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映像シナリオ(60分)「アーケード・ウェディング」


あらすじ】
 時は2018年。東京のデザイン会社で勤める潮田さやか(30)は仕事の傍ら、学生時代からの夢である画家を目指し、時間を見つけては絵を描いていた。だが、忙しくなる毎日のなかでその夢を諦めようとしていた。
 そんなある日、街の小さなカフェレストランで行った個展の最終日、ひとりのブラジル人が訪れる。名はダニエル・サントス(34)。彼はさやかの故郷・瀬戸内海を描いた絵を興味深く眺めていた。いつしか打ち解けあうようになった二人。
 そこである日、さやかは、突然、故郷の愛媛県しまなみ市でシャッター商店街の隅にある実家の魚屋の倉庫を改装してカフェを開くことを思い立つ。
さっそくしまなみに帰った二人は父・卓男の強い反対にあいながらも、ダニエルや母・浩子、地元の仲間も得て店を開店。いつしかシャッター街全体を復活させたいと思うようになる。そこで、さやかはハロウィンをやろうと提案。だが周囲とは思うように足並みがそろわない。いちどは決裂し、落ち込むさやか。
 だが、母、友人たちの優しいアドバイスとともに、過去に商店街を仕切っていた男が商店街でのクリスマスライブを共同開催することを提案し、再び商店街のために動くことを決意したさやかとダニエル。
 そんな二人の前にある日、技能研修生で日本を訪れていたベトナム人女性が現れる。近くのタオル工場で悲惨な労働をさせられていたのだという。市に相談したところ、ベトナム人研修生は元の工場に強制的に返されてしまった。
 そしてクリスマスライブの日、ベトナム人女性からSOSのメッセージが届く。
 さやかはたまたま商店街を通りがかった常連客の市役所員・森部に救うよう頼み込む。そこでさやからに勇気付けられた森部は、ついに工場に踏み込む決心、彼女たちを救うことに成功する。それから三年経った春に、二人は商店街で結婚式を挙げる。そこで、町おこしに奔走した二人を、思わぬ暖かいサプライズが待ち受けていた。

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【登場人物表】
潮田さやか(30)東京のデザイナー
ダニエル・サントス(34)ブラジル人
潮田浩子(64)さやかの母
潮田卓夫(65)さやかの父、利則(62)の兄。
 
岡本和子(30)しまなみ市の呉服屋を経営。みのり(9)、政志(7)の母
小出達夫(30)しまなみ市役所職員
 
岡本美希子(63)和子の母
猫田かずみ(72)瀬戸島で猫田農園経営
荒木のぞみ(30)東京の商社勤務
北はじめ(56)カフェ「マタたび」亭主
 
朝倉まみ(34)女性ヴォーカリスト。しまなみ市出身。
アイン(25)ベトナムの技能実習生
丘まこと(66)しまなみ市でジャズ喫茶を経営
 
園原光彦(24)東京の商社員 
内田秀行(37)タオル販売会社
門倉剛(40)タオル製造会社
 
森部航平(56)しまなみ市役所職員

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◯しまなみ市・俯瞰
   春の晴天の下、街と海が広がる。
 
◯つばめ商店街・入り口
   特別結婚式会場の舞台の上に袴姿のダニエル・サントス(34)。
   来賓席には潮田浩子(64)、岡本美希子(63)、潮田利則(62)ら。
   司会席に小出達夫(30)がいる。
美希子「ここで挙げるやなんて想像もつかんかったわい」
浩子「迷惑かかる言うたんやけどね。ああ見えて父親似でがんこやけん」
美希子「さやかちゃんらしいてええわ」
浩子「ま、持つべきもんは同級生よ」
達夫「感謝するのは僕の方です。潮田さんを見とると僕もがんばらにゃいかんて。でも、潮田さんが突然帰ってきたときは、びっくりしました」
浩子「そのことよ。十年前に突然飛び出したきりの子が、急に外国人の彼氏を連れて帰ってくるなんてねえ」
   一同、ダニエルを見る。
利則「ダニエル。シャキッと立たにゃ」
ダニエル「申し訳ありません」
   一同、笑う。
 
◯同・商店街入り口前の交差点
   商店街の向こう側にワゴン車が停まっている。
   隣に大きな空き地。
 
◯ワゴン車・中
   後部座席にドレス姿の潮田さやか(30)、岡本和子(30)、岡本みのり(9)、岡本正志(7)がいる。
さやか「まぁ君知っとるで? ここに大丸いう大きいデパートがあったんよ」
正志「へえ。そうなん?」
さやか「うん。うち、この屋上から海見るんが好きじゃったあ」
正志「ええなあ」
和子「あんたもお腹のなかで見とらい」
さやか「うちらの小さい頃は、ここらも人が一杯おったんよ」
みのり「そうなん?」
さやか「そうよ。うち、日本で一番、この街が大好きじゃった」
和子「あ、もう時間じゃ。みのり、まぁ、前頼むよ」
みのり・正志「うん」
   みのり、正志、車を降りる。
和子「ほな、さやか」
さやか「うん」
   さやか、車を降り、みのりと正志に引かれ青空の下交差点を渡っていく。
 
◯タイトル「アーケード・ウェディング」
 
◯T「三年前ほど前」
 
◯東京駅・遠景(夜)
   摩天楼のビル街。
 
◯東京のデザイン事務所(夜)
   暗いフロアでさやかが一人仕事をする中、スマホにラインの通知。
   【花金はじめちゃうよ】の文字。
   さやか、それを見て焦る。
 
◯東京スカイタワー・外観(夜)
   摩天楼のような高いビル群。
 
◯同・会員制ワインクラブ(夜)
   さやか、荒木のぞみ(30)らのテーブルに向かい、走ってくる。
のぞみ「おそいよ」
さやか「ごめん」
のぞみ「開けちゃうよ」
   スパークリングワインの栓が抜かれ、グラスに注がれていく。
   泡がはじけ飛んでいく。
 
