#彼女を文学少女と呼ばないで/江國香織「かつてそんな風に馬鹿馬鹿しく幸福だった私たち」
『落下する夕方』江國香織
華子のうしろ姿は頼りなくて、
夕方の空気にまぎれてしまいそうに見える。
曇って星のない夜、
私はセブンアップをのみながら爪を切っていた。
「私にも信じてるものはあるのよ」
華子は、棚にあった美しい色ガラスの器からキャンディをだし、
手のひらにのせてくれた。
私は首をふり、ここにいたいと言って、
飴の包み紙をむいた。
むらさき色。
口にいれると強いぶどうの味がする。
「ここにひそんでたわけね」
私はことさらあかるい声を出して言った。
「東京の喧騒を逃れて」
つきすすんでいく格好わるい心の上空に、
しずかな夕方がひろがりますように。
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