オーロラ
「今日は1日くもりみたい。流れ星も見れないわね」女は車窓を気怠そうに眺めながら、つぶやいた。男はそれに答えず運転に集中する。彼らは北海道を北に向けてドライブしていた。
2人は付き合って3年になるカップルだ。夏休みを利用して北の大地をドライブ旅行しようと彼の方が提案した。流れ星というのは大した理由ではない。この倦怠期をなんとか打破したかっただけだ。でも今のところ北海道の雄大な景色も有効な手段とはなっていない。いつもの気怠い空気が車内を支配していた。
ここは天使たちが住む世界。みなさんが住む人間界から見ると、空をベリっと剥がすと天使たちの住む世界がある。つまり人間界を覆うように天使の世界がある。空1枚で横合わせになっている。
そんな天使の中でもはぐれものになってしまった者がいる。みんなと仲良く人間たちの恋を成就させたりは、全くやる気にならない。好きなのは絵だった。絵を描いて絵を見て過ごしていれれば何でもよい。人間のことなんてどうでもよかった。
「ただ困った困った」
はぐれ天使は道に座って悩んでいる。街の美術館で新しい展示会をやっているのだが、いかんせん金がない。一応天使の世界にも金みたいなものはあるのだ!しかも腹も減った。腹もすくのだ!全くうまくいかないもんだ!とはぐれ天使はそのまま寝ようと目をつぶった。
ドライブしていると、道端に一体の地蔵があった。「止めて」と女が言った。少し強い口調に男は従うしかない。
女はかがんで地蔵をじっと見ていた。
可愛いと言って、道端に咲いていた一輪のピンク色の花と持っていた饅頭をお供えする。
そして助手席に戻ってきた。
変なやつと男はつぶやいて車を出した。
はぐれ天使が目を開けると、目の前にピンク色の紙と白くて丸い物が置かれていた。
白いのは持ってみると饅頭だった!うまそう!
ピンクの紙は何と行きたかった美術館の展示会のチケットだった!最高かよ!何たる偶然!
誰かの落とし物とか考えもせずに(おい!)饅頭を頬張りながら、美術館に向かった。
得意気に美術館の受付を済まし、絵画を思う存分堪能する。何時間も観ていたら外が暗くなってきていた。
帰ろうとすると、大きな建物だったので、道に迷ってしまった。灯がついていない廊下に出てしまい、そこの一つの部屋のドアを開けた。
窓が開いていて、外からの風でカーテンが揺れていた。絵が何枚か飾ってあったので見ようとしたが、暗くてよく見えない。電気のスイッチを探そうと壁に手を這わせる。やっとの思いで、スイッチを見つけた。
人間カップルの車は草原の高台に着いた。夜になっても曇り空だった。本当はここで満天の星空で流れ星を見る予定だった。
「仕方ないわね。自然には勝てないわよ」
「そうだな」
壮大な草原の上で、曇り空を眺めるしかなかった。
はぐれ天使がスイッチをひねった瞬間、カーテンが光り始めた。そしていろんな色に変化する。青や緑や赤に輝き始める。風で揺れながら、ひかり輝くカーテンはとても幻想的で綺麗だった。
「見て!」と急に女が叫んだ。
指差す方向を見ると、ゆらゆら揺れる光のカーテンが見えた。
「オーロラだ!」次は男が叫ぶ。
まさしくそれはオーロラだった。北海道で見れるのは滅多にない。本当に奇跡だ。
2人は無言のまま幻想的なカーテンの光ショーに見惚れていた。
「こら!そこの部屋の電気つけちゃダメだよ!」
背後から声が怒鳴り声が聞こえる。はぐれ天使はすぐにスイッチを戻す。カーテンの光は消えてしまう。
ごめんなさい!美術館の係員らしき天使に謝った。
オーロラは消えてしまう。数分間だったけど、2人の心は感動でいっぱいだ。
「とても素敵だったわ」
2人はどちらかともなくキスをした。
「この部屋は特別なときしか公開しないから、またそのときに来なさい。とても素敵な絵が飾ってあるから」
はぐれ天使はお礼を言って、美術館を出た。
あの部屋にある絵に心を踊らせて、口笛を吹いた。
人間界でも、天使の口笛が微かに聞こえた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?