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戯曲短編「ジャグジー」

【あらすじ】
舞台は関西のどこか。たまたま帰りにバスで久々に乗り合わせた同級生による会話劇。

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登場人物
・ 岡本…大手小売店の子会社の営業部長
・ 池田…銀行マン
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◯バスの中(夜)
   池田、終バスに乗っている。
   そこに岡本小走りで駆け込む。
岡本「ふー、間におうた間におうた。…あれ?池田君?」
池田「おー、岡もっちゃん。奇偶やな。残業か?」
岡本「せや。(座り)いやー、かなわんで。今日も総務の若いやつに昼間、怒ったったんや。『お前そんな、親会社やいうてヘコヘコしとったらあかんやないか。親会社やいうて、親分ちゃうんや。対等にいったらんとすぐに共倒れになってまうんやど!』て。そしたらそいつ、もうシューンとなってもうて結局仕事ならんでな。そんでまぁ、えらいフォローで大変やったんよ」
池田「かなわんなあ」
岡村「ほんま。今ワシ倒れたら、会社ごと潰れてまうわ」
   ドアが閉まる。
   バス、出発する。
岡本「池田君いつもこの時間ちゃうやんな?」
池田「ああ。今日はちょっと送別会でな」
岡本「あ、送別会か」
池田「うん。井口さんて覚えてる?多分一遍会うたことあるで。
岡本「井口さん?…さあ」
池田「あれやわ。ほら、どこや、会うたやんか。ほら、ハンズの近くのでっかい焼肉屋」
岡本「ハンズの近く…?あー!あっこ。あの人か!あれやろ?家先にでっかい犬飼うてるて。ロシアの…何やあれ。シベリアンやなくて…。ポルゾイか!エサ代が高うつくいうて。あれはたぶん僕よりいいもん食べてますよ、てな」
池田をそうそう。ほんであれや。俺が岡もっちゃんに、井口さんち、ジャグジーあるんやで、いうたら、岡もっちゃん、『ほな今度家族でよせてもらいますわ』て言うてな」
岡本「ああ、覚えてる覚えてる。ほんであれや。『ええですけどうちとこ温泉ちゃいますよ』て言いはって。…あー、あの井口さんか。え?あれいつや?
池田「4・5年前や。まだ阪神調子良かったし」
岡本「もうそんななるか。え、あの人もうそんな年か」
池田「せや。井口さん、送別会やいうて最後くらいスパッと決めたらよかったんやけどな…」
岡本「どないしたんや」
池田「ほら、うちとこ、前の支店長が辞めて他から新しいの来た、言うてたやんか」
岡本「ああ」
池田「井口さん、その新しい支店長とうまいことようやらんかったんよ。井口さん、ああ見えて頑固な人やから」
岡本「ああ。ほんで」
池田「うん。そんでま、そういうんもあって井口さん最後のスピーチで長いこと前の支店長の話ばっかりしてもうてな」
岡本「ふん、ふん」
池田「本人は自然に出たんかも知れんけど、やっぱり向こうからしたら具合悪いやんか。場もなんやシラーっとなってもてなぁ」
岡本「あー。そりゃかなわんなぁ」
池田「うん。何というか、本人がもったいない、言うか…。まあ、そこが井口さんらしいんやけどな。ほんでまた、幹事のやつが三年目の若いやつで、ホテルのレストラン、一室貸しきったんはええけど、一律七千円取って、大したメシも出よらへんねや。ほんで、トイレでみんなメシの愚痴言うとんのよ。ほんま、どないなっとんのやら」
岡本「ああ。そりゃ上のもんが言うたらなあかんな。最後やねんから、パーッといかな」
池田「ホンマやで。岡もっちゃんにおって欲しかったわ」
岡本「でもま、ええんちゃう?自分とこやったらそれなりに老後の蓄えもあるやろ」
池田「いや、実際そうでもないで。不景気やでどこも」
岡本「そうか?」
池田「うん…。年金も大変やしなあ」
岡本「せやな。年金かてめちゃくちゃやしな…」
池田「あれ?岡もっちゃん今のとこちゃうのバス停。1丁目やろ」
岡本「え?あー。ほんまや。行き過ぎたわ。ええわ。一緒に降りるわせっかくやし。次やろ?池田君家(ち)」
池田「あ、ちゃうねん。引っ越してん。言ってなかった?」
岡本「いや、知らんで」
池田「引越してんよ、うち。去年の春からこの先まっすぐ行ったとこの『涼竹台』いうて新しく出来たとこやねんけど」
岡本「そういや、何や広告見たな。結構ええとこちゃうん」
池田「ま、見晴らしだけが取柄やけどな。あと、昔から嫌なことあったらあの辺自転車でうろついとって、そういうんもあってな。どうする?あれやったら次押した方が」
岡本「ああ、いや、ええよ。せっかくやし、一緒に降りてみるわ」
池田「でも、うちとこあんまタクシー通りよらへんで?」
岡本「大丈夫大丈夫。迎えに来さすから。かまへんよ。どうせ一日中ごろごろしとるから、ちょっとくらい動かさな。それに、こっちは遅うまで働いてるんや。罰あたらへんて」
