【書評】天才/石原慎太郎/幻冬舎文庫
天才/石原慎太郎/幻冬舎文庫
まず、著者である石原慎太郎が一人称で田中角栄の人生を語っているところがなんとも面白かった。
自分は政治のことや近代歴史のことが全然疎いので、本を読んでいく上では歴史上の真実などにはあまり惹かれるものはなかったが、その生き様に深く感銘を受けた。また、組織の中でどのようにしてのし上がっていったのか。周りの人間の心を掴んで仲間を増やしていく様も見事だった。
最終学歴が小学校高等科で、土木の現場で働いていた人が総理大臣まで上がっていくというのは、今ではちょっと考えられないようなことだが、そういう人こそ世の中の多くの人間の気持ちがわかるに違いないと思った。これほど民間人の気持ちを理解できる政治家はいるのだろうかとも思った。
その経歴をむしろ武器にして戦うところが、「長所は短所」とは逆の「短所は長所」にもなりえることを自身の人生をもって証明している。
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本文の中で出てくる他人のセリフは、すなわち田中角栄が人から耳にして印象に残っている言葉であると思うと、なるほどなと思うセリフが多くあった。
①
冠婚葬祭には精一杯の義理を果たしてきた田中角栄。
彼が何かの記事で以下の内容を目にした。
大金持ちで人付き合いの悪い人が、町で出くわす葬式や霊柩車を見ると必ず立ち止まって帽子を取って一礼をする、その訳を聞くとその金持ちが
「たとえ見知らぬ者でも、その人間の一生の意味や価値は傍には計り知れぬものがあるに違いない」
と言ったそう。
②
また、日中平和友好条約締結の際に、中国の副総理が、
「水を飲む時、井戸を掘った人の苦労を忘れない」
と田中に言ったそう。
そういうセリフを胸に刻む田中角栄の心の奥の優しさになんだか嬉しさを感じた。
裕福ではない家庭環境から上までのし上がり、そういう気持ちを常に忘れないでいる。人の気持ちに寄り添える。そんな人間性を持ち合わせた田中角栄に、とても魅力を感じた。