メンバーの異動、加入
なるべく安定して組織を運営していきたいというのはどんなマネージャーも願うことですが、組織に人事異動はつきものです。それが本人の意向によるものであっても、会社側の都合であっても、あなたがこれまで苦心して最大化させてきた「ヒト」というリソースに変動が生じることは変わりません。人事異動はマネージャーにとって最大ともいえる脅威となりえますが、その中でもコントロールできる部分、できない部分について把握しておくことで、ある程度の対策をとることができるようになります。
異動:コントロールできない人事
会社の採用計画、組織改編に伴う人材の配置換え、優先度の高いプロジェクトチームへの抜擢、あるいは出産や介護、転職を理由とした離職なども含め、中間管理職の権限ではコントロールできない人事異動の方が多いのではないでしょうか。
それらは理由がポジティブであればぜひ喜んで送り出してあげていただきたいのですが、あなたの組織の運営の観点では大打撃となります。ここであなたができることは、そのメンバーが抜けた後の穴の大きさを主張して、上位マネジメント職に対してその補償を求めることです。しかし私の経験上、ここで十分な補償となりえる新メンバーを獲得できるケースは稀です。そのようなメンバーが余っている(抜けても差し支えない)組織は他になく、仮にあったとしたら既に会社として手を打たれている(そのリソースを有効活用できる部署に既に異動させられている)ことがほとんどだからです。
ですので、あなたはメンバーの価値を異動する前から高めておき、失う穴の大きさを論理的に説明する準備をしておかなければなりません。誇張はいけませんが、そのメンバーが担当している案件の規模、難易度を正確に把握して伝え、補償がない場合、あるいは不十分な場合の不足量を会社に対しての「貸し」にして、次の人事のタイミングであなたの希望を聞いてもらうための交渉材料として取っておきましょう。同時に、この不足分をもってもそれ以降の組織運営を問題なく行えたなら、それはあなたの卓越したマネジメントスキルの表れとして会社から評価してもらうべきです。
異動:コントロールできる人事
ここからは少しセンシティブな話題になりますが、中間管理職にもある程度コントロール可能な人事というものも確かに存在します。例えば、事業部長からの「今度、隣のチームで大型の案件が発生するからヘルプで1名移動させてほしい。必要なスキルセットは~~」などといった相談です。こういった場合、まずはそのプロジェクトの成功のために必要なスキルを持ったメンバーを選定し、それが当人のキャリアにもプラスになるかどうかを精緻に検証する必要がありますが、それで複数人の候補が残った場合、あなたは「誰を送り出し、誰を自チームに残すのか」という運命の選択を迫られることになります。送り先の部署にとっても当人たちにとっても問題のない人選であれば、あとはあなたの組織の都合で選択をしなければならないのですが、この時、何を基準に選べばよいのでしょうか。特殊技能を持ったメンバー、顧客と太いリレーションを持ったメンバー、リーダー業務を任せているメンバー、成長が著しく今後の期待値が高いメンバー、etc…様々な判断軸が存在すると思いますが、私がこれまで卒業を見送った中で最も大打撃を受けたのは、「メンバー間のコミュニケーションを円滑化してくれるメンバー」でした。
そのメンバーは私のグループに異動してきて1年もたたず、業界経験も2年未満でしたが、転職経験があり年齢的には現場メンバーの中で中間的な位置でした。前職の経験から顧客の業界に対する専門知識と営業力で高い評価は得ている一方で、デジタル広告に関しては勉強中という、「若手側のメンバーの気持ちも、リーダー側のメンバーの気持ちも分かり、上手に組織内の意思疎通を図ってくれる存在」でした。私が事の重大さを正確に認識したのは彼が去った後だったのですが、彼がいかに私やリーダーメンバーと若手メンバーを結びつけてくれていたか、リーダーメンバーへのよき助言役となり、若手メンバーの盾となっていたかは、彼がいなくなってからでないと、実際の影響が出てからでないと把握できないものでした。生態学の用語に「キーストーン種」というものがあります。存在する個体数は少なくとも、その種がいなくなると生態系が大きく変化してしまうような、生態系の安定性や多様性を保つうえで不可欠な種をさすのですが、このメンバーはまさしく私の組織における「キーストーン種」だったのです。
