世界一の純資産国の国民が経済的に苦しい本当の理由
悲劇は36年前に始まった
今から36年前、1985年とはどんな年だったか覚えているだろうか?昨日は8月12日だったが、ちょうどその36年前はJAL123便が御巣鷹山に墜落した日だ。それから1ヶ月少し経った9月22日、プラザ合意という歴史的な取り決めが世界に発表された。これは当時のG5がニューヨークのプラザホテルに集まって、協調介入でドルを下げようと決めた為替合意だ。当時のレーガン政権は巨額の貿易赤字を抱え、一方、日本や西ドイツは貿易黒字を稼ぎ続けていたため、ドル安円高、マルク高に誘導することにより、その貿易不均衡を是正しようという意図があった。これにより、当時1ドル=230円ぐらいだったドル/円レートは暴落し、2年ほどの間に1ドル=120円ぐらいまで、一時は79円台まで達する二倍、三倍の円高に振れた。これは日本の輸出業者にとってはとんでもない事態だったに違いない。二倍や三倍の円高ということは、いきなり日本人の給料が国際的に二倍、三倍になったに等しい。そのままのコストで作り続ければ、輸出価格が二倍、三倍になってしまう。同じ200万円のトヨタカローラが、1ドル=200円の時は1万ドルの車だったのに、1ドル=100円になったら2万ドルの車になってしまうのだ。当然、思うように売れなくなる。ただ、これはそもそもそのための合意で、特にアメリカからの明確なメッセージだったわけだ。「いい加減、戦後復興の延長の輸出主導型経済で黒字を稼ぎ続けるのをやめ、内需拡大型の経済に転換し、輸入を増やして黒字を減らせ」という。
世界一の対外純資産
しかし、結局日本はどうしたか?その後も黒字を稼ぎ続け、世界一の対外純資産を積み上げた。財務省が毎年発表しているように、日本は31年間連続世界一の対外純資産を持ち続けている。これは紛れもなく経常黒字を稼ぎ続けた結果で、31年前だから、もちろんプラザ合意以降の話だ。プラザ合意で二倍や三倍の円高になる中、どうしてそれが可能だったのか?実はその答えこそが、なぜ世界一の純資産国の国民が、全くその実感を感じられないかの答えにもなっている。それは国民の犠牲の上になりたっている資産だからだ。
黒字のままでは受け取れない
貿易黒字は、基本的にドルで貯まる。国際決済は主にドルで行われてきたから、輸入の代金をドルで払い、輸出の代金もドルで受け取り、差し引き黒字もドルで貯まる。つまり、日本の対外資産は外貨、主にドルで貯まっている。財務省資料には全て円換算して載っているが、諸外国の資産や負債も全て基本的にはドル建てだ。つまり、日本の資産も実際は3兆ドル以上の外貨であり、海外に投資されている。当然、海外の人たちがそれを使い、海外で消費や投資されるので、恩恵を受けられるのは海外の人たちで、日本人は何も受け取れない。だから何の恩恵もない。例えて言うと、世界一の貯金を持っている家で、その貯金が全く使われないため、家の中には何も入って来ず、その家の子が家を貧乏だと思い込むようなものだ。日本も世界一の純資産(貯金)を持っているのに、それを政府(お父さん)が民間(お母さん)にお金を借りていることを言い訳に、全く国民(子ども)に還元しないから、国(家)が借金まみれだと勘違いしている状態だ。それでは世界一の純資産国の実感どころではない。
誰のためのコストカットか?
もう一つ問題なのは、その黒字を稼いだ方法だ。1985年のプラザ合意で、二倍や三倍の円高になる中、同じコストで作り続ければ、輸出価格が二倍、三倍になってしまう。それでも輸出し続け、黒字を稼ぎ続け、世界一の対外純資産を31年間貯め続けた。どうやって?コストカットによってだ。自分たちの給料を半分に削れば、円が二倍になっても同じ値段で輸出できる。実際、日本人の給料は全く上がっていない。1986年に就職した私の初任給と、2017年に就職した私の長男の初任給は全く同じ20万円だった。この間、日本のお金(マネーストックM2)は340兆円から990兆円へと三倍、650兆円も増えている。にもかかわらず、大卒の初任給は30年間据え置き。650兆円はどこへ消えたか?大手企業の内部留保が約460兆円、それから海外に貸しっ放しの外貨資産が3兆ドル以上。つまり、皆さんがこの30年以上、自分たちの身を削って働いた分は、大手企業の利益になっているか、海外の人たちが使っている。誰のためのコストカットだったのか?