◯(日替わり)さやかの自宅・中(朝)
   さやか、ガバッと起きる。
さやか「(携帯をみて)土曜日か……」
    寝ようとして再び起き上がり、
さやか「個展最終日だった」
      
◯ティーラウンジ「マタたび」(夕)
   さやか、瀬戸内海を描いた自作の絵を飾った店内に立っている。
   客はちらほらといった感じだ。
と、携帯が鳴る。さやか出て、
さやか「はい。え、休みですよ?はあ。戻り次第すぐに(電話を切り)はあ」
   箱に絵をしまい始めるさやか。
   と、島に囲まれた水辺の描かれた絵の前にダニエルが立っている。
さやか「あの、今日はもう……」
ダニエル「これは何という湖ですか?」
さやか「えっ?」
 
◯豪徳寺駅前(夕)
   さやかとダニエル、絵の入った箱を抱えて駅前へ歩いている。
さやか「あれは瀬戸内海という海なの。周りを本州と九州と四国に囲まれてるから湖みたいに穏やかなんだ」
ダニエル「へえ。湖と思いました」
   前方にまねき猫がいる。
ダニエル「わお、ビッグキャット!」
さやか「招き猫っていうんだよ」
ダニエル「招き猫?」
さやか「幸せを呼んでくれるの」
ダニエル「おお、ハッピーキャット」
さやか「……あ。私は潮田さやかです」
   さやか、名刺を渡す。
ダニエル「ダニエル・サントス言います。以後お見知り置きを」
さやか「ありがとう。それじゃ、また」
   さやか、改札をくぐる。
   ダニエル、笑顔で見送る。
 
◯デザイン事務所・中(夜)
   さやか、段ボールを抱えフロアに入ってくる。先輩が立っている。
先輩「悪い。奴等ら代わりはいるんだってチラつかせて来やがってさ。何それ」
さやか「(段ボールを隠し)いえ……」
先輩「今度一杯奢るから。じゃ」
   先輩去る。さやか、深いため息。
 
◯地下鉄・車内(夜)
   さやか、facebook(以下FB)を見る。
   のぞみのページに先日の写真と【#結成5周年!#今日はご褒美】。
   と、ダニエルからメールの通知。
   【今日は誠にありがとうございました】の文字に思わず微笑むさやか。
 
◯(日替わり)マタたび・中
   さやかとダニエルが魚の定食を食べている。
さやか「専門学校通ってたときここでバイトしてたんだ。制作発表が近い時はいつもここで元気をもらってた」
   北はじめ(56)、微笑みながら二人の前に紅茶を出す。
さやか「(紅茶)美味しいよ。あ」
   さやか、紙袋から先日の絵を出し、
さやか「よかったら」
ダニエル「え?」
さやか「マスターも」
ダニエル「ほんとにいいのですか?」
さやか「もうやめようと思って」
ダニエル「本当にいいの?」
北「そうだよ、さやかちゃん。人生、やりたいことをやるべきだって、いつも言ってたじゃない」
さやか「うん、でも、今のままだと全部中途半端になりそうで。マスターはなんでこのお店をやろうと思ったんだっけ?」
北「元々会社員をしてたんだけど、ある日突然決められた通り働くことに嫌気がさして。ご覧の通り後悔はしてない」
さやか「うらやましいな」
北「さやかちゃんは本当はどうしたいの」
さやか「わたしは…わたしも本当はマスターみたいに、紅茶や絵のように好きなものに囲まれて、幸せに暮らしたい」
北「なんでそれができないの?」
さやか「それは…」
   さやか、カップの紅茶にうつった自分の顔を見つめる。
 
◯さやかの自宅・寝室(夜)
   さやか、ベッドの上でアルバムを見ている。
   タイトル【卒業制作・追憶】。
   めくるとしまなみ市の港や商店街の人、街が絵になっている。
   と、そこへ仕事のメール。件名に【至急お願い!】の文字。
   さやか、突然起きあがり、
さやか「よし、決めた。今決めた」
 
◯(日替わり)しまなみ駅・外観
   停留所のバスからさやかとダニエルが降りてくる。
 
◯つばめ商店街・中
   シャッター通りを歩く二人。
さやか「元は全部お店だったんだ」
ダニエル「どうしてこうなったの」
さやか「さあ、どうしてだろうね」
   目の前に【岡本呉服店】の看板。 
   中から美希子が出てくる。
美希子「あれ、さやかちゃん」
さやか「美希子おばさん。あ、えっと」
ダニエル「初めまして。わたしはダニエルと申します」
美希子「へえ。すっかりグローバルになってしもたねえ。それに引き換え…」
さやか「何かあったんですか」
美希子「いかんいかん。余計なこと言いよったら和子に怒られてしまうわ。しばらくおるじゃろ。また寄ってやって」
さやか「はい。じゃあまた」
   笑顔の美希子と別れる二人。
ダニエル「……けん?」
さやか「この辺では言葉の最後に「けん」をつけるんだ」
   ダニエル、考え込んだ表情。
 
◯潮田家・玄関
   さやか、引き戸を開ける。
さやか「ただいま!」
   奥から浩子が出てくる。
浩子「大きい声。あら…これは?」
   浩子驚いた顔でダニエルを見る。
さやか「ボーイフレンド」
ダニエル「ダニエルといいますけん」
   浩子、きょとんとした表情。
 
◯潮田家・居間
   さやか達、こたつを囲んでいる。
浩子「さやか、あんた本気なん?」
さやか「本気て、なにが」
浩子「なにがて、そりゃあ。お父さんにもまだなんも言うてないんよ?」
さやか「もう何年使ってないんでしょ」
浩子「そうやけど」
さやか「さ、いくよ」
ダニエル「うー。まだ出たくないよー」
さやか「だめ」
   さやか、こたつからダニエルを引っ張り出す。
 
