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何故多過ぎる怪我を重ねたのかの答えと、何故今心身の健康にこだわるのかを過去一部の経験から書く🙌☀️

先日、


「26歳にして初めて出来た夢!これから中村剛士が今後やること!」


というnoteを書きました。


https://note.com/tsuyoshicurry/n/n703c73be720d



内容を簡単に言えば、

日本人の心と身体の健康を取り戻し日本を盛り上げる為のサービスや環境を自身の成長を追求しながら作っていきたい。


という内容なのですが、

自分がこんなにも心と身体の健康にこだわるようになったキッカケとなる過去の体験のほんの一部を書いていきます。過去のnoteにも何個か書いてきましたが、今回はまだnoteに書いてないストーリーです。

ちなみに今回のnoteを書くきっかけになったのは先日にレスリングを引退してから5年ぶりにレスリングの試合に出場したことで自分の中で止まっていた時計の一つがまた動き出したからです。

母校である花咲徳栄高校のOBで団体戦に出るということで声をかけて頂いたのがきっかけ🤝

団体戦に出たのは9年ぶり

最後に出たチームでの団体戦は高校3年の夏以来です。


高3から今。9年の月日が流れました!

高3からのアスリート人生と引退してからの人生9年間を簡単に書きながら心と意識の重要性と何故自分が心身の健康にこだわるのかを書きます!





高校3年の夏、

母校である花咲徳栄高校レスリング部は出ることが出来ればインターハイで優勝出来るメンツが揃ってました。


インターハイに出るには県予選で優勝する必要があり、県予選のライバルの埼玉栄高校もインターハイで優勝出来るメンツが揃ってました。自分が高2のときは徳栄高校が勝ってインターハイも団体優勝しました。


団体戦では自分が勝てば確実に勝てるだろう計算で、自分の相手は強かったですが一度も負けたこと無い相手でした。


自分の立ち位置としては最上級生でエースの一人でした。


結果として、自分は負けてしまいその影響も強くチームは負けて終わりました。


「3年生、エース、なのに自分が負けたせいでチームが負けてインターハイに出られなかった。」


この考え方をベースにして、

人生で3本の指に入るくらいの自己嫌悪、自己否定、自責、受け入れられない現実、パニックに陥り今でもその感覚は身体に染み付いてます。


個人戦では自分が団体戦で負けた相手に勝ってしまい、自分のせいでチームはインターハイに出られないのに個人戦では勝ち、インターハイの個人戦出場の権利を掴んだことにも強い罪悪感が生まれました。


他人の世界に自分がどう映っているのかでしか生きられず繊細で真面目で臆病だった自分にはあまりにもしんどい出来事で、小4のときに同じような体験をして作られた深い心の傷に更に強く根深く傷を作りました。


自分の中の天才が、

小4の心の傷、

高2の全国決勝のたった一回の負け、

そしてこの団体戦での敗北が主な原因として消えていきました。


この繊細さを武器として使えていたら、

武器として変換してくれるような人と出会っていたらと考えてしまいます。〈だから自分が今後それを社会的に浸透させる為の歯車の一部になりたいと今思っています。〉


個人でインターハイに出る資格なんて無いと本気で思い自責や自己否定を重ねて日々練習をしていたらインターハイの10日前ほどに肋骨を粉砕骨折しました。



個人戦は棄権になりました。



大学生になると日本一の大学を決める団体戦の試合が年に一度ありますが、

僕はその大会の前になると必ず大きな怪我や病気になり4年間のうち一度もそのマットに上がれることはありませんでした。


なんのために特待生として大学に入れてもらったんだろうと毎年自分への否定が強くありました。


だけど、怪我をするとホッとする自分が心の中にいるんです。


リーグ戦に出られないことに対して本気で悔しくて、情けなくて、何してんだ俺はと悔み自分を責めると同時にホッとする自分がいることをいつも見逃すことが出来ませんでした。

