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2024年、僕の心を震わせた「邦楽」ベスト10

今回で、7回目となる年間ベスト企画。

2024年も、数え切れないほど多くのエポックメイキングな楽曲、または、普遍的な輝きを放つ楽曲が生まれたが、今回も例年と同じように、それら全てを俯瞰&網羅することは諦め、僕自身が特に強く心を震わせられた10曲をセレクトした。

便宜上、順位を付けてはいるが、今回セレクトした10曲はどれも、僕にとって、優劣を付けるのが不可能なほど非常に深い思い入れのある楽曲となった。こうした楽曲たちと巡り会えたことを思うと、一年間、音楽ライターとして足を止めずに駆け抜け続けてきて本当によかったと思う。

今回セレクトした10曲の内、1位と3位の楽曲以外の8曲は、ライブ体験とセットで深い思い入れを持つ楽曲である。また、3位のアーティストについては、今回セレクトした曲がライブで披露される場にはまだ立ち会ったことはないものの、2024年を通して、そのアーティストのライブを計3回観てきた。そうしたライブ経験は、今回のランキングを編纂する上で、そのアーティストの楽曲を3位に選んだ理由と分かちがたく結び付いている。

結果論にはなるが、今回のランキングは、音源作品としての素晴らしさを誇るだけではなく、ライブのステージで披露された時に特に眩い輝きを放つ楽曲たちを軸に構成されたものになった。純粋な音源作品としての評価とは異なるかもしれないが、ライブを観て、その曲に対する印象がより鮮烈なものになったり、その曲が誇るポテンシャルに対する確信が深まったりすることは非常に多い。繰り返しにはなるが、一年間を通してたくさんのライブに足を運び続けてきて、本当によかった。

客観的にシーン全体の動きを振り返る企画とはほど遠い、極めてパーソナルなランキングになっていると思う。この中には、あなたが既に耳にしたことがある特大ヒット曲があれば、初めてその存在を知る曲もあるかもしれない。この記事が、あなたが新しいアーティストや楽曲と出会うきっかけ、または、興味や理解を深めるきっかけに繋がったら嬉しいです。




【10位】
sanetii 「フォーエバートゥエンティーンズ」

2000年生まれのシンガーソングライター・sanetii。(サネッティと読む。)僕は、2023年の年末に彼の存在を知り、そのすぐ後にリリースされたこの曲を聴いて、確信した。この曲は間違いなく、これから数々のライブハウスを熱く震わせていくロックアンセムになっていく。2024年、sanetiiは東京で2度のライブを敢行し、僕は、その2つの現場に幸いにも立ち会うことができた。僕が抱いた確信は、やはり間違っていなかった。それどころか、この曲はライブの場において、僕の想像や期待を遥かに超えていくような眩い輝きを放っていて、思わず圧倒されてしまった。刹那と永遠。はじまりと終わり。まだ見ぬ未来への諦念と希望。それぞれの狭間を鮮やかに疾走していく蒼きロックアンセムに呼応するように、たくさんの新しい世代の観客が懸命に拳を突き上げる光景を観ながら、ロックシーンの未来は明るいと強く感じた。今回は現時点での代表曲である同曲をセレクトしたが、"ハローニューエンド"をはじめとした他の曲もどれも素晴らしい。今はまだ少しずつ認知と支持を広げているフェーズではあるけれど、2025年は、sanetiiにとって大きな飛躍の年になると思う。7月には、渋谷のWWWでのワンマンライブの開催が決まっている。一つひとつの楽曲とライブを通して、2020年代のシーンに自らの《存在証明》を深々と刻みつつある彼が、大きなブレイクスルーを果たす日はきっと近いと思う。


