架空の話・其の5

【架空の話】

「ともあれ、話は私の方から切り出した。「やあ、今日はありがとう。それで、そっちの最近の調子はどうだい?」するとBは「うん、まあこっちは相変わらず色々と動いているよ。昨日、電話で話したと思うけれども今度、面接で一度K県に戻らなければいけなくなって飛行機代がかかってしまうのが嬉しいけれども予想外に大きな出費だね・・。それで、例の専門職大学のハナシだけれど、丁度良い機会だったので実家に問合せてみたら、その歯科技工士学科は、たしかにあまり人気がないみたいだね・・。あと、もしかすると、実家にいる高校生の妹が、そこの看護学科を来年受験するかもしれないということだったよ。しかし、そこに入って歯科技工士になっても、あまり給料はよくないのじゃないかな・・?それだったら他の資格を取った方がいいのじゃないかな・・実家の父親に聞いてみたら「作業療法士や理学療法士の方が今後は良いのではないか。」という返事だったよ・・。あと、この大学の学士編入試験をネットで調べてみると入試科目は英語と小論文だったから、バリバリ文系の**でも大丈夫じゃないかと思うけれど、しかし、問題はさっきも言ったように入った後、いや出た後だね・・。だって、修士修了の24歳で2年生に学士編入すると、27歳で卒業でしょ。そうすると、普通に比べて5年遅れっていうことになるから、色々と大変だと思うよ・・。」とのことであった。それに対して私は「いやあ、たしかにBの云う通りなんだけれども、このまま、あまり金にもならない分野で修士を取っても、歯科技工士になるのと比べると、手に職をつけるという意味では、歯科技工士になっておいた方が良いと思うのだけれども・・。まあ、もっとも編入試験に合格すればのハナシだけれどもね・・。いや、ともかく、色々と情報をどうもありがとう。また、家族と相談してみるよ。それで、そっちの面接の方は上手くいきそうなの?」と聞いてみたところ「うん、こっちも全く油断は出来ないね・・。昔から知っている実家近くの薬局の息子さんが今、この銀行に勤めているので、電話で聞いてみたところ「景気があまりよくないから、新卒を採る人数も渋ってくるだろうから難しいのではないか。」といった返事でね・・。面接までは行ったけれども、全く安心は出来ないよ・・。」とのことであった。その後、現在のさまざまな社会情勢などを、そこまで確かではない知識でしばらく話し「また互いに何か進展があったら会おう。」ということで別れた。時間は未だ夕方少し前であったことから、そのまま歯科医院に寄って院長と話せたら話してみようと思い立ち、そちらに足を向けた。

歯科医院に着き、ドアを開くと、待合室に二人ほど座ってスマホを操作したり雑誌を読んでいた。そこで窓口に行き「すいません**ですが、先生はいらっしゃいますでしょうか?」と尋ねてみた。すると診療室の方から足音が近づいてきて、先日サポートに立っていた女性がマスクを着けたまま窓口から「現在、先生は診療中ですので、あと一時間少しほどお待ちください。昨日治療した場所がまた痛むのですか?」と訊ねてきたので「・・いや、治療して頂いたところはおかげさまで痛みはないのですが、それとは別のことで、少し先生とお話ししたいことがありまして・・。」と少し申し訳なさそうに返答すると、その女性は「分かりました。じゃあ、今の患者さんと次の患者さんが終わったら本日の診察は終わりますので、その後でしたら・・。」と、何やらPCの画面とノートを見ながら答えて、そのまま戻って行った。そこで云われた通り、一時間程待つことにしてリュックの中に入れておいた、読みかけのウンベルト・エーコによる「永遠のファシズム」文庫本を取り出して読み始めた。エーコによる、このファシズムに対するさまざまな考えは、ジョルジュ・バタイユの考えにも相通じるものがあるのではないかと読みつつ思ったが、ともあれ、思いのほかに頁は進み、気が付いたら、待合室は私だけになり、そしてドアを挟んだ診療室から物音がわずかにこちらに聞こえている状態であった。やがて、診療室から、さきほど待合室に居た患者さんが出てきて、精算と次の約束をして「お大事に」という声を背に医院から出て行った。これでようやく先生に会えると思い、本をリュックにしまい、少し背を伸ばして待っていると、三分程度経ってから、さきほどの女性が「**さんどうぞ。」と言って、まるで患者さんを案内するかのように診療室に通された。診療室に入ると先生は「一仕事終えた」といった様子で、マスクを下にずらし、手術帽を外したばかりで、少し汗でふやけたような髪型でカルテらしきものを見ていた。

そして、「やあ、昨日の歯の方は、多分もう少し先の治療で良いと思うけれど、例の大学のハナシかい?」と、少しの疲労感を見せつつも、悪戯っぽくこちらを見て口元が笑った。「ええ、そうなのです・・。家族や友人と話しましたが、その学科はやはりあまり人気がないそうですね・・。あと、そこを卒業して歯科技工士になったとしても、良い仕事に就けるのでしょうか?」と、これまでの経緯を織り交ぜつつ話すと「・・まあ、それはたしかに嘘ではないね。だからこそ遠く離れた私にそういったハナシが来たのだと思うし・・。でもね、言い忘れていたのだが、この歯科技工業界は、今後、かなりの人手不足になると思うから、今のうちになっておけば、将来、仕事に困ることはかなり少なくなるし、あと、ここ最近の歯科業界全体の傾向として女性が増えているので、働く環境としても、そこまで悪くないと思うよ・・。そうそう、あと、今うちで働いてもらっている歯科衛生士のCさんも、去年、その専門職大学を出て、地元の歯科医院で勤務していたけれども「都会の治療を経験してみたい」と、そこの院長に相談して、まあ国内留学みたいな感じで、今年の春からうちで働いてもらっているのだが・・」と話し、後片付けをしている、さきの女性(Cさん)に「おおい、仕事中悪いけれども、ちょっといいかな。」と、こちらに来てもらった。そして「ええと「はじめまして」ではないと思うけれども、彼は**と云って今、A大学の院生なんだけど、例の口腔保健工学科の学士編入を検討しているんだ。それで、もし良かったら先輩になるかもしれない身として、少し彼の話を聞いてもらいたいのだが・・。」と歯科衛生士のCさんに丁重に訊ねた。すると「ええ、私も口腔保健工学科については、よくは分かりませんが、何かお手伝いできるかもしれませんので、お話し伺わせて頂きます。」と年頃の割にテキパキと返答していたので、少し驚き「医療職に就くとこういった振舞いも自然と出来るようになるものなのか?」と不図、思った。すると先生が「Cさん、どうもありがとう。じゃあ今日は私も嫁が出かけていて一人なので、**君と三人で夕食にでも行って話そう。」と明るく云ってきたので、そのまま家の母親に連絡し「今日は先生と一緒に夕飯を食べて帰るから、自分の分は用意しなくて大丈夫です。」と伝えた。その後、二人が医院内を片付け、出掛ける準備が整うのを待ち、医院を出て商店街を少し歩き、先生の行きつけの中華料理店に入った。このお店のウリは、本場四川風の麻婆豆腐とのことであり、全員その定食を注文し、さらに先生は生ビールを注文した。」

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!










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