池田「さよか」
岡村「おお」
   と、不意に沈黙。
池田「そうか」
岡本「そうや」
池田「そうかぁ…」
   またも、沈黙。
池田「ふふ…。なるほどな」
   沈黙。
池田「あ、そういや、岡もっちゃん息子さんどうしてんの。そろそろ就職ちゃうの」
岡本「ああ。いや、あかん。あれは値打ちないわ。…いやな、いっぺん大学出て働いとったんやけどな。また何やもう一回大学行きたいいうて、今大学院の方に戻ってなんややっとるわ。さすがにもう一人でやれとはいうてあるけど。何いうか、足腰が弱いんやな。フラフラーフラフラ。これ、言うもんがないから、何しても続かへんねんやわ。ホンマ、しゃきっとせい、言うとんねやけど」
池田「大変やな。でもま、うちかて似たようなもんやで」
岡本「あ、そういや池田君とこ女の子一人おんねんな」
池田「うん。うちのは、急に大学辞めて美容師なりたい、いいだしてな。せめて大学は出てくれ、いうて二人で言うてんねんけど。甘やかし過ぎたんやろか」
岡本「でも、まぁ、そういう時代なんやで」
   間。
岡本「中岡ておったやろ?サッカー部の」
池田「中岡?ああ。何やスパイクで先輩の顔面ひっかいて後でみんなにぼこぼこにされた、いう…」
岡本「そうそうそう。その中岡。死んだんやって」
池田「えー?なんでや?」
岡本「さあ。肺がどうやら言うとったわ。ガンやろな、言うて」
池田「へー…。そうかぁ…」
岡本「うん。高校の裏の病院あるやろ?そこで聞いたんや。」
池田「え?岡もっちゃんも、なんや悪いんか?」
岡村「腰や。若いころ無茶しすぎたわ」
池田「(笑い)はは…。あ、岡もっちゃん次や。押してんか」
岡本「お、そうか。よし。いち・にの・スリーっと。(ボタンを押し、座り)ふー。また乗り過ごしたらえらいこっちゃ」
   二人、笑う。と、再び不意に沈黙。
池田「そうかぁ…」
岡本「そうや…」
池田「そうか…。なるほどな…」
岡本「…せやな」
池田「うん…。ほんまになぁ…」
   バスが停まった。
池田「あ、岡もっちゃん、ここやわ。降りよ」
岡本「お、ここか!よし、忘れもんないな?」
   二人、バスから降りる。
岡本「へー。ええ見晴らしええやんか。雰囲気あるわ。いや、オレ池田君やる思っとったわ。いや、池田君、昔から、何かロマンチストみたいなとこあったやろ。ほら、星とか月とか詳しかったし」
池田「ああ。まあなぁ」
岡本「いやー、ええとこ見つけたで」
池田「…岡もっちゃんあれやで?俺、車出すで」
岡本「え?ああ。大丈夫大丈夫。呼んだらすぐに来よるわ。悪いな、気遣ってもろて」
池田「いやいや、何言うてんねん」
岡本「かまへんかまへん。気にせんといて。ほな、かけるわ」
池田「うん」
岡本 (電話をかけ)もしもし、ワシや。悪いけど今から迎えに…いや駅ちゃう。涼竹台。前、広告もって来たやんか。え?アホ。誰が買うたるいうた。え?はいはーい」
   岡本、電話切る。
池田「大丈夫か?」
岡本「え?ああ…。すぐ来るって」
池田「ほんまか?俺も挨拶して帰ろか」
岡本「かまへんよ、すっぴんやしや。ちょっと夜景でも見て帰るわ」
池田「さよか。じゃあ…」
岡本「おう。気いつけて」
   池田、ふと立ち止まり、
池田「岡もっちゃん、オレそういや昔この辺で中岡に会うたわ」
岡本「え?中岡に?」
池田「うん。高校受験のとき。俺気分転換にこの辺うろちょろしとったんよ。そしたらたまたま中岡が、何やぼーっと空見あげとって。別に見てる先、星も何もあらへんねんで?せやからオレ、聞いたんや。『中岡、お前何してんねん、こんなとこで』て」
岡本「うん。ほんで?」
池田「そしたら、あいつ『励まし合うてんねん』て。『この宇宙のずっと向こうにも、今一人で空を見上げてるやつがいるねん。だから、俺はそいつと励まし合うてんねん』て」
岡本「わからんなあ」
池田「まあ、寂しかったんやろな、て。あいつクラスでも大体一人やったから。せやから岡もっちゃん、あれやわ。ま、しんどいときはうまいこと周りに甘えんとな、ってこっちゃわ」
岡本「ああ。大丈夫大丈夫。甘えすぎて嫌われてるぐらいやで」
池田「ほんまか?また岡もっちゃん頑張りすぎてんちゃう?」
岡本「実際そうでもないよ。大丈夫」
池田「そうか?(笑って)ま、ほなそういうことにしとこか。…よし。ほな、そろそろ行くわ」
岡本「おう。気いつけて」
池田「うん。岡もっちゃんも。奥さんによろしくな」
岡本「おお。ありがとう。池田君もな」
池田「おう。ほな」
   池田、去る。
岡本「(電話)もしもし、タクシー一台お願いしたいんですけど。涼竹台です、はい。どのくらい…。え?!あ、いえ大丈夫です。わかりました。はーい」
   電話、切る。
岡本「(ぼんやりため息し)ジャグジーか…」 
                  


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