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【連載小説】再⭐︎生(21)

頭上に未だ細い月の残るうち、薄暗い庭で作業を進めていると、次第に指の感覚がなくなってきた。
一旦工具を置き、手首に黄色のラインの入った軍手を納屋から取って来て嵌めるも、どうしてもノミの柄を握る手が滑ってしまう。はさみで軍手の先端をそれぞれ切り落とし再度嵌めてみると、丁度良い具合になった。

「あんた、こんな寒いのに頭おかしいよ! わたし今日帰り飲みだから」
小走りで門をくぐる姉を見送り、左右の軍手から指先を覗かせ木を削り出していると、縁側に置いたスマホが振動し地面に滑り落ちた。
「佐山さん、そろそろお薬もなくなる頃だと思うのですが、その後体調はいかがですか?」
若い女性の声に訊かれ、自分が休職中であることを思い出す。

財布を掴んで病院に走ると、受付の女性が診察券と俺の顔を見比べ、小声で「え、もう来たの」と漏らした。

診察室に呼ばれ中に入ると、医師がこちらを見やり「まだ眠れないときが多いようですね。しっかり食べて休養してください。再度休職を延長しましょう」と、新しい書類に記入し持たせてくれた。
隈が酷いのは徹夜で木を削りまくっているせいで、前回の受診時よりやつれたのは食事に構わない生活をしているせいだったが、ともかくあと一ヶ月間の猶予が出来た。目一杯時間を活用し作品を完成させたい、そんな思いにせき立てられつつ家に戻った。


「ごまくん、この前バズってたじゃーん」
次の晩、珍しく雨が降ったため久しぶりにパソコンでゲームを立ち上げると、ロビー画面でキャンディのスキンが待っていた。
「投稿見てるよ〜、 今度彫刻の写真撮らせてよ」
「え、ほんとですか、お願いします」
「まぁまぁ撮影料かかるけどね」
斧を振り、木材を集めていたアイスクリームの手が止まる。
「えっと、五千円くらいならなんとか...」
「うそうそ、冗談よ」
キャンディは、俺の近くに武器を置きながら言った。
「ミニガン良かったら使って~。ね、これからは作家としてやっていく感じ?」
「あ、すみません、まだなんも考えてなくて」
武器を拾い、引き続き木材を集める。
「もし、今後フリーランスでやっていくならさあ、」
キャンディが追加で弾丸の束を置く。
「大変なことも多いと思うよ、自分で営業とか経理的なことしたりね」
「ああ、きっと確定申告とか、そうですよね」
「そうよ~、まぁ、まだそんな先のこと考えなくてもいっか」
キャンディが踵を返し、草原を走り出した。
「ごまくん、そろそろ行こ。この辺、敵多いわ」
アイスクリームは、名残惜しそうに二、三度木に斧を打ち付けたあと、キャンディの背を追い、丘の向こうに見える街へと駆け出した。



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