夾竹桃の花⑤ 制服
講義が進み、課題がいくつも出される。課題をこなす日々が続いた。アパート近くの二階建て一軒家の娘さんに何度か遭遇することはあったが、姿を見かけるだけで進展はない。しかし、挨拶の会釈が単なる形式的なものから微笑みを伴うようになっていた。
地方出身の拓からみれば、彼女はソフィスティケートされた印象を受ける。清心学院は清純さに加えてどこか知性を感じさせる生徒が多い。彼女も例に漏れず爽やかさを纏い、知性が感じられる。肩まで伸びている黒髪が大人への階段を上がり始めている雰囲気を漂わせている。
拓は部屋にいるとき、部屋のカーテンを開けることが多い。彼女の部屋も2階にあり、アパートに面していた。間に畑があるので、手の届く距離ではなく、10数メートルある。彼女は拓がいるときには、時折、換気のためか、窓を開け、いることをそれとなく示していた。
偶然、日曜日の午後、丸善書店からの帰りに、最寄りの革屋町電停で私服の彼女を見つけた。その電停は繁華街に近いので、多くの利用者がいる。拓の鼓動が高まる。軽い会釈をすると、彼女も応えてくれたが、電車に乗っても話ができない。もどかしさに溺れている内に、降車する最寄りの電停に着いてしまった。話しかけたいが、二人とも、帰り道を黙々と歩くだけで話ができない。家の前に着いた。彼女は軽い会釈をして家に入っていった。
日曜日に見学を兼ねて広島城に出かけた。広島城は毛利輝元が太田川河口のデルタ地帯に築いた平城であったが、原爆ドームから500メートル程しか離れていず、原子爆弾投下によって倒壊した。その後、1958年以降に再建されていた。
広島城から紙屋町まで町中の喧噪に紛れて帰路に就いた。紙屋町の電停で宇品行きの電車に乗車する。革屋町の電停から彼女が乗車するかもしれない。淡い期待を抱いて、革屋町の電停から乗り込む乗客を見るが、その期待はかなえられることはない。
奨学金を受け取りに住友銀行広島支店に行った。玄関脇に「人影の石」といわれる黒い付着物の後がある。横目で見ながら入り、奨学金を受け取る。玄関を出ると、電車が通過していく。
(また、会えないかな・・・)
淡い期待を持ちながら、電停に立つ。
(そういえば、下校時間だ。)
電車が止まり、降客を待つ。見覚えのある制服が降りてくる。
(アッ・・・彼女・・・)
出そうになった声を飲み込む。
彼女も気がついたのか、軽い会釈をする。
乗る客に続いて乗り込む。すでに横断歩道を渡っていた彼女が振り向く。電車が動き出すと、彼女が手を小さく振った。拓の心が小躍りしていた。
出会うたびに心が浮いてくる。彼女の笑顔が眩しく輝く。
夏休暇に入った。
ーーー続く