道具の歴史は、人間が機械にできることを機械に任せようとしてきた創造の歴史
私は、博物館を楽しむのが好きです。博物館に並ぶものを、じぃっと見ていると、自分の中の記憶と反応して、プチプチと音を立てて反応が始まります。未来もみえてきたりします。
日本博物館協会の資料によると、総合的な施設から特定分野のコレクションまで含めて、日本国内には、4,484館(令和3年度実績)があるということです。数多の博物館の中でも、特定の分野やテーマに絞った、ある種マニアックな収蔵品を展示する館に、私はとても惹きつけらます。神戸にある竹中大工道具館は、まさにその一つです。なかなか、足を運ぶことのない新神戸駅を利用した出張中、ちょっと時間をつくって立ち寄りました。
竹中大工道具館とは?
この館は名前のとおり、スーパーゼネコンの竹中工務店が、大工道具というものを民族遺産として収集・保存し、その文化を後世に伝えていくことを目的に、ゆかりの地である神戸に1984年に設立した企業博物館です。
そして、収集資料は30,000点以上に上る充実ぶりです。大工道具を通じた歴史、建築技術、建築文化を楽しめる、素晴らしい博物館で、時間が許せば、いつまでも滞在できる博物館です。今回は、新幹線の発車時刻までの1時間半程度の時間でしたが、ミライを想う、今の私の関心テーマの視点から、一つ一つ、とても興味深く味わうことができました。
伝統のものづくりに新たな刺激を与えるような存在
この博物館の「施設案内」のパンフレットやウェブ上には、館のコンセプトとして以下の説明がありました。
私は、ここに示されている「これまでの伝統的な道具との出会いから、新たな創造への刺激を得る」というところに、博物館を楽しむ大きなポイントがあると常々感じていました。古い時間の中にある古いものを現在から覗き込む見方とは違う、伝統を未来に活かす見方です。
道具の発展こそ、人間の創造性の成果
オムロンの創業者である立石一真が企業哲学として遺したメッセージに「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」というものがあります。
私は、この企業哲学の一文が大好きです。そして、大きなパラダイム・シフトの渦中にある現在、これまでと違う次元のAIやロボットが台頭し始める現在、まさにこの哲学をトコトン考えるべきチャンスだと思って毎日を過ごしています。そういう心中で、今回は入館したのでした。
そうすると、「大工道具」の進化の歴史が、人間の創造性とのインタラクションの中で発展してきた様子が浮かび上がって見えてきます。縄文時代には、切ったり削ったり割ったりするために石を使い、その石により大きな力を伝えられるように柄を付けて、住居を建てたり、狩猟採集による獲物を食べられるようにする作業を、人の手だけによるよりも効率的にできる手段を探して道具が生まれています。まさに、必要は発明の母であり、生きるためのニーズが、人間の創造性を喚起したわけです。
そして、弥生時代になって農耕が始まると、集団の力でより効率的に農作業を進めるためにも、道具の材質を石から鉄に変えます。製鉄技術が生まれるわけです。そうすると、道具も作業に合わせてサイズの大小を変えたり、特有の形状に成形したり、また、自分の道具への愛着もあろうかと察しますが、飾りを加えて美や意匠に発展したりもあったのでしょう。この先には、産業革命による蒸気や電力という大パワーの利用や、量産も生まれてくるわけです。
これらは、人々が太古の昔から、常に「機械にできること」を増やそうと知恵を絞ってきた歴史の証しであり、「創造的な思考」の成果としてのイノベーションの歴史と言ってもよいのではないかと感じられます。まさに、道具が新たな創造性、イノベーションへの刺激となってきた人類の智恵の歴史ではないでしょうか。
道具の使い手と仕事
また、展示の中には、道具を使う人々を組織して、よりよい建物を建てる棟梁の仕事に関する展示コーナーもあります。今回は、このコーナーにも、とても惹きつけられました。
棟梁と言えば、真っ先に思い浮かぶ人物は、もうやはり法隆寺の宮大工でもある西岡常一棟梁です。この館にも西岡棟梁の手書きの図面など、仕事ぶりの展示が充実しています。私も、西岡常一さんの著書を、若い頃に読んで感銘を受けました。その時には、とにかくすごい人だということだけだったかもしれません。
しかし、今回は以前とは少し違いました。西岡棟梁の言葉として「適材適所」、「木を買わず、山を買え」、「棟梁の仕事」、「道具は手の延長である」というパネルの前で、私はだいぶ長い時間、じっとたたずんでしまいました。どれも、私たちの未来予測の基盤である「SINIC理論」や、それに基づく自律社会、自然社会への未来ダイアグラムに通じるメッセージとして、私の中に刺さってきたからです。
例えば「棟梁の仕事」では、こんなことが記されていました。
この、わずか五行足らずのメッセージに、私はしびれてパネルの前でしばらく動けなくなってしまったのです。なぜならば、これこそ自律社会の組織マネジメント、自律社会の仕事の仕方、ティール組織やDAOとも通じる、未来を見通したもの言いだと気付かされたからです。
伝統の建築を継承し、それを指揮してきた棟梁のメッセージは、じつは未来にも通じる、いや、未来可能性を示すメッセージだったことに気付いて熱く興奮してしまったのでした。
ものが語り、指し示す未来社会
今回の見学を通じて、陳列展示されている、とても美しいフォルムの大工道具の数々から、多くの新たな気づき、新たな刺激を、授かることができました。並べられた数々の道具が、その刺激を発し、もの語っていたのです。それらは、あくまでも鑑賞するための作品ではなく、仕事の「道具」であり、その現物そのものが朴訥と語るのです。役に立ってきた道具ならではの現物の力なのでしょう。
やはり、人間がつくり出した道具や技術は、人間に対しても多くを語ってくれるように思えます。そういう素晴らしいものづくりの発展だったわけですが、今はちょうど、大量生産、大量消費、大量廃棄という局面に至ってしまって、「モノからコトへ」などと叫ばれています。確かにそうかもしれません。しかし、私は「ものがあるから、ことが生まれる」と確信します。
だからこそ、これでものづくりの終焉としてはいけないと思い直します。物や技術と人間は、未来永劫やりとりをし続けるはずです。自律社会へのいき方にも大きな刺激を与えることでしょう。
こうして、よりよい未来の可能性が開けそうな気持ちへと、鼓舞された気持ちで館を後に、帰路の新幹線に乗車した私は、感謝の気持ちに満たされました。
そして改めて、こういう刺激の博物館を開き続ける企業の志の高さに敬意をはらい、企業だからこそできる世の中への価値発信だと感じたのでした。
ヒューマンルネッサンス研究所
エグゼクティブ・フェロー 中間 真一
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