つくるということ・養生みたいな
「興奮して創作する」とか「欲しい作家さんの絵をどうにかして手に入れる!」とか「ストレス発散のための美術」とか「癒しのための美術」とか即効性のものもありますが、私はどちらかというと、ずうっと生きている間に内側にあって自分を構成してくもの、を整理するお仕事も「つくること」の大事な行為だと思ってます。そうですね、、、ここが、つくることの根元、rootじゃないかと考えます。
傷ついた心を癒すためのアートって、抗生物質みたいですね。対処療法か。でもま、わかりやすいんだと思いますその分。だからお金にもなりやすいですよね。きっと。
私はきっと漢方みたいな「つくる」を言葉にしたいです。生きてく時の薬として考えるのなら養生というか、未病対策というか。
これって、別に、美術だけじゃなくていろんなジャンルにあると思います。音楽にもあると思うし、国語にも、体育にもあるんだと思うんです。だからきっと教科として特質ではないって思われるかもしれませんね。「学校では教えないこと。」「形にならないからカルチャーセンターで教えないもの」みたいな。
さて、では自分たちの中でどんな整理だったり謎解きだったり明確化だったりがあるのかなと言いますと、「場づくり」だったり「身体とイメージの誤差を縮める」だったり「中に入ることを手助けする」だったり「調べて並べて捨てる」だったりするんだと思います。時々、蓋をしていたものを気付いたら明るみに出されてギョッとするような出来事もくっついてきたりするんだと思うんですがそれはそれ、、、、多分逆に即効性の薬じゃ治らなかったものなんじゃないかな。根本解決、体質改善みたいなwそういうことも並べ直せるかもしれないのが、未病対策なのかなって、思ってます。
(今後、上記にあげた項目について一つ一つ書いていこうと考えています。今日のは前書きプラスαみたいな章)
高校生の芸術のゼミで、気になっていたことがありました。
みんな自分らしいとかオリジナル、とかすごい技術、とかなんとか考えているんですが、それが本当に役に立つのかいつも心配しています。今やってるのは他愛のないことではないのか、みすぼらしくないのか、ゴミ作ってるんじゃないのか。いつもみんなは心配しています。
でも、一生をかけて自分をつくっていく方法を今みんなと試しているんだよ、独りでなくてよかったねと思えたら、この行為によって20年後の自分がほんのりすくわれたりするんじゃないかなぁ。
美術・アートは消耗品じゃないんですよ。