その自分に対してもまたとてつもない怒りや嫌悪感、悲しさ、情けなさを強く強く持っていました。

高3の時と同じような体験を実は小4のときにして、その根深い傷を更にえぐるように高2、高3、大学と追体験を重ねていきながら最後までレスリングをしていました。

自己否定や自己嫌悪、自責を重ねて重ねて、

それを晴らせるのは結果を出した時。

本質的に晴らせるのは中村倫也の結果を超えたときだけだった自分は、怪我と病気がどんどん加速して試合に出られない日々、練習も出来ない日々が増えました。


自分にではなく誰かに勝つことでしか自分と自信を見出だせなかった当時の自分にとっては完全にマインド的にも肉体的にも負のスパイラルに入り込んでました。


抗生物質を中1から七年間毎日毎日飲み続けてたから腸もおかしくなってそこも大きな要因でした。〈腸内環境とマインド、コンディションはめちゃくちゃ関係してます。〉



結果的に高校から大学まで7年間の内5年間がリハビリ生活でした。



ここまで怪我と病気を繰り返してきた理由は大きく分けて二つ。


その中で最も大きな原因は引退してから勉強と自分の心身ととことん向き合っていく中で一つ答えが出ています。


それは僕自身のマインド、過去の傷から作られたパーソナリティ、思考回路のパターンの癖、感じ方〈意識のあり方〉の癖が怪我や病気を呼び込んでいました。もちろん体の使い方の癖も大きな要因です。



これを簡単に言えば、


考え方,感じ方。



過去のトラウマを皮切りとして作られたある一定の思考回路の癖、考え方や感じ方の癖は無意識的に、


行ける!と思ったタイミンで体を硬直させたり


試合での強い緊張や力みを生んだり


ゾーンに入ることをさまたげたり


目的の達成を阻害するような思考を生みそこに溺れたり


日常でもアスリートとしても常にどこか不足感や不安を作らせそれにしか焦点が当たらなくなったり


必要ない所でも人と比べて落ち込んだり、焦ったり、不足感を感じたりと日常生活においても、アスリートとしても自分を蝕みます。



人はたった一つの意識の持ち方、考え方によりどのようにも変わっていきます。


同じように考え方や捉え方一つでどんなことにおいてもパフォーマンスや日常生活の幸福度も大きく変わります。


ボロボロになった心身にひたむきに向き合い続けた今の自分は、


「人生ってこんなにも面白いか!!!」


と本気で思って日に日に自分自身とこの世界に輝きが増されていってます。


独学だったから色々遠回りしたけど、

この遠回りの経験も全部今やりたいと思ってることに繋がってる。



人生は捉え方だ!

自分を幸せにするのは自分なんだ!



これが実体験として強くあるので、

僕は心身の健康、そして心身のことにこだわります。


だから僕は心身の健康に関することでこの世界に貢献していきたいと強く想うようになりました。



心身のことに取り組むと、


物事をただ観察する,受容する、

物事を目的に対して適切に捉える,捉え直す能力が上がり、集中力が上がります。


そして今この瞬間を生きる力が付きます。


気づく力と

捉える,捉え直す力と

今こを生きる力,集中力,観察し受容する力。


これらの要素は相互に影響を与え.


人生を輝かせるのに必要です。


これらが肚に落ちてくると、満たされます。


この辺のことは前回のnoteに書きましたので是非とも読んでみて下さい!!



ここに書いた過去の経験はほんの一部で、

割とハードモードな経験が恵まれた環境で生きてきたはずなのにめちゃくちゃ多かったのが僕のこれまでの人生です。



しかし、

レスリング人生で作られた傷は、

僕をここまで作り上げてくれました。


そしてその傷は今では僕の強みです。


物事は一長一短、陰陽なので目的や環境や視点によりそれが長所になるか短所になるのかは常に変化します。


自分の我やエゴの持つ陰陽、一長一短を観察することが出来れば全てのことは長所や強みになり、その逆も然りです。



長くなりましたが、

色々あって心身の健康が大事やからそれを取り戻す為のことをやってこぉぉー!!!


と燃え始めたのが今の中村剛士です!!


自分の中の深いところから見つけたものです!!



繰り返しですが、


今が最高!!!!!!

と言いきれる自分が今いることは、

レスリングと真剣に向き合い続けて沢山傷ついたから。


その後

自分の中にあるものとずっと向き合い続けたから!!!




これからもがんばってこー🙌









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