このメンバーは元々人生の目標としていた職業への転職、すなわち私からはコントロールできない離職だったのですが、もしこれがコントロールできる人事だったのであれば、決してこういったメンバーを手放してはいけないと固く心に誓いました。
業務スキルはある程度の時間をかければ一定量は身に付きますし、業務スキルの高いメンバーであれば補償の交渉も有利に運べますが、上位マネジメント層に対してこのキーストーン種の説明は難しく、また新たにあてがわれたメンバーでは絶対に代替不可能な影響力です。何度でも言いますが、マネージャーが持つ最大のリソースは「ヒト」であり、これを最大化することがあなたの主たる業務です。もしそこに選択権があるなら、あなたは常に「ヒト」というリソースを最大化できる方の選択肢を選ぶことをお勧めします。
加入
新たなメンバーがあなたの組織に加入することは、それがコントロール可能なものだったとしてもそうでなかったとしても、マネージャーとしてこの上ない喜びの一つです。そのメンバーが業務に慣れて戦力となるまでに多少の時間とコストはかかりますが、いずれリソースが増えることに変わりありません。そこまでの時間をいかに短縮するかは「若手の育成方法」で述べるとして、ここではコントロール可能な場合にどういう選択をすべきか、について語りたいと思います。
コントロール可能な状況、例えば自らリクルートをかけて他社から転職させてくるといった状況もそれに当たりますが、ここではマネージャーとしての選択を迫られる場合、すなわち会社への交渉がかなって上司から「次回の人事のタイミングで1名加入させられる。候補者はこのリストの通りだが、誰にするか?」という相談を受けるような場面を考えます。この時もまずは自組織として求めているスキルを有しているか、適性があるか等の必要条件を基準にふるいにかけるわけですが、それでも複数の候補者が残った場合、どのように選択するのが良いのでしょうか。
私の経験上の一つの答えは、「今の組織にいることに対して不満を抱いている人」です。不機嫌だったり偉そうな態度をとっているという意味ではありません。もっと自分の実力を発揮できる舞台があって、自分にはそのポテンシャルがあって、まだ会社はそれだけの評価をしてくれていない、だから自分がいるべき場所はここではない、と心のどこかで思っている人です。そんな人があなたの組織に必要な最低限のスキルを有しているなら、遠慮なく迎え入れて打席に立ってもらいましょう。回ってくるリストには異動元の上長の所見も添えられていることがありますが、これほどあてにならないものはありません。なぜならそんな不満を持つ人は上長から評価されづらいからです。大事なのは、なぜそこまでのモチベーションを持ったメンバーがまだ評価されていないのかを分析することです。そして私の場合それは100%、「与えられたミッションとのミスマッチ」でした。それまでの経歴や人となりなどから先入観によって「主に正確でミスのない作業を要求される業務」にアサインされて事故を頻発していたこれらのメンバーは、私の部署に来てみると実は「正解のないクライアントワーク」でこそ真価を発揮し、新規の扱いを何件も取ってきたり年次にそぐわない量の案件を無事故で回すような、エース級の活躍をするメンバーたちだったのです。
打席に立って本当にヒットが打てるかどうかは本人たちの実力次第ですが、自身に合った打席に立てないまま社会人人生を浪費するのは本人にとっても会社にとっても重大な損失に他なりません。マネージャーであるあなたは、少なくとも自分でコントロールできる範囲内において、このように「ヒト」のリソースの最大化を図っていく義務があるのです。
【目次】
マネジメントの本質
ビジョン
チームビルディング
組織運営
メンバー育成
目標設定、評価、フィードバック