【9位】
ちゃくら 「まるで駄目な女子高生はバンドマンになった」

2024年を通して、ちゃくらのライブを繰り返して観る中で、彼女たちのライブバンドとしての強さの理由に迫ることができた気がする。ワキタルルが綴った《言葉》が、リスナー・観客の救いになり得ることを深く信じ抜きながら、その《言葉》の力を、サクラの歌声と4人のバンドサウンドを通して最大限に解き放っていく。そうした一貫した姿勢、さらに言えば、揺るがぬ信念があるからこそ、ステージに立つ4人には常に一切の迷いがないし、そのまっすぐさ、ひたむきさが、そのまま彼女たちのライブバンドとしての強さへと直結している。そして昨年、ちゃくらの躍進をさらに加速させた新たな代表曲が、春にリリースされた「まるで駄目な女子高生はバンドマンになった」だ。この曲は、そのタイトルのとおり彼女たちの「エピソード0」を描いたナンバーであり、《2024年私は私を嫌いなまま  ひねくれた心だけが歳をとる  何になれる?何になれる?  私は何になれる?  何にもなれない、私何にもなれない》という切実な葛藤を経て、最後には《言葉が君と生きる》という深い確信へと向かっていく。その一節は、4人の信念のパンチラインであり、リスナー・観客へ向けた渾身のメッセージの結晶でもある。ライブを重ねるたびに、ロックアンセムとしての眩い輝きを増し続ける代表曲「まるで駄目な女子高生は〈君と生きる〉バンドマンになった」は、きっと2025年以降も、たくさんの人々の心を奮い立たせ続けていくのだと思う。


【8位】
日向坂46 「君はハニーデュー」

遡ると、2023年12月の公演で、キャプテン・佐々木久美は、「2023年は不安や迷いがあった。」と正直に明かしていた。2023年の年末のタイミングでメンバーみんなで改めて話し合い、「もう一度、東京ドームを目指す。」という新しい目標を掲げ、そこから日向坂46の2024年が幕を開けた。そして、グループの未来だけをまっすぐ見つめて走り出した彼女たちの躍進を大きく加速させたのが、春にリリースされた"君はハニーデュー"だった。作曲を担当したのは、”キュン”、”ドレミソラシド”以来、約5年ぶりに日向坂46のシングル表題曲を手掛けた野村陽一郎。シンコペーションの多用から生まれる鮮やかな疾走感と躍動感。圧倒的な強度と輝きを誇るサビのメロディ。全編を通して幾度となく高揚感が増していき、そしてラストのブレイクで、センターに大抜擢された4期生の正源司陽子が、果てしなく広がる未来をまっすぐに見据える力強い眼差し、目の前の壁を力強く突き破るような正拳突きを見せ、その後の転調から、さらに熱烈なクライマックスへ。まさに、アイドルポップスの王道を力強く更新するかのような渾身のポップチューンだ。この原点回帰的な曲を新たな原動力としながら、彼女たちは今まで以上にハッピーオーラ全開で2024年を駆け抜け、そして12月、悲願の、2度目の東京ドームのステージで、輝かしい自信と深い確信が全編に満ちた圧巻のライブを送り届けてくれた。2024年を通して彼女たちが育んできた自信や確信は、きっと、次の世代へ、そして、グループとしての次の未来へと継承されていくはず。


【7位】
Dos Monos 「MOUNTAIN D」

2023年4月、荘子itが「Dos Monos第一期終了、第二期始動。」を宣言。彼はそのステートメントの中で、それまでの活動を経た上での胸中を丁寧に伝えつつ、「第二期から、Dos Monosはヒップホップクルーを経て、ロックバンドになる(戻る)。」と宣誓。そして2024年5月、第二期始動を高らかに伝えるアルバム『Dos Atomos』が産み落とされた。深く、鋭く、切実な響きを燦々と放ち続ける超弩級のミクスチャーロックアルバム、大傑作だと思った。ここで、馴染みのある言葉としてミクスチャーロックというワードを用いたが、厳密には、過去のミクスチャーロックのリバイバルではない。ロックの根源とヒップホップの根源を同時に突き詰めてゆくような過剰さ、過激さ、大胆不敵さで溢れていて、まるで、まだジャンルの名前が与えられる前の原初性を感じさせるサウンド(今、私たちがロックやヒップホップと呼ぶもの)にダイレクトに触れてしまったかのような興奮と高揚をもたらしてくれる。太陽(および、人工太陽)のモチーフが随所に散りばめられた同作を貫くテーマは、敗戦国・核被爆国としての日本、その歴史と現在と未来。日本に生きる私たちが胸に抱く閉塞感や絶望感と共鳴しながら、同時に、身体の中で今にも爆発しそうなエネルギーとエモーションを最大限に放出していく無数の言葉たち。深く胸を穿つ渾身のパンチラインの連続だ。長々と書き綴ってしまったが、作品としての完成度だけでなく、ライブ(バンドセット)で披露された時の爆発力も凄まじい。2025年以降も、ロックやヒップホップといった既存のジャンルの壁なんか全て超越して、思う存分にぶちかまし続けてほしい。