◯潮田家・倉庫
   さやか、シャッターを開ける。中には古いガラクタが溢れている。
ダニエル「わあ、すごいですね」
浩子「基本的にこの辺は、お父さんに聞かにゃあわからんのよ」
さやか「大丈夫。うまくやるから」
   さやか、腕まくりする。
浩子「もう、変わらんねえ」
 
◯しまなみ港・グラウンド近くの公園(夕)
   海を前に絵を描いているさやかとダニエルがいる。
さやか「うち、代々魚屋だったんだ。でも私が一人娘やけん、お父さんが婿取れってうるさくて、それが嫌で飛び出したの」
ダニエル「そうだったんだね」
さやか「東京に憧れもあったけど、本当は、この街も海も大好きだったんだ」
   と、二人の前にサッカーボールが転がってくる。
   その先のグランドにはブラジル人の少年達がいる。
ダニエル「ちょっとだけ」
さやか「ちょ、ちょっとダニエル?」
   ダニエル、ボールへ駆ける。
ダニエル「(ポルトガル語で)いくぞ」
   ダニエル、サッカーに加わる。
   少しして後ろから日本の子供達が保護者とグランドに入ってくる。
日本の少年「邪魔やけん、出てけ」
   やがて、日本人の子どもとブラジル人の子供が口論をしはじめる。
さやか「ダニエル…?」
   さやか、人だかりへ。中にいた岡本和子(30)さやかに気づく。
和子「……さやか?」
さやか「和子?」
   ×   ×   ×
   さやかと和子、グランドの端に腰掛けている。
   グランドでは日本の子供達がサッカーをしている。
   フェンスの外ではブラジルの少年達はダニエルとサッカーに興じる。
さやか「ああいう事、よくあるの?」
和子「あんたが出てってからだいぶ変わったけんね。でも移民も色々よ。今は技能研修生いうてベトナムの人が増えて問題もでとるんよ。でもまさかあんたにブラジル人の彼氏ができるとは」
さやか「まだ出会って3ヶ月なんだけどね。正志くんも大きくなったね」
和子「いまじゃシングルマザーを立派に支えてくれとんよ。あ、言うとらんかったね。うちバツが付いとんよ。(涙ぐみ)二人ともえらい子なんよ。まだ小さいのに周りのこと考えて」
さやか「和子……」
正志ら日本人、練習を終える。
和子「まぁ。こっちよ」
正志、寄ってくる。
和子「お母さんの友達のさやかさん」
さやか「こんばんは」
正志「こんばんは。はじめまして」
さやか「初めましてやないよ?」
正志「そうなん?」
和子「ほな、またゆっくりお茶でも」
さやか「うん。……え?」
   ブラジルの子供達を引き連れたダニエルが日本の少年達を手招きする。
   少年たち、ダニエルの笑顔に引かれるように集まる。
   ダニエルがウィンクするとブラジルの少年1が手を差し出す。
ブラジルの少年1「ごめんなさい」
   ダニエル、目で促すと、日本人の少年も手を出し、握手する。
ダニエル「サッカーに国境はないです」
   ダニエル、二人の頭を撫でる。
   さやかと和子、顔を見合わせる。
 
◯(日替り)潮田家・倉庫・外観
 
◯同・中
さやか「悪いねえ」
和子「ええんよ。今日は暇やけん。ほいで、どこにリフォーム頼むん」
さやか「それがいい所がなくて……」
和子「決めとらんので。ほな達夫君に」
さやか「たつお、くん?」
和子「あんた、小中と学校で一緒やった小出達夫くんよ。いまちょうど役所で商店街の支援課におるんよ」
さやか「小出くん?」
和子「あんたまさか忘れたん? いかんよ、達夫くんの前でそんなリアクションしたら。達夫くんあんたのこと好きやったんやけん」
さやか「(驚く)ええ?」
和子「(電話して)あ、達夫くん。あのね、今さやかが帰ってきとんよ」
   ×   ×   ×
   小出が入ってくる。
小出「こんばんは」
 
◯さやかの家(夜)
   小学校のアルバムが広げられている。
小出「仕方ないよ、僕太っとったけん」
さやか「でも、なんで和子と?」
和子「ここだけの話、うち副業で結婚の仲介斡旋もしとったんよ。そこでたまたま達夫くんと連絡とって」
小出「お力にはなれなかったけどね」
和子「それはこっちのセリフよ」
小出「さやかちゃんは?」
和子「残念ながら地球の裏側から」
   ダニエル、正志と帰ってくる。
   脇にサッカーボールを抱えている。
和子「あら、すっかり仲良しやねえ」
ダニエル「僕たちベストフレンドです」
   ダニエル、正志の肩に手を置く。
小出「それで、さやかちゃんはどんなお  店を作りたいの?」
さやか「まずは、この街の癒しになるような、だれでもこれる場所。そこに、わたしの好きな絵を飾って。ゆくゆくは街を盛り上げて恩返ししたいの」
和子「でも、この街の人は保守的よ?」
さやか「うん。でも、もう決めたんだ」
小出「ぼくら役所の人間としても、そういう若い人たちの思いを応援したい」
  一同、うなづく。
小出「さ、リフォーム業者じゃったね」
   小出、パンフレットを出す。
 
◯(日替り)潮田家・倉庫
   さやからの立ちあいのもと、利則らが作業している。
さやか「昔から困った時はおじさんね」
利則「わしゃ兄貴と違って理解があるけんな」
   ダニエル、ハンモックを天井の柱に吊るそうとするもできない。
利則「ブラジル人も不器用なもんがおるんじゃのぉ。貸してみ」
   利則、てきぱきとハンモックを吊るし終える。
さやか「おじさん、そのまま」
利則「どないするんや」
さやか「店を作る所からフェイスブックにアップするんだ。ほら達夫くんも」
小出「ぼくは役所の人間やけん」
さやか「いいから、ほら」
   三人、ハンモックをまえに照れ臭そうに写真におさまる。
 
◯荒木のぞみの家・中
   パソコンのFBの画面に先の写真と【ただいま実家の倉庫を改装中。オープンは4月1日です!】の文字。
   それをのぞみが見ている。
   やがてFBの写真が晴天のしまなみ街道に更新される。
 