最大700兆円分のタダ働き
もし皆さんが自分たちの身を削らず、1985年のプラザ合意以降もそれまで通りの給料を受け取り続けていたとすると、マネーストックから考えて、大卒の初任給は50万円ぐらいになっていたかもしれない。多分、日本製品は高くて海外には売れない。恐らく3兆ドルもの対外純資産もない。しかしそれで良かったのだ。本来、プラザ合意をきっかけに、戦後復興をいつまでも続けて、輸出主導型の経済を思考停止して続けるのではなく、内需拡大型の経済に転換すべきだったのだ。それをやらずに、無理矢理自分たちの給料を削って、サービス残業のようなタダ働きまでして、安く海外に売り続けたから、その3兆ドルの対外純資産がある。つまりそれは、皆さんのタダ働き分だということだ。3兆ドルは今なら300兆円だが、36年前なら700兆円だ。恐らくその時は、その後の展開を誰も正確に予測できなかっただろうが、結果的に、最大700兆円ものタダ働きという、普通は考えられないような不利益を被る合意が、今から36年前、あの夏の墜落事故の1ヶ月少し後に行われたということだ。
p黒字は使わなければ意味がない
我々がすべきだったことは、とてもシンプルだ。それは昔も今も変わらない。黒字は使わなければ意味がないのだ。どうやって使うかというと、政府がお金を作って配ればいい。とりあえず一人100万円ぐらいは配ろう。すると少し休んでもいいかと、労働を減らす人が出てくるかもしれない。みんなが少なく働けば、日本の生産が減る。日本の生産が減れば、日本の輸出は減る。売るモノが少なくなるから当然だ。逆に輸入は増える。余計にお金と時間を手にした分、遊んだり休んだりすれば消費は増え、消費が増えれば輸入が増える。日本は多くの資源を輸入に頼っているからだ。したがって、輸出が減って輸入が増え、貿易赤字になるかもしれないが、それが黒字を使うということだ。本来であれば、今から36年前に、少しずつ労働を減らし、豊かに暮らしながら内需を拡大し、黒字を稼がない経済に転換すべきだったのが、それをやらずに30年以上経ってしまった。だからTPPなどのあらゆる貿易交渉で、貯めたまま使わない黒字を使わせようと市場開放を迫られているのだが、そもそも買うためのお金が国民にフェアに分配されていなければ、安い海外品は価格破壊を起こし、さらなるコストカットの呼び水になるだけだ。それでは内需は拡大しないし、拡大しなければ輸入は増えない。ではそうすればいいのか?
まずはお金を配れ
今はまずお金を配ること。これはバラマキではない。すでに最大700兆円ものタダ働きを強いられていたのだから、それを返す「黒字還付金」である。ただ、黒字を保有しているのは一般企業や投資家なので(一部政府も含むが)、それを奪って配るわけにはいかないし、そもそも黒字が外貨で貯まっているから、外貨を配っても意味がない。国民全員がそれを円に替えないと国内で使えないが、円自体は増えていないのだから、ただ円高になるだけだ。だから、黒字に相当する分の円を政府が作り、配るしかないのだ。そうすれば、前述のように自然に皆さんが生産を減らし、消費を増やし、黒字を減らし、場合によっては赤字にしてくれる。それが正しい黒字の使い方だ。そうやって自然に黒字を減らせば、貿易交渉で欲しくもないものを売りつけられることもない。こんなことを書くと、政府が配るお金の財源はどうするんだと言う人が出てくるが、そもそも政府が予算を組むのに財源など必要ない。政府がその分のお金を作れば済む話だからだ。これについてはまた別稿で説明するとして、とりあえず今日のところは、我々の経済の停滞の本当の原因は、今から36年前のプラザ合意と、それ以降の失策、無策にあるということをお伝えして終わりとする。
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