セカイ
セカイ
喧噪が絶えない都会の片隅で、
寝たきりの老人は、ランプの下がった天井を見つめながら思考を飛ばす
天井の上には
雲があり、
雲の上には
空があり、
空の上には
太陽があり、
太陽の上には
宇宙があり、
宇宙の上には
未知がある
しかしながら、人間として懸命に生きすぎた人は、
天井までの世界でしか生きられなかった
天井の上の雲も、空も、宇宙も、未知も
人間の住処の外へ追いやられてしまった
天井までの世界をうまく生きた者が
人間の世界では「成功者」だともてはやされ、
天井までの世界で成功できなかった者は
敗者だと噂され自身もそうだと信じて疑わない
眠くもないのに24時間横たわる毎日になって、
老人は初めて
己を含む大多数の人間の、窮屈さに思い至った
おぎゃあとこの世に生まれた瞬間から
世界は否応なしに人間を待ち構えているが、
世界の奥行をどこまで受け入れ、己の生きる世界とするのかで
そいつの豊かさが決まってしまう
老人はかつて、宇宙を見、未知に想いを馳せる者を鼻で笑い
自分こそが社会の成功者だと胸を張ったが
今その自分は
寝たきりのベッドの上で
天井のあまりもの近さに慄いている