◯しまなみ海道
   二人が乗る軽トラが走っている。
 
◯軽トラ・中
   さやかの膝に食器入り段ボール。
ダニエル「かわいいの沢山買えたね」
さやか「うん、前から食器は広島のあのお店屋さんのに決めてたから」
   目の前に瀬戸島が見えてくる。
 
◯瀬戸島・猫田農園
   トラック、猫田農園に差し掛る。
さやか「猫田農園…あ、待って」
   車、猫田農園の即売前で停まる。
   隣の畑では農作業服姿の猫田かずみ(72)が昼寝中だ。
ダニエル「ぷぷ。本当の猫みたい」
   ダニエル、こっそり写真をとろうとして、近くの農具を踏む。
ダニエル「あっ」
かずみ「ん、イノシシでっ?」
   かずみ、二人と目が合う。
 
◯しまなみ海道
   膝に袋いっぱいの野菜を抱えてほくほくのさやかとダニエル。
さやか「まさかこんなに簡単に地元の農家さんと契約できるなんて」
ダニエル「(トマトを食べ)美味しいよ」
   と、さやかの携帯が鳴る。
さやか「どしたん、母さん。え?」
 
◯しまなみ中央病院・外観(夕)
   さやかが玄関前を歩いている。
 
◯同・階段・(夕)
   【潮田卓男】と書かれた病室。
 
◯同・卓男の病室(夕)
   さやか、潮田卓男(65)に、
さやか「あんまりやない」
卓男「なにがや、親が入院しとるのに、挨拶もせんと勝手に…だいたい、ずっと家を開けとったくせに今になって」
さやか「やるといったら、やるから」
   さやか、病室を去る。
 
◯潮田家・食卓(夜)
   浩子、ダニエル、こたつを囲んでいる
   中、さやかが台所で調理している。
さやか「昔から私が何かしようとするとすぐ足を引っ張るんだから」
浩子「一応言わんことには、とおもて。お父さんのことはこっちに任せてあんたらは好きにしてええけんね」
さやか「母さん…」
ダニエル「家族が難しいのはどこも同じです」
   ふとダニエル、柱に貼った写真を見つける。昔の商店街の写真などだ。
ダニエル「賑やかですね」
さやか「昔は街で一番賑わってたんだ」
   ダニエル、外国で卓男と浩子に抱っこされたさやかの写真を差し、
ダニエル「これは?」
浩子「組合の旅行でサンフランシスコに行ったときのじゃね。あの人、そこの港で食たクラムチャウダー言うんがえらいお気にいりやったんよ」
ダニエル「クラムチャウダーってあの?」
浩子「向こうのは、まあるいパンの中に入っとってね。あの人、あれがお気に入りで、みんなに隠れて、毎朝一人でこそこそ食べに行っとったんよ」
ダニエル「ふうん……」
   台所で炊飯器の電子音が鳴る。
   さやか、料理を運んでくる。
さやか「テーマは地産地消。魚はそこの魚市場、食器は尾道。これは今日、島で買った野菜で作ったあえもの」
浩子「へえ。味利いてみよか。うん、一丁前やがね。どこで覚えたん」
さやか「東京でお世話になったマスターに教えてもらったんだ。あ、ちょっと待って」
ダニエル「おお、そうでした」
   ダニエル、立ち上がり、ポットを持ってきて、カップに注ぐ。
浩子「紅茶?」
さやか「海外から最高の奴を。荒木さん言うて、東京の商社に勤めとる友達がおるんよ」
浩子「紅茶なんて、この辺の人飲まんよ」
さやか「一度飲めばわかってくれるよ」
ダニエル「もうすぐだね」
さやか「うん」
ダニエル「大丈夫、うまくいくけん」
   一同、笑う。
 
◯(日替わり)しおの香(旧潮田家倉庫)・外観
   【しおの香】の看板がある。
 
◯同・中
   さやか、ダニエル、台所に立つ。
   店内はさやかの絵が飾ってある。
さやか「なかなか来ないね…」
   暫くしてベレー帽のいい身なりの婦人(かずみ)が入ってくる。
   出された料理を美味しそうに食べて、出された紅茶をすする。
   鞄から短冊を出し、俳句を書き上げて、レジでお金と一緒に渡す。
さやか「(短冊を読み上げ)潮騒と 土の香りに 葉の雫――しまねこ…あ!」
   二人、顔を見合わせる。
 
◯同・外観
   外に出る二人。かずみの背中に、
二人「猫田さん、ありがとう!」
   かずみ、手を可愛く振る。
 
◯同・中
   二人、店に帰ると沢山の客。
さやか「わあ」
ダニエル「招き猫だったんだね」
 
◯(日替り)しまなみ城
   葉桜の下をサイクリストが走っていく。
 
◯しおの香・中
   閑散とした店内でみのりと正志が美味しそうに紅茶を飲んでいる。
さやか「最初はすごかったんだけど、落ち着いちゃって」
和子「ネットの評価は高いのに。メニューが少ないんかなあ」
さやか「これ以上食材費は使えないよ」
   ダニエル、台所から鍋を出す。
さやか「えっ」
ダニエル「昨日、徹夜で作りました」
   ダニエル、お皿によそう。
みのり「しちゅー?」
さやか「でも、赤いね」
正志「カレーみたい」
みのり「おいしい!」
ダニエル「ムケッカというブラジルの料理です。これなら作り置けます」
さやか「すごい、すごいよダニエル!」
   FBにムケッカの写真と【ブラジルの郷土料理始めました」の文字。「いいね」が200を超える。
 