【6位】
SixTONES 「GONG」

とても個人的な話ではあるが(そもそも、このランキング全体が極めて個人的なものではあるのだが)、僕は、毎年発表している年間ランキングにおいて、2021年以降、継続的にSixTONESの楽曲を選出している。2021年は"マスカラ"(8位)、2022年は"Rosy"(6位)、2023年は"こっから"(5位)、そして、2024年は、"アンセム"と迷った上で"GONG"を選出した。SixTONESは、僕の中で勝手に殿堂入りしている存在なので、律儀に毎年選出し続けなくてもよいのだが、それでも今年も選出した。言葉で説明するのが難しいけれど、僕は彼らに、期待を超えた、希望のようなものを抱いている。さらに言えば、それは、何か大きなものを「懸けている」感覚に近い。きっと6人なら、アイドルとしての信念と矜持を大切に保ったまま、日本のアイドルポップスの可能性を、これまで誰もリーチしきれなかった遥かな地平まで押し広げてくれるような気がしている。アイドルとしてのスタンスを貫き続けながら、音楽的冒険心の赴くままに、果敢にエッジを攻め込み、数々のジャンルを越境し、それまで誰も聴いたことがなかった全く新しいポップ・ミュージックを送り届け続けてくれるような気がしている。これは、あくまでも僕の勝手な期待、希望、懸けに過ぎないが、毎年、大胆不敵に表現の幅を広げていく6人の姿を追い続ける中で、そうした想いはますます深まり続けている。2024年、SixTONESは数々のフェスへの出演を果たした。それぞれのステージを通して彼らが得た刺激や高揚は、間違いなく、次の表現へとフィードバックされていくはず。年明けにリリースされた最新アルバム『GOLD』も、とんでもない攻めの一作だった。引き続き、全力で支持していきたい。


【5位】
にしな 「わをん」

究極的なまでに普遍的な「愛」を巡る、超弩級の名曲だと思う。この曲の歌詞には、「愛とは何か?」という永遠の問いに誠実に向き合い、時に迷い、立ち止まりそうになりながらも、その答えに一歩ずつ向かっていくにしなの懸命の歩みの跡が滲んでいる。簡単に答えは出ない。それでも、私たちが子供の頃に最初に習う言語「あいうえお」の最初の2文字が「あい」であるように、その答えは、もしかしたら意外とシンプルで身近なものなのかもしれない。五十音を締め括る「わをん」をタイトルとして冠したこの曲(歌詞の中には《和音》というワードが用いられている。)は、私たちに、そうしたかけがえのない気付きをもたらしてくれる。僕は、この曲がライブで披露された時のことを今でも鮮明に覚えている。披露する前に、にしなは、「みんなの、これからの日々や人生にも、優しい気持ちがたくさん溢れることを、微力ながらすごく祈ってるし、私はとても応援しております。」 と告げた。1番のコーラスパートでは、にしなは歌うことなく、祈るように立ち尽くし、続く2番のコーラスパートでは、「いっぱい笑って、いっぱい泣いて、これからも美しく生きていきましょう。」と呼びかけた。その時に僕は、この曲は、普遍的な「愛」を巡る広義のラブソングであるのと同時に、私たち一人ひとりの日々を懸命に讃える渾身の人生讃歌でもあることに気付いた。ライブが終わった後も、リリースされた楽曲を何度も繰り返して聴き続けた後も、神秘さすら帯びるほどに美しい輝きを放つトラック&メロディに乗せて届けられる《our life goes on》《our lives go on》という言葉の温かな余韻が、いつまでも胸の中に残り続けている。ライフ・アンセム、人生の祝歌。この曲が、今以上に、一人でも多くの人に届きますように。


