙に浮いたこと
BIG3すべてに言えることだが、鉄板予想はテイラー・スウィフトだ。エラズツアー文化現象による広範ライト集票、さらにカントリー票ボーナスをも期待できる。ただ、ヒットコレクション的な『Midnights』が「史上初のAOTY四勝目」にふさわしくないと思う(グラミー会員が記録の体裁を気にするかは謎だが……)
地の利を得たのは、唯一ジャンル被りしていないバティステ。ただし今作『World Music Radio』はNewJeansやリル・ウェインが参加したエレクトロポップで、受賞作『We Are』よりザ・グラミー感薄め。クロスオーバー支援網も前回の方が強力だったし、ルーツ系票田勝利と思われる彼とレイットの受賞は10枠下で成し遂げられていた。ジャネル・モネイ『The Age of Pleasure』が演奏家ふくめた古典派会員の支持を持っていきそう
ダークホースはボーイジーニアス。ロックオルタナ領域の本命になりうるし、技術票も期待でき、ノミネーション発表直後『SNL』でビートルズ仮装ステージをするなど効果的なキャンペーンも目立つ
SZAはR&Bラップ、一部ポップのサポートにより案外有利な予感。前哨戦を見ていく必要はあるが『SOS』はアダルトポップラジオで好調だった=広範な知名度に期待できるためビヨンセ近作より良い条件。ただし、33%ルールで隠れてるだけでクレジット量は多いし、AOTY定番の構成にあてあはまらない
ロドリゴ『GUTS』は前作ほどシングルヒットがなく、ポップ&ロックオルタナ勢と票を食い合いそうだが、本人がキャンペーン頑張ってるので未知数。テイラーキラーという面ではシルバーバレット
最優秀レコード賞
楽器演奏を含めたレコーディング評価のROTYの定番ウィナーは「有機的ディープ協奏の懐メロラジオヒット」。スタジオミュージシャンからの栄誉みたいになっているからブルーノ・マーズ無双するし、ライトサウンドだったハリーやアデルよりファンクなリゾがまさり、マーチングバンドっぽいビヨンセ「Black Parade」やこのたびのモネがサプライズ指名されたりしている。今回この条件に完璧にあてはまる候補はただ一つ、カントリーロック感もそなえたマイリーのディスコファンク「Flowers」だ。ネックは歴代勝者と異なり「グラミーダーリン」の対極である「SSWブランド」未確立の冷遇ポップスターだったこと
この10年で上記条件から逸れるウィナーはチャイルディッシュ・ガンビーノ、そしてビリー・アイリッシュ。「ディープ協奏」すら薄かったのは三作中「everything i wanted」のみだ。ということでオスカーキャンペーン展開中の「What Was I Made For?」が勝っても驚かない。ただし、彼女が二連勝した時は状況が有利だった(62回はR&Bアクト過多によりリゾが喰われ、63回は懐メロヒット皆無)
ROTY感が欠如している候補は「Anti-Hero」、というかこれがテイラーがこの部門に勝ったことがない理由な気がする
SZA「Kill Bill」も演奏がめだつラジオヒットなので有力候補だが、勝手に抱いている「趣味のよさが香るモダンな曲はとらない」偏見にやや当てはまる
番狂わせ枠のロドリゴ「Vampire」なものの、アンチラジオヒットな実験的ロックオペラなのでよくわからない
個人的にレコーディングで優れているのはモネ「Oh My Mama」とバティステ「Worship」だと思うが、競合ほどヒットはしていない
最優秀楽曲賞
ソングライティング評価軸であるSOTYはROTYとの重複が多いものの、ラジオヒットしていない曲でも勝つことがある
ROTYかぶりならマイリー、ビリーが有力に思えるが、ライティングの卓越性がわかりやすいのは後者に思える。ややヒット規模に欠けるが、ロックラジオ首位曲であり、今回10以上のノミネーションを達成した大ヒット映画『バービー』でもっとも美しく使われる楽曲だから思い出深い人も多いはず
バティステ「Butterfly」は病にかかった妻に捧げたピアノソングで、ルーツ部門出願を2分の1成功させている。キャンペーン期間に公開されるドキュメンタリー『American Symphony』でもフォーカスされるはず
草の根支持が高いデルレイ「A&W」はグラミーにしてはクールすぎるライティングというグラミー逆信頼が存在する
「獲ったら驚く」候補は一つだけ。唯一のゴージャス・ディスコポップたるデュア・リパ「Dance The Night」はポップ部門で落選している(逆に言えば、渋さ好みなラップ部門にすら入った『バービー』曲は広範な支持を得ている)
最優秀新人賞
7ノミネーションに輝いたヴィクトリア・モネが有力となっているが、BIG3候補でも負けることはある部門。同じR&B枠でBET新人賞ウィナーたる歌唱派ココ・ジョーンズも入っている
「女性スター」受賞傾向にならえばアイス・スパイスが鉄板予想だが、先例のミーガン・ジー・スタリオンやロドリゴほど評価と人気が地に足ついてなさそう。スーパー二世のSSWグレイシー・エイブラムスのキャンペーンパワーも無視できず
Fred Again….はソングライターから尊敬を集めていそうだしジャンル被りがないが、なかなか勝てないダンスおよびプロデューサー系
歴代でも高年齢ノミニーとなる38歳のジェリー・ロールは、重罪で服役したのちラッパーからカントリーロックに転向して成功したクロスオーバーナラティブ(物語)の持ち主。キャンペーンにも勤しんでおり、CMA新人賞スピーチで感動を呼んだ。ただ今回ナッシュビル連合+ロートルロック票は三者でわれかねない
みんな大好きノア・カハンはルーツ&ロック指名をのがしてやや後退。あるとしたらクロスオーバー集票
ルーツ候補のザ・ウォー・アンド・トリーティは夫婦デュオで、ブルース、ゴスペル、演奏家界隈にも好まれやすいサプライズ枠。というか前回のサマラ・ジョイにつづく個人的お気に入りDIVA候補