◯(日替わり)サッカーグラウンド
   ブラジル人の少年達が日本人に混じって仲良くサッカーしている。
 
◯しおの香・中
   ダニエル、さやか、和子、小出の四人が紅茶を飲んでいる。
和子「ムケッカの調子ええやない」
さやか「うん、ただ、儲けはなかなか」
小出「商店街自体に人がおらんけんね」
さやか「そこで、少し考えてみたんだ」
   ダニエル、PCを二人に向ける。
   【クラウドファウンディングでハロウィンをやろう!】の文字。
和子・小出「ハロウィン?」
さやか「そう、この街のことを親子でもっと知ってもらうために、みんなにハロウィンの衣装を用意して、お菓子がもらえるクイズ大会とかいろんなイベントをやるんよ」
小出「目標30万円?」
さやか「衣装代やお菓子代、広告宣伝費 とか、皆から寄付を募るの」
和子「うまくいくんで?」
さやか「大丈夫、隠れていても、同じ気持ちの人は多いはずだよ」
   和子、小出、浮かない表情。
 
◯(日替わり)しまなみ大橋
   木々がうっすら紅葉している。
 
◯しおの香・中
   さやからが待つ中、小出がかえってきて、首を横に振る。
小出「やっぱり事前に組合の許可が」
さやか「じゃあ」
小出「(首を横に振り)あくまで私有地の範囲でやってくれ、と」
さやか「そんな…」
和子「ほいでお金は?」
   パソコンのHP【締め切りあと2週間、目標まであと18万の表示】
さやか「衣装代削ろうか」
和子「何いいよん、もう買うたがね」
さやか「どうしよう…」
和子「うちはまずいおもたんよ。言うたじゃろ、ここの人ら皆保守的やて」
さやか「でも、賛同してくれたじゃん」
和子「それは…」
   みのりが飛び込んでくる。
みのり「さやか」
   みのり、ツイッター画面を見せる。
   【ハロウィンで商店街盛り上げるとかw】【どうせ都会に飽きただけ】のコメントと一緒に、東京スカイタワーで撮った写真。
さやか「ひどい…」
小出「誰がこんなことを」
さやか「許せない」
ダニエル「さやか、こんなの意味ない。気にしないで(と手を差し伸べる)」
さやか「ダニエルにはわかんないよ、こんな小さな街のことなんて」
   さやか、ダニエルの手を払い、
ダニエル「さやか…」
さやか「ごめん…一人にして」
 
◯しまなみ港(夕)
   さやか、一人佇む。そこへ浩子。
浩子「やっぱり」
さやか「お母さん」
浩子「あんた子供ん時から、なんか辛いことあったらここで海見よったもん」
   浩子、さやかのそばにきて、
浩子「あんたが商店街のことを誰より思っとるのは、みんなわかっとるんよ。ただ、ちょっと焦りすぎただけよ。先は長いけんもっと周りの人の話をしっかり聞いてじっくりやりなさい。ね」
   浩子、去る。
   さやか、じっと海を見る。
 
◯(さやかの脳内)過去の街のイメージ
   ※以下、それぞれの写真に雑踏や営みの音が入る。
   港が沢山の船や人で賑わう写真。
   商店街に日常の買い物客で溢れる頃の写真、商店街の夜店の賑わい。
   大丸デパートの写真など。
 
◯(イメージ終わり)しまなみ港(宵)
   薄暗い夕闇をカモメが飛んでいく中、フェリーが走る。
   潮騒が静かにゆったり聞こえる。
 
◯潮田家・居間(夜)
   さやかが帰ってくるが、部屋が暗い。
   電気をつけると、テーブルに拙い平仮名で【力になれなくて、ごめんね ダニエルより】のメモ。
   周りからダニエルの荷物が消えている。
 
◯つばめ商店街(夜)
   さやか、商店街を走っている。
さやか「ダニエル! ダニエル!」
 
◯(回想)バスタ新宿・チケット売り場
   二人、並んでいる。
さやか「本当にいいの?」
ダニエル「はい。一度あの湖のような海を見てみたいです」
さやか「でも、周りはきっとダニエルの知らない日本人ばかりだよ」
ダニエル「さやかは、生まれたところが違う人は一緒にいちゃいけないと思ってるの?ぼくの家族は皆ブラジル人だけどいつも喧嘩ばかりしてる。僕はそれが嫌でブラジルを逃げてきたんだ」
  二人の順番が回ってくる。
 
◯(回想戻り)つばめ商店街(夜)
   さやか、必死に走っている。
 
◯しまなみ駅バス停前(夜)
   ダニエルがリュックを背負い、肩を落として歩いている。
   と、どこからか泣き声がして、立ち止まるダニエル。
ダニエル「(何かを見つける)……」
   さやか、走ってきて、
さやか「ダニエルッ」
   ダニエルに抱きつくさやか。
   だがダニエルの反応が薄い。
   よく見ると、脇に泣き顔のアインがいる(25)。
 
◯潮田家・風呂場(夜)
   アインが鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている。
 
◯同・居間(夜)
   さやか、ダニエル、浩子が座っている。
さやか「バス停近くで泣いていたの」
浩子「その辺の工場から逃げてきたんかねえ」
   風呂場からアインの悲鳴。
 
◯同・脱衣所(夜)
   さやか、走ってくる。
さやか「どうしたん?」
   アイン、風呂場の中から、パジャマのタグをゆびさす。
   【川瀬繊維製造・門倉工業】の文字。
 
◯(日替り)しおの香・中
   さやか、ダニエルらがいる。
   テーブルの隅に森部航平(56)。
和子「それじゃ、ハロウィンは…」
さやか「うん。支援してくださった方には、お詫びのお手紙を送ろうと思う」
和子「衣装の件は相談してみよわい」
さやか「本当にごめんね」
小出「潮田さん、めげたらいかんよ」
和子「ほうよ。あんたの気持ちはわかっとんじゃけん。それで、例のベトナムの子は?」
さやか「市役所から社長に電話してもらったんだけど、迎えにきた社長が礼も言わず車に引っ張り込んだって…」
和子「まいったね。なんとかならんの?」
小出「うん……」
森部「ごちそうさま」
   森部、席を立ち支払って店を後にする。
小出「あの人がその担当なんよ」
さやか・和子「ええっ!」
 
