きのうの過ごし方。

28日㈯
アラームに即反応はするが、だるい寝起きで二度寝。
あ〜これは寝すぎ。寝坊だ…と思い起きたら、10分しか経ってなかった。
なんとか体を起こし、片付けたりして出る支度。

10:00 デイケアに間に合い、はじめから出席できた。
   作業療法士さんと話したいことがあったが、
   パソコン教室のため、合間見つけるの難しそうだな、と、
   話したい意思表示は一応しておきながら、遠慮して離れておいた。

一人でやりたいことして作業してたら、
合間で来て下さり、話せた。距離感は毎度絶妙。

どう反応されるのか、指摘や注意なら良いけれど、
呆れられたらどうしよう、とかいろいろ脳内を巡っていたけれど、
話し終えたら即、褒めてくれ、拍子抜け。
寧ろ、労う感じさえあり、また、背中を自然と押してもらえた。

12:00 昼食を彷徨い、結局実家まで歩き続けてしまう。
   誰もいないお昼間の実家で、掃除をしてスッキリ。
   本当は父が帰ってくる時間まで居たかったけど、
   この日は私の誕生日で、異様に気を遣われていて居心地が悪かった。
   普段通りが一番だから、普通に父の隣で介助しつつ食事を。
   と、それだけを願ったし何度か主張したが、叶わなかった。
   誕生日くらい一人でどこか行っておいで。と、
   普段、お一人様が好きな私に対し、気を配られてしまった。
   普段のお一人様は贅沢だけれど、
   誕生日は、親に感謝する日だと思ってる私としては、
   親と過ごせないことが、引き裂かれ奪われたようで悲しくなった。

父が発病してから、父は自由が効かず、
娘にプレゼントを選んだり、なにか準備したり出来なかった。
そうして、20年が経とうとしている。
せめて一緒にご飯を食べ、そのときに「おめでとう」の一言を。
それさえ出来たなら、いくらか良かったのに。
私に気を遣うばかりで、家族の視点に父のことが入ってなくて悲しかった。
入っているのかもしれないけれど、結果的に、
父が祝える機会がない。ということが事実で、引っかかってしまう。

16:00前 バスに乗り、よく行く和食屋で海老天丼。
     いろんな感情が混じりすぎて、涙溢れた。
     なかなか止まってくれなかった。

このまま自宅へ帰る体力がなく、30分だけカラオケで休憩した。
お正月料金でお高いけれど、これくらいの時間なら良いかな。
あたたかい飲み物を飲んで、心落ち着け発散して、寒い中自宅へ。

帰宅後は終始脳がぼんやりしていて、
日記とかその他年内に片付けたい物事がなかなか手につかない。
少しずつ少しずつ進めていって、
終わりが見えないので、キリが良いところで切り上げて、

4:00 ようやく、眠りにつく。
   不安な気持ちは少し減っていたけど、
   納得行かない不快なもやもやは微妙に残ったまま消化不良状態。


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