【アンテナのはり方で何気ない日常が全て学びに変化する】
どうも!子連れ再婚アラフォー女です。
年末年始って特に過去1年やこれからの1年について考えずにはいられない時期ですよね。
かくいう私も、特にここ数年怒涛の変化があり、周りには
「あなたの変化の速度には誰もついていけないし、誰もついていこうとなんて思わない、なぜなら爆速すぎて見えないから」
要約すると上記のような激励(と受け止めている)を1兆回くらい言われてきている。
昨年は、まさか自分がこのスピードで再婚すると思っていなかったし、
拠点を湘南に移すなんて去年の今頃は考えもしなかった。
全然関係ないけど、何かの投稿でこんな記事を読んだことがある。
これを見て、プッと吹き出してしまったw
ほんまになw
もとい、
昨年の2月に湘南の魅力に魅了され、2ヶ月後には当時の彼氏であり今の夫と物件を決めて、そのさらに2ヶ月後には子供2人、新しい夫となんっのゆかりもない湘南で新しい家族のカタチを始めるなんて思ってもいなかった。
そしてまた、今年は、拠点を大阪に移して新たな人生をスタートさせようと決意すると思ってもみなかった。
そのころは、大阪ー東京間で遠距離恋愛をしていた私たちは、
昨年の上旬は、
下の子が小学校に上がる頃に神奈川に移住しようね、なんて話していたんだ。
鉄は熱いうちに打てとはよくいうけど、
私たちはどちらかというと
鉄をチンッチンに熱いうちに叩き割る勢いで人生を爆走するタイプ。
夫婦揃ってそんなタイプだから、そりゃ見えないスピードで変化する。
そうじゃないと、あと1年遠距離恋愛をすることで娘と彼の距離は永遠に縮まらなかっただろうし、今よりもっと動きにくくなっていたと思う。
いろんな世界を見て、人には言えないような並々ならない人生を送ってきたからこそわかる。
人生は、短い。明日からだが自由に動くか本当にわからない。
自分が元気でも、世界が大きく変わる可能性だってある。
コロナの時期に多くの人が「もっと自由に動ける時にこうしとけばよかった、ああしとけばよかった」と何度思っただろう。
そして、今自由が戻ってきたから、その「当たり前」に慣れて前の生活に戻っていく。
人生ってのはその繰り返しなんだと思う。
でも、その「違和感」に気づいて行動したものだけが、
新しい世界に行けるのである。
先日、娘が体調を崩し、病院に連れて行った時にふと感じたワンシーンがあった。
幸い、ただの娘は膀胱炎で病院のあとは学校に送り届け、私は13:00からのミーティングに参加すべく慌てて自転車のペダルを踏みしめていた時だった。
市民センターの中から、
満面の笑みでヨガマットを肩にかけ
「また来週ね〜!」
と言い合っている3人の女性の姿だった。
俯瞰してみると、
周りに平謝りをして午前休をもらい罪悪感の中娘を送り届け会議に急ぐ私と
ヨガで気持ちよく汗を流した健康的な女性。
2024年12月という同じ時空を生きているのに
「選択」によりその時間で味わう気分大きく違った。
ここには大きな境界線があるように感じた。
悲観的になったわけでもなく、羨ましいと思ったわけでもなく、
ただただ、
「選択」の違いがそこにあって、
私は「あっち」の方に行けるけどいない状況なんだな、今は。
そう感じた。
その女性3人もたまたま平日が休みの職種なんだろう
なんなら生業がヨガにしただけなんだろう
この月曜日のこの時間は友人と汗を流すと決めただけなんんだろう
そういう選択を自分もできる選択をしよう、と急ぐ自転車に乗りながら感じた。
俯瞰してみないと、何気に通り過ぎていく日常のワンシーンだったと思う。
今は、そこにアンテナが立っているからこそ、
見え方も違ってきたんだ。
娘が体調不良の時は、惜しみなく全力でサポートできて
誰に罪悪感を抱くことなく
楽しく仕事をできる道を作っていこうと思う。
そんなnoteを娘ときた公園で書いてみた。
手足がキンッキンに冷えてきたのでまた温かいです場所で続きを書こう。