◯つばめ商店街・中
   森部、ため息をつく。
森部「めげたらいかんよ、か…」
   脇の更地に「管理地」の立て札。
 
◯(回想)いつかのつばめ商店街
   まだ賑わいある商店街の一区画の建設現場に立ち会う若き森部(28)。
   【門倉雑貨店建設予定地】と書かれた看板脇に門倉龍(44)留美(42)、剛(12)が立つ。
門倉「いよいよじゃねえ」
留美「それもこれも森部さんがあいだに立ってくれたおかげよ」
森部「役所の人間は市民の味方じゃけん。少々のことでめげたらいかんよ」
門倉・留美「はい!」
剛「あ、ちょっと待って」
   そこへ老婆が一人、おぼつかない足取りで交差点を渡ろうとする。
   剛、走って追いついて、手を引いて一緒にわたる。
老婆「みっともないわい」
剛「ええけん、ええけん」
   剛を微笑ましく見守る一同。
 
◯(回想戻って)つばめ商店街
   シャッターを前にぼんやり立ちすくむ森部を、丘まこと(66)が見ている。
 
◯しおの香・中
   引き戸が開き、丘が入ってくる。
さやか「すみません、今日はもう……」
   ×   ×   ×
丘「そうですか、中止ですか。残念です」
さやか「必ず返金しますので」
丘「いえね、そんなことより……」
   丘、あるCDを出す。
 
◯(日替わり)しおの香・中
   朝倉まみの歌がBGMで流れる。
さやか「ここが地元だったんだね」
和子「で、なんの話やったん」
さやか「元々は夏に凱旋ライブをする予定だったんだけど、台風で中止になって。それでせっかくだからってそのジャズ喫茶のマスターが、クリスマスライブをやろうって声かけてくれたの」
小出「丘さんは昔商店街の納涼音楽祭を市と一緒に企画しとったから」
さやか「そうなの?」
小出「きっと、さやかちゃんを応援したくて、来てくれたんよ」
和子「よかったやない」
さやか「うん……ダニエル」
ダニエル、うなづく。
さやか「皆、もう一度力を貸してください」
   一同うなずく。
 
◯(日替わり)つばめ商店街
   うっすらクリスマスムードのなか、朝倉まみのコンサートのポスターが貼られている。
 
◯川瀬繊維・事務所・外観(夕)
     【川瀬繊維工業】の看板。
 
◯同・中(夕)
   園原光彦(24)、内田秀行(37)に書類を渡す。ハンコを押す内田。
   園原、書類をカバンにしまい、
園原「じゃ、これで」
内田「え?」
園原「今日中に東京に帰らなきゃいけなくなりまして。あ、メリークリスマス」
   急いで去る園原に唖然とする内田。
内田「け。どうせどっかの女とメシの予定でも入ったんじゃろが」
   内田、携帯電話をかける。
内田「社長。うまい飯食べませんか?」
 
◯門倉工業・外観(夕)
門倉(声)「馬鹿たれ」
 
◯門倉工業・中(夕)
   門倉剛(40)、従業員の一人をぶつ。
   門倉の携帯が鳴る。
 
◯あるイタリアンレストラン・中(夕)
   内田と門倉の前に豪華な肉と酒が並ぶ。
内田「すいません、こんな日に男二人」
門倉「いえ」
内田「ふざけるな、言うんよ。若造が」
門倉「ほうですねえ。全く」
   門倉の携帯が鳴る。
門倉「すいません」
   門倉、席を立ち、戻ってくる。
門倉「ちょっとトラブルが」
   門倉、申し訳なさそうに去る。
 
◯つばめ商店街(夕)
   クリスマスの準備をしている商店街が遠目に門倉の目に入る。
門倉「ふん。ばかばかしい…」
 
◯つばめ商店街(夕)
   みなでライブの準備をしている。
美希子「卓男さんにも、聞こえるじゃろか」
浩子「もう寝よるわい」
ダニエル、いそいそと丸い大きなパンをいじっている。
ダニエル「ひろこさん、これをお父さんに」
浩子「え……?」
   浩子、パンを持って去る。
まみ「おまたせ」
   入れ違いで丘と朝倉まみ。
 
◯しまなみ中央病院・卓男の部屋(夕)
   浩子、卓男に先のパンを差し出す。
浩子「開けてみてください」
   卓男、パンの蓋を開ける。
浩子「ブラジル版クラムチャウダーよ」
   卓男、びっくりした表情になる。
 
◯門倉工業・中(夕)
   扉が開き、門倉がベトナム人を引き連れて帰ってくる。
門倉「逃げれられると思うなよ」
   門倉、一人の女性の胸ぐらをつかみ、机に顔をこすりつける。
門倉「はよやらんかい、お前らもや」
   その様子を影で隠し撮るアイン。
 
◯岡本呉服店・居間(宵)
   さやか、丘や和子らとまみの衣装とヘアメイクをしている。
   そこへ浩子。
さやか「お母さん」
浩子「ぶつぶつ言いながらぺろっと食べたわ」
   一同笑う。
   と、さやかの携帯のメッセンジャーにアインから動画が送られる。
和子「こんなときに。小出君に連絡しよう」

◯つばめ商店街(夜)
   小出、携帯に出て、
小出「わかった。なんとかしようわい」
小出、森部の携帯を鳴らす。
 
◯しまなみ中央病院・病室(夜)
   森部、母を看病している。
   と、小出からの電話だ。出て、
小出(声)「森部さん、えらいことです」
森部「……」
 
◯つばめ商店街(夜)
   まみが裏でスタンバイに入る。
和子「さやかは、今は気にしないで」
浩子「ほうよ。達夫君が役所に連絡したけん」
   小出、戻ってくるも、浮かない表情。
さやか「…ごめん、やっぱり私」
ダニエル「さやか」
   さやか、駆け出す。ダニエル、追う。
   心配そうに見送る一同。
   ×   ×   ×
   まみ、ステージに立つ。
   大勢の観客が見守っている。
 
