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夾竹桃の花④ 紅顔の美少女

数日後、アパートに帰る手前で前を歩く若い女性に出会った。同じ角を曲がり、同じ方向に歩いて行く。制服から清心学園の生徒だと分かった。若い女性は家の前で向きを変え玄関に入るとき、拓に気がついていたのか、振り返り、軽い会釈をした。

家の表札を見ていた。

「中川さん家の娘さん・・・」

そのときから、拓は、電停で降りる彼女を見つけたとき、追いかけるように後を追った。二人は間をおいて縦に並ぶように歩いて行く。拓は話しかけたがったが、言葉が出てこない。玄関のところで軽い会釈をするのが精々だった。

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五月の薫風の中、拓は講義を終わって森戸道路に出た。次の講義に出るためか、三々五々と数人が歩いてきている。視線を感じて振り返ると、村井佳代子が歩きながら会釈する。拓の足が自然と佳代子に向かっている。
「講義、終わりました?」
尋ねるとはなしに尋ねていた。
「いえ、今からです。」
村井佳代子は溌剌とする雰囲気をやや抑え気味にしている。講義までには少し時間が合った。
「この間の同窓会、楽しかったわ。」
表情はいきいきと眩しいばかりの艶を帯びていた。話が弾んでいた。佳代子の口から思わず言葉が飛び出した。
「私、引き揚げ者です。」
戦後まもなく満州などから500万人以上もの人が引き揚げてきた。「引揚者」という言葉は頭の片隅にはあったが、実感は皆無に等しかった。
「4歳の頃ですか。」
佳代子は軽く頷き、一瞬の顔が強ばったような気がする。当時のことは覚えてはいないだろうが、幼心に記憶が奥深く刻みこまれてるのだろう。苦難や辛酸という言葉でも言い表せそうにもない。佳代子は友達の話に転じた。佳代子の表情は、もとのいきいきと眩しいばかりの麗しさを取り戻していた。

佳代子は時計をみながら、
「じゃ、講義に行ってくるわ。」
「またね。」
互いに手を振りながら反対方向に歩き出す。

このときのように話す機会が再び訪れることはなかった。佳代子は東雲分校に籍を置いていた。後に同窓生から教員になったことを知った。今でも佳代子の表情がフラッシュバックする。

ーーー続く

夾竹桃の花① https://note.com/tsutsusi16/n/n9cb954d68557
夾竹桃の花② https://note.com/tsutsusi16/n/nfaa2383b6842
夾竹桃の花③ https://note.com/tsutsusi16/n/na11e000c2c34/
夾竹桃の花④ https://note.com/tsutsusi16/n/n73ddebdb2e8a これは④