【4位】
SUPER BEAVER 「切望」

現行の日本のロックシーンにおける最強のライブバンドを何組か挙げるとしたら、その一組としてSUPER BEAVERを選ぶ人はきっと多いと思う。この曲は、たとえバンドを取り巻く認知と支持がどれだけ大きくなっていったとしても、いついかなる時もライブのステージ上をこそ主戦場とする4人が掲げる渾身の「ライブ論」である。ライブ中、渋谷龍太は「自分たちだけでやる音楽ではなく、あなたと作る音楽をやりたい。」「束にならずに『1対1』で音楽をやろう。」という旨の言葉をよく観客に投げかける。そのことが象徴的なように、SUPER BEAVERにとってのライブとは、一方的に魅せるショーではなく、一人ひとりの目の前の《あなた》との切実なコミュニケーションの場なのだと思う。渋谷は、この曲が世に出るタイミングで、同曲について、X(Twitter)で「SUPER BEAVERの今の顔。俺たちの音楽。無論あなたを含めた“俺たち”だ。」と投稿していた。パンチラインだけを繋ぎ合わせたような歌詞の中で、僕が特に強く心を震わせられてしまうのが、《無償の愛じゃない  そこに気持ちの往来》という一節。私たち観客は、ただ単にステージに立つ4人からエネルギーを受け取るのではない。ライブとは、4人と一人ひとりの《あなた》との《気持ちの往来》の場であり、そして、その熱き応酬を通して感じられる高揚こそが、4人がいつまでも懸命にステージの上に立ち続ける理由なのだと思う。この音楽を聴く《あなた》こそが、このライブの当事者であり、《あなた》との《気持ちの往来》を通して、この音楽は、ライブは、美しい完成を迎える。それはまさに、ポップ・ミュージックの基本原則であり、そして彼らは、2024年を通して幾度となくその理念を美しく体現し続けてきた。こうして言葉で綴るのは簡単だが、それは、生半可な覚悟では決して成し遂げられない、奇跡のような日々であると強く思う。


【3位】
Eve 「夢に逢えたら」

僕は、この数年間、Eveのライブに何度も立ち会い続け、そのたびに、できる限り克明に、観たことや感じたことを綴ってきた。2022年の東京ガーデンシアター公演日本武道館公演、2023年のぴあアリーナMM公演さいたまスーパーアリーナ公演、そして、2024年の横浜BUNTAI公演有明アリーナ公演。振り返って思うのは、かつてと比べてライブ会場の大きさが拡大しているにもかかわらず、ライブを重ねていくたびに彼の存在をどんどん近くに感じられる、ということ。この数年間を通して、楽曲のスケールも、ライブ表現のスケールも次々と大きくなっているにもかかわらず、ライブにおけるEveとリスナーの親密な距離感は不変。さらに、双方のコミュニケーションは今まで以上にオープンなものになっている。とても美しい反比例だと思う。年を重ねるごとに背負う期待が大きくなり、新しい挑戦が増えていく中で、変わっていくものがあれば、変わらないものもある。その二つが一つの作品として鮮やかに結実した最新アルバム『Under Blue』。同作を締め括る"夢に逢えたら"を聴いて、改めて驚いた。Eveの歌声が、思わず息を呑むほどに近い。かつて一人で宅録していた時と同じように、この曲(を含む『Under Blue』の新録曲)も、自分の部屋で一人で歌録りをしたという。思い出した、Eveの歌は、初期からずっと、この親密さをもって胸に響き続けていた。それにしても、"夢に逢えたら"の近さは本当にすごい。理屈や理論では説明ができないけれど、数々のライブを通して壮大さと親密さを両立させてきた今のEveだからこそ伝えられる近さなのだと思う。不特定多数の誰かに向けるのではない。ライブを重ねる中で、その実存を確かめ合えた一人ひとりの《君》に向けて、Eveは、《今は上手く歩けなくていいから  暗闇でも  二人でいよう》《今だけ御守りのように傍にいさせて》と懸命に語りかける。その歌声の、温かく、切実な響きに、強く心が震える。きっと、今後の彼のライブにおいてハイライトを担い続けていく重要な一曲になると思う。