◯小出のマンション・中(夜)
   小出、ぼうっとテレビを見ている。
   ふいにテレビを消すと、遠くでまみの音楽が聞こえてくる。
小出「めげたらいかんよ、か……」
 
◯門倉工場・玄関(夜)
   さやか、ダニエル、走ってくる。
   玄関のチャイムを押すが、無反応だ。
   窓のカーテンから灯りが漏れている。
さやか「どうしよう」
   と、後ろに森部が立っている。
さやか「あ、あなたは」
森部、ノブを捻るも鍵がかかっている。
森部「すいません、役所のものです」
   しばらくして門倉、扉を開ける。
門倉「何のようです」
森部、無理やり押し入る。
 
◯同・中(夜)
門倉「勝手にやめて下さい。警察呼びますよ」
   一見誰もいない作業場。
   だが、部屋の隅のブルーシートを捲ると、アインらが震えている。
森部「これは……」
門倉「こっちもギリギリなんや。あんたら役所の人間に何がわかる」
森部「わかる。君のこと知っとるからな」
門倉「なんやと?」
森部「君は門倉雑貨店の一人息子の剛くんじゃろ。わしは、君のお父さんとお母さんが、むかし商店街に店出すのを手伝った市役所の森部じゃ」
門倉「森部さん……?」
森部「剛くん。君は今、辛いんじゃろ?売り上げや納期やで自分が世の中から見捨てられたような気持ちになっとるんじゃ。でもな、そんな辛い立場の君やからこそ、彼女らの気持ちをわからないかんのと違うか?」
門倉「……」
森部「彼女らには彼女らの人生がある。親がおる。兄弟がおる。未来がある。かつての君と同じように。悪いけど、彼女達はこれ以上ここには置いておけん。天国の君のご両親のためにも」
森部、アインらを従えて、
門倉「森部さん、わしは、どうすれば…」
森部「君ももう子供やない。君が本当に彼女たちに悪いことをした思うなら、まずは反省して、心から彼女たちに謝ることや。君がもし、きちんと罪を償うなら、残り少ない人生で、全力で君を助ける。約束する」
門倉「森部さん……」
   くずおれる門倉の肩に手をやる森部。
   森部、さやかたちを見て、うなづく。
 
◯つばめ商店街(夜)
   満員の客席。猫田や利則の姿も見える。
   コンサートも最高潮だ。
まみ「最後に、この曲をきいてください。私を育ててくれた街への感謝の気持ちで作りました。『home』」
和子「ラストや。まいったねえ」
   さやか、ダニエル、帰ってくる。
和子「さやか」
   さやか、うなづく。
   一同、安堵した様子。
まみ「(歌)振り返ればいつも育った街 離れててもこの空の下繋がっている」
   まみ、優しく歌い上げる。
   と、脇の屋台にいたみのりと正志、森部に連れられたベトナム人たちがステージを見ているのに気づく。
正志「はい」
   みのりがよそったムケッカを、正志がベトナム人達に配りだす。
   皆、不思議そうにみていたが、森部のうなづきに反応して、食べ出す。
   正志、微笑む。
   ベトナム人達も微笑み返す。
 
◯門倉工業・中(夜)
   一人佇んでかつて店前で取った家族写真を見ている門倉。
   遠くでまみの歌声が聞こえる。
 
◯つばめ商店街(夜)
   ライブが終わり、客たちが帰りはじめる。
   舞台脇のまみにさやか、
さやか「本当に有難うございました」
まみ「お礼を言うのはこっち。これから久しぶりに家族でクリスマスなの」
まみ、手を差し出し、
まみ「ありがとう」
さやか「ありがとうございます」
   まみ、握手して颯爽と去る。
   入れ違いでのぞみが出てくる。
のぞみ「さやか…」
さやか「のぞみ?なんで…」
   のぞみ、泣いている。

◯(回想)のぞみの部屋(夜)
   のぞみ、PCで東京スカイツリーの集合写真をSNSにあげる。
 
◯(回想戻って)つばめ商店街(夜)
   のぞみ、泣いている。
のぞみ「ごめん。本当は羨ましかったんだ」
さやか「ううん、わざわざ来てくれたんだもの。ありがとう」
   さやか、のぞみの涙を拭く。
 
◯新しまなみ国際ホテル(夜)
   雪の中、航空障害灯が赤く点滅。
 
◯つばめ商店街(夜)
   片付けが終わり閑散とする中、しおの香の電気だけがついている。
 
◯しおの香・店内(夜)
   さやか、森部に紅茶を出す。
森部「彼女らはしばらく市の施設で保護することになりました」
さやか「本当に何と言っていいやら」
森部「お礼を言うのは僕の方です。恥ずかしい話、怖かったんです。彼と向き合うことも、彼を追求することで起こる役所の人らの反応も。でもこの街を盛り上げようとがんばる皆さんの顔がふと浮かんで…」
さやか「森部さん…」
   森部が紅茶のカップを持つ。
森部「これ、どこの紅茶です?」
さやか「インドのアッサムです」
森部「へえ、そうですか。紅茶ってこんなに美味しかったんやねえ…」
   森部、美味しそうに紅茶を啜る。
 
◯しおの香・外観(夜)
   森部を見送り、静まり返った商店街に立つさやか、ダニエル。
さやか「ダニエル、本当にありがとう」
ダニエル「全部さやかのおかげだよ。さやかの勇気が、皆の心のドアをノックしたんだよ。さやかがドアをノックすると、皆そこにドアがあったことを忘れていたようにして、慌ててドアを開けて、宝物を見つけるんだよ」
さやか「ダニエル…」
ダニエル「さやか…」
   ダニエルとさやか、寄り添う。
   目の前には寝静まる商店街。
 
◯しまなみ中央病院・食堂(夜)
   車椅子の老人たちがテレビの前で夜のニュースを見ている。
アナウンサー「昨日、天皇陛下が85歳の誕生日を迎えられました。陛下はすでに来年4月を持って…」
老人1「この天皇さんの時代は、一度も戦争が起きんかったねえ」
老人2「ほうよねえ」
老人1「よかったねえ」
老人2「ええ。よかったねえ」
   卓男、窓の外を見ると雪が降っている。
 
◯つばめ商店街(夜)
   誰もいないアーケードの上に、雪が降り積もる。
さやか(声)「世界からいつまでも戦争や貧困がなくならないように、わたしたちは、世の中を大きく変えることはできないかもしれない。でも、私たちはもっと自信を持つべきだ。どんな状況でも、私たち一人一人の手と足で、一歩でも前に進めたことを、もっと喜ぶべきなんだ。私はこれを『紅茶一杯分の奇跡』と呼ぼう」
 
◯(日変わり)つばめ商店街・披露宴席
   交差点の向こう側からさやか達が渡ってくる。
   スピーカーからはまみの歌声。
美希子「ほいで、やっぱりこんの?」
   浩子、首を振る。
美希子「やっぱり具合悪いんで?」
浩子「なんやかんやいうて辛いんよ、一人娘が嫁にいくんが」
   ×   ×   × 
   神父役の北の前に立つ二人。
丘「永遠の愛を誓いますか」
さやか・ダニエル「誓います」
   二人、キス。司会の小出、
小出「さあ、ここからは披露宴です」
×  ×  ×
   仲人の森部が縁台に立つ。
森部「結婚の結という字は結ぶと書きますが、まさに色々なものをつなげて」
   利則、居眠り。ダニエルも欠伸。
さやか「あんたが寝てどうするの?」
ダニエル「ち、ちがうよ」
森部「(咳込み)しまなみとサルバトール。二つの街を結んで、世界を一緒にもりあげてください」
   と、突然ベトナム音楽が流れ、
小出「さあ、ここからは余興の時間です」
   アインらが出てきて、民族衣装で踊り出す。猫田ら他の客も前で踊る。
        ×   ×   ×
   さやか、立ち上がりスピーチ。
さやか「わたしは、いま、ここに帰ってきて本当に幸せです。ダニエルも第二の故郷のように愛してくれています。私は本当に商店街のあったかい人たちが大好きで、だから今こうして祝ってもらえて私たちは幸せです。今日はほんとうにありがとうございました」
ダニエル「ありがと、ございました」
小出「それでは二人はこれから旅立ちます。
皆さん、準備はいいですか?せーの!」
   すると、シャッターが手前から次々開く。
   店の中から拍手する人と光が漏れ、商店街に一気に活気が溢れる。
   シャッターのままのところも、よく見ると当時の店の写真がポスターになって貼られている。
和子「さやかに昔の商店街を思い出させてあげようと、達夫君らと」
さやか「みんな……(涙目)」
   ダニエル、ぎゅっとさやかの手を握り、二人でかつての商店街を彷彿とさせる光の中を歩き出す。
   店を通るたび、おめでとうの声やクラッカーの音。
   と、ダニエルの前にボールが転がってくる。
   日伯のサッカー少年たちが立ちはだかっている。
ブラジルの少年1「セニョール」
   ダニエル、さやかを見る。さやか、うなづく。
   ダニエル、ドリブルで少年たちを抜く。
   最後、ボールをポンと頭に乗せて振り返る。
   だが、さやかは別の方を見ている。
ダニエル「さやか?」
   ダニエル、不思議に思って走って戻ると、さやかの視線は商店街の脇道の遠くに見える車椅子の卓男に向けられている。
さやか「……」
卓男「……」
   さやかと卓男、微妙な表情。
   ダニエル、ボールを抱えたまま二人の間を割って卓男の方へ走る。
さやか「ダニエルっ?」
   ダニエル、卓男の前で跪き、何かいう。
   卓男、ダニエルをしばらくじっとみて何かを言い返し、引き返す。
さやか「お父さん……」
   卓男の車椅子、止まる。
さやか「今まで育ててくれて、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
   さやか、頭を下げる。
   しばらくして卓男が無言で病院に入る。
浩子「なんよ、あの意気地なしは」
美希子「今はあれが限界よ」
   そばの看護師だけが卓男の涙と震えを見ている。
 
◯しまなみ港
   商店街を抜けると港が見える。
   桟橋に【ダニエルさんさやかさん、末永くお幸せにParabéns pelo noivado!】の
垂れ幕。
   一同、船の前に集まる。
和子「さやか、ブーケブーケ」
さやか「あ、そうじゃった」
和子「さあ、みのり、まあ、お母さんのためにがんばるんよ」
みのり・正志「うん」
さやか「いくよ、えい」
   さやか、ブーケを投げる。
   と、高くとんだブーケを鳶が咥えていく。
美希子「あら、まあ……」
   みんなで青空を見上げる。
   しばらくして笑い声。
   さやか、照れながら会釈してダニエルに手を引かれ船に乗りこむ。
小出「(感極まって)さやかさん、ダニエルさん、どうぞお幸せに」
さやか「ありがとう! みんなもね」
   手を振るふたり。
   振り返す一同。
 
◯フェリー・船上
   甲板の上、トランクを脇に、海風に煽られるふたり。
   ふと手元の航空チケットを見るさやか。
   チケットには【関西空港→サンパウロ空港】の文字。
さやか「ダニエルの故郷、楽しみだね」
ダニエル「大丈夫。きっとママもさやかのことを気にいるよ」
さやか「不思議。この海が、ダニエルの故郷にまでつながっているんだね」
ダニエル「そうです。この海は地球の裏側まで結ばれているんです」
   ふたり、振り返る。
   ほのぼのしたしまなみの街が、初夏の青空の下に輝いている。
   と、空から先程のブーケが船の曳く波の上に落ちる。
   ブーケ、まるで船に手を振るようにたゆたう。
   鳶が指笛のような声で鳴いて飛び去っていく。          
 
終わり

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