【2位】
藤井 風 「満ちてゆく」

もう5年もの歳月が経つけれど、2020年の春(忘れもしない、コロナ禍に本格的に突入した季節)にリリースされた1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』の収録曲”帰ろう”を初めて聴いた時の感動を、今でもよく覚えている。《与えられるものこそ  与えられたもの  ありがとう、って胸をはろう》《去り際の時に何が持っていけるの  一つ一つ 荷物 手放そう》今から振り返っても、恐ろしいほどに高い精度で人生の真理を射抜いた凄まじい名曲だと思う。全世界が出口の見えない混迷に突入し始めたあの頃、僕は、何度も繰り返して"帰ろう”を聴いていて、そのたびに、この曲が放つ、まるでこの世界に渦巻く全てのネガティブなフィーリングを超越していくような清廉な響きに心が洗われるような思いを抱いていた。

月日が流れていく中で、パンデミックに端を発する社会的な混乱は落ち着いたものの、私たちが生きるこの世界を満たす緊迫感や閉塞感は依然として強い。そればかりか、国内外を問わず、かつてより多くの分断や対立が加速度的に深まり続けている。直近の2024年の一年間だけを振り返っても、国内外で、残酷な出来事、もはや狂っているとしか思えないような出来事が本当に多かった。否定し合い、奪い合い、傷付け合う。その中で、正しくあろうとする人、優しくあろうとする人が、正しくあろうとする心を、優しくあろうとする心を、失っていく。そんな世界は、間違っている。

前置きが長くなってしまったが、そうした悲痛な時代において、藤井 風の音楽は、国内外の数え切れないほど多くの人々にとっての、生きる上での指針や糧であり続けている。その中で、近年、僕が特に強く心を震わせられた一曲が、2024年の春にリリースされた"満ちてゆく"だった。《何もないけれど全て差し出すよ  手を放す、軽くなる、満ちてゆく》と高らかに歌うこの曲を聴いた時、かつて"帰ろう"を初めて聴いた時に抱いたまっさらな感動を思い出した。僕の中で、この2曲は、繋がり合い、響き合っている。自分自身の中の何かを手放すことによって、差し出すことによって、私たちの心は満ちてゆく。”帰ろう”と"満ちてゆく"だけではなく、彼の楽曲の中には、”きらり”、”まつり”、”grace”、”花”をはじめ、外部の世界に目を向ける前に今一度自分自身の内面を見つめ直すきっかけを与えてくれるものが多く、また、”満ちてゆく”における《愛される為に  愛すのは悲劇  カラカラな心にお恵みを》という一節が象徴的なように、他者への愛はセルフケア・セルフラブから始まるということを、彼は数々の楽曲を通して一貫して歌い続けている。

まずは、自分自身のことを深く見つめ直す。そして、愛する。全てはそこから始まる。いつか、自分の足で立ち、自分で自分自身のことを心から肯定できる時、信じられる時が来たら、そこから世界と向き合っていけばいい。他者のことを愛してもいいし、今まで以上に自分自身のことを大切にしてもいい。または、自分(たち)に降りかかる様々な不条理に対して果敢に立ち向かっていってもいい。そうした私たちの懸命な日々において、この曲はきっとお守りのような存在として、いつでも心のすぐ近くで凛とした逞しい響きを放ち続けてくれるのだと思う。あらゆる人にとって、また、あらゆる人生のフェーズにおいて有効なメッセージを放つ、という意味において、この曲は、超弩級の普遍性を誇る究極のポップソングであると僕は思う。藤井 風と同じ時代を生きていること、生きていけることに、僕は、あまりにも大きな希望を感じている。


【1位】
米津玄師 「がらくた」

この2020年代を生きる上で、不安や迷い、苦難や葛藤と無関係でいられる人は決して多くはないと思う。とても生きづらい時代である。さらに、一人ひとりが抱く生きづらさはそれぞれ形が異なるもので、自分とは異なる他者の生きづらさを完全に理解することも、他者に自分の生きづらさを完全に理解してもらうことも、とても難しいし、残酷なことを言えば不可能に近い。その意味で言えば、誰しもが、何かしらのマイノリティとしての実感を抱えながら生きている、生きざるを得ないのが、2020年代という時代なのだと思う。繰り返しにはなるが、とても生きづらい時代である。

そうした時代において、衣食住のどれにも与することのない音楽は、どのような存在意義を誇り、どのような価値を発揮するのか。アーティストは問われているし、リスナーも問われている。そして同時に、信じている。和音、リズム、歌のメロディ、言ってしまえば、それらの組み合わせに過ぎない音楽には、きっとそれ以上の意義が、価値がある。綺麗事のように思えるかもしれないけれど、きっと音楽は、誰かにとっての、かけがえのない心の拠り所、生きる上での救いになり得る。では、その誰かとは誰か。不特定多数の誰かではない。米津は、"がらくた"の中で、他でもない《あなた》に向けて、《あなた》だけをまっすぐに目指して、大きな愛を歌う。

僕が特に強く心を震わせられたのが、《30人いれば一人はいるマイノリティ  いつもあなたがその一人  僕で二人》という一節だ。話のスケールが大きくなってしまうが、僕は、ポップ・ミュージックの素晴らしい点の一つは、それを受け取る一人ひとりのリスナーがそれぞれの解釈を可能とする余白を誇ることだと考えている。この曲は、他でもない《あなた》が、独りで抱く切実なマイノリティとしての実感に、ひたむきに寄り添い、熱い愛をもって向き合い、大らかに包み込んでいく。《あなた》が今、どのような日々の中で、どのような人生を歩んでいたとしても、《あなた》の価値は誰にも損なわせないし、奪わせはしない。米津は、かつてないほどに熱烈で、エモーショナルな歌声を通して、そう歌う。

誰もが、それぞれの生きづらさ、それぞれのマイノリティとしての実感を抱えながら生きている。自分とは異なる他者の生きづらさを完全に理解することはできないし、理解されることもない。悲しいけれど、私たちは誰もがみな、本質的に孤独である。それでも、この曲の中に、心の拠り所や救いのようなものを見い出す時、私たちは、もう孤独ではない。一人ひとりそれぞれの解釈を許容するポップ・ミュージックは、同時に、一人ひとりが同じフィーリングを共有するためのメディアとしても機能する。ポップ・ミュージックって、本当にすごい。改めて、そう強く思う。

一人ひとりの《あなた》のために、この世界は生きるに値することを全力で伝え抜いていく渾身のポップアンセム"がらくた"。きっとこの曲は、本来のタイアップという文脈を超えて、さらには、この2020年代という時代さえも超えて、どこかの、いつかの、《あなた》の生に、力強く懸命に寄り添い続けていくのだと思う。そして、それこそが、ポップ・ミュージックの意義であり、価値であり、可能性であると、僕は思う。2020年代は折り返しを迎えたが、相変わらず時代の先行きは不透明で、あたりを見渡せば不条理や不公平ばかり。生きづらい時代である。それでも、米津の、そして私たちの音楽の旅は、またここからつづいていく。


2024年、僕の心を震わせた「邦楽」ベスト10

【1位】米津玄師 「がらくた」
【2位】藤井 風 「満ちてゆく」
【3位】Eve 「夢に逢えたら」
【4位】SUPER BEAVER 「切望」
【5位】にしな 「わをん」
【6位】SixTONES 「GONG」
【7位】Dos Monos 「MOUNTAIN D」
【8位】日向坂46 「君はハニーデュー」
【9位】ちゃくら 「まるで駄目な女子高生はバンドマンになった」
【10位】sanetii 「フォーエバートゥエンティーンズ」



